上 下
54 / 90
第2章 球技を扱う冒険者編

第49話 決闘

しおりを挟む
「来てしまったか……」

 やれやれと言った様子でキングがヤンを見た。長大な槍を肩で担いている。そのあまりの大きさに穂先がギルドの天井に達していた。

「ハスラーここであったが百年目だ!」
「いや、おっさん誰? 初対面だよね?」
 
 指をハスラーに向け、語気を荒げるヤンだが、ハスラーはキョトンとした眼差しを向けていた。

 どうやらハスラーはヤンとの面識がないようである。

「俺は無尽流四天槍が一人ヤン! 育てて貰った恩も忘れ、道場をメチャクチャにし無理矢理免許皆伝の称号を奪っていった貴様に目に物見せるためにやってきた! どうやら貴様は周囲に無尽流無槍術の免許皆伝を言い渡されたなどと嘯いているようだが、それも今日までだ!」
 
 ヤンが槍の石突で床をドンッと叩いた。建物がぐらりと揺れる。

「なるほどね。誰かと思ったらあの無尽流か。それにしても四天槍とか大層な肩書を引っさげて来たものだね」

 ハスラーが軽口を叩くと、ふんっ、とヤンが鼻を鳴らし彼を睨みつける。

「本来なら貴様のような小物、相手にしたくはないが道場の看板に泥を塗られたとあっては黙ってられないのでな。この俺、自らがきてやったのだ」
「そう。キングごめんね。あとそっちの可愛らしいエルフちゃんも。何かこのおっさん僕に用があるみたいだから」
「あぁ、実は俺も知っていた。馬車で乗り合わせてな。ハスラーについても聞かれたが、どうせすぐわかることだろうと基本的なことは教えてしまったんだ」
「はは、キングは正直者だね。でも、問題ないよ。別に知られて困るものじゃないし」

 当初考えていたとおり、キングは包み隠さず経緯を述べた。ハスラーはそれについて怒るようなこともなく納得してくれた。

「それでおっさんはどうしたいの?」
「決闘だ! 貴様のような輩が無尽流無槍術の免許皆伝を授かったなどと吹聴するのは我慢ならん! この俺に負けたら二度と無尽流無槍術の名を語るなよ」

 随分と一方的な要求だなとキングは思った。

「それで、僕が勝ったらどうするのかな?」
「そんなものはありえん話だが、その時は俺が四天槍の名を返上してやろう」
「別に僕はそんなものに興味はないんだけどね。あぁそれなら返上しなくてもいいからその邪魔そうな槍を折ってくれる? そんなもの持ってチョロチョロ歩かれても皆、迷惑だろうし」
「あぁ、確かにそうね」

 ウィンが目を細める。ヤンの持つ槍はとにかく長いので傍から見る分にはただ歩いているだけでも危なっかしいのだ。

「貴様、無槍流にとって命より重い槍を折れとは、やはりその根性ごと叩き潰す必要があるな!」
「別にどう捉えてくれても構わないけど、その条件でいいかい?」
「ふん、わかった。ならば決闘だ!」

 ヤンが声高々に宣言すると周囲で聞いていた冒険者の喧騒が激しくなった。冒険者はとかくこういう荒事が大好きなのである。

「何か妙な話になったわね……」

 するとキングの隣にやってきたダーテがため息を添え渋い顔を見せた。

「あ、ちょうど良かった。下の訓練場借りてもいい? このおっさんが決闘したいって言うんだよ」
「駄目に決まってるじゃない。訓練場はあくまで訓練のためにあるのであって個人的な私闘の場所じゃないのよ」

 腕を組みダーテが諭すように答えた。確かに冒険者ギルドの設備はあくまで冒険者に役立たせる為にある。個人的な理由での決闘で利用するなど本来は不可能だが。

「いいじゃねぇか。使わせてやれば。丁度今は利用者がすくねぇみたいだしよ」
「マスター!?」

 しかし、そこに口を挟んできたのはギルドマスターのマラドナだった。顎を擦りながらどこか楽しそうにハスラーとヤンを見ている。

「貴方まで何を言ってるんですか! ギルドのルールを甘んじなければいけない立場なのに、そんなことでは示しがつきませんよ!」
「固いこと言うなって。それにほら、他の冒険者も盛り上がってるし」
「そうだぜダーテぇ」
「こんな楽しそうなこと止めさせる理由がねぇよ」
「既に賭け金も集まってんだ。今更やめろなんて言いっこなしだぜ」

 やんややんやと観客となった冒険者達が囃し立てる。しかも既に賭けまで始まっておりギルド内がすっかりお祭り騒ぎ状態となっていた。

「全く。相変わらずよね冒険者は」
「うむ。まぁ何でも楽しみに変えてしまうところも冒険者のいいところなのかもな」
「キュッキュッ~」
「うぅ~……」

 その光景にダータが困った顔で唸るが、その後、はぁ、とため息をつき額を押さえた。その顔は諦めに満ちている。

「もういいわよ。マスターが言ってるんだし好きにすればいいわ」
「よっしゃ決まりだぜ!」
「期待の新星ハスラーと四天槍とかいうヤンって槍使いの対決だ!」
「見逃す手はないぜ!」
「私断然ハスラーくん応援しちゃう!」

