buddy ~絆の物語~

AYANO

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大学生編

81. 災難は忘れた頃にやってくる

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季節はさらに過ぎ、秋が深まった11月。
buddyの公表まで1か月を切り、ファンクラブサイトでは、カウントダウンが始まっていた。
GEMSTONEは、buddyの公表を12月1日正午とし、その時までの日付と時間を表示して、ファンの期待を煽っていた。
そんな中、ライブの抽選結果が発表されると、当選して歓喜する人、落選して悲嘆にくれる人がSNSなどで盛り上がりを見せ、情報番組に取り上げられるなど、その日を前にお祭り騒ぎとなっていた。

僚は大学の授業が終わると、大学の正門へと向かう。
するとそこには、きれいなロングヘアをなびかせ、黒のニットにオレンジと黒のチェックのロングスカート、黒のタイツにショートブーツを履いた、明日香が立っていた。
「ごめん明日香、待たせて」
明日香に声を掛けると、その声に気づいた明日香はふわりと笑い、
「そんなに待ってないよ」
と言って、僚に向き合う。
(はぁぁぁ.......可愛いっ......)
付き合い始めて約5か月、幼馴染としてだと10年以上になるというのに、明日香に対する気持ちは、薄れるどころか日増しに濃くなる一方だ。

でも今日は、そんな気持ちを押し