 ギルドの冒険者たちが湧く。ハスラーは女性人気が高い。賭けもハスラーに賭けたのはほぼ女性冒険者だった。

「決まりだね。じゃあ行こうか」
「ふん、俺はどこでも構わなかったがな。真の強者は場所を選ばぬ物よ。なんなら人通りの多い往来でも勝負してやるところだ」
 
 それは流石に周りに迷惑だろうとキングが眉をしかめる。モンスターを退治した時もそうだが、ヤンの言動はどこか自己中心的な物が多い。

 そしてぞろぞろと下の訓練場へと場所を移す。おかげでハスラーとヤンが戦うスペースを除いて冒険者たちで埋め尽くされた。

「結局お前も来るんだな」
「う、受付嬢としてしっかり見ておく必要性を感じただけです」

 ダーテの回答にマラドナが、ククッ、と含み笑いを見せる。そんな彼もギルドマスターとして両者の決闘には興味津々な模様だ。

「ねぇキング。この勝負どっちが勝つと思う?」
「ふむ、そうだな。俺はハスラーと手合わせしたがヤンは一度技を見ただけでしかない。だが――」

 キングが真剣な眼差しを対峙する二人に向けた。それから先はっきりとした答えは示さなかったがキングの中では一つの答えが出ているようでもあった。

「さて始めようか」

 首の後に槍を当てブラブラさせていたハスラーが持ちかける。

「ふん、どこからでも掛かってくるがよい」

 一方でヤンは槍を肩で担いただままハスラーを挑発する。その表情は自信で満たされていた。

「そう。なら僕は遠慮しないよ」

 スッと流れるようにハスラーが槍を構えた。

「悪いけど一気に決めさせてもらうよ」

 そしてハスラーが加速しその間合いを一気に詰めに掛かり直後ハスラーが増え散開する。

「無尽流無槍術奥義・四槍八槍!」

 そしてハスラーの残像がヤンを取り囲む。

「凄い。何人にも分身した!」
「あぁ、俺も受けた技だ。ハスラーの十八番だな」
「キュッキュッ~!」

 ウィンが驚きボールも興奮した様子でキングの肩で跳ね鳴き声を上げる。

 周囲の冒険者達も早速決まったか! などとハスラーの勝ちを意識したようだが、迎え撃つヤンは無表情のまま迫る槍に目を向け。

「笑止!」

 ヤンが長大な槍を一薙ぎするとそれだけで残像が全て消え失せハスラーの本体に槍の柄が当たり吹き飛ばされた。

「くっ!」

 うめき声を上げるも体勢を立て直し地面に足をつける。だが、その表情からはいつもの軽さが消え去っていた。

「おいおい、ハスラーの技が破られたぞ」
「これでキングに続いて二人目か」

 冒険者達が口々に騒ぐ。確かに以前キングもこの技を受けたが球技を持って制した。ただ当時のキングは籠球を利用したガードだったが、ヤンは圧倒的な剛の技で力任せに跳ね返したといったところか。

「ふん、その程度で奥義とは笑止千万! どうやらその技を姑息な手段で盗み得意がっていたようだが、その程度の奥義、我が無尽流無槍術においてはもっとも基本的な奥義に他ならない!」
「基本的な奥義って何なのかしら……」
「奥義の基本なんだろう?」

 ダーテが目を細めて呟く。マラドナはそのままの意味で受け取ったようだが本来奥義とは特別なものである。

「さぁ、真の無尽流をその目に焼き付けるがいい! 旋風の型!」
 
 するとヤンが頭上に槍を持ち上げブンブンっと振り回し始めた。以前マウンテンボアを倒した時にも見た行為だが、今回は回転を続けており、しかもその勢いで大気が掻き回され突風を生み出していた。

「むぅ、これはマズイな」
「え? どうゆうこと?」

 キングの表情が険しくなりウィンが問う。

「ハスラーの強みはあのスピード。しかし、あの回転によって生まれた風圧の前ではそのスピードを活かしきれない」

 そうキングが評す。そして偶然にもこれは以前キングがハスラー対策に講じた手でもある。あの時キングは土離震ドリブルで地面を揺らすことでその足を封じたのだ。

「くっ、近づけない――」
「フンッ、それが貴様の限界よ! さぁこれが真の奥義というものだ無尽流無槍術奥義・猛弧裂槍!」

 刹那――ヤンの豪槍が振り抜かれ、かと思えばヤンの胸部がパックリと割れ、出血を撒き散らしながらふっ飛ばされたのだった――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

処理中です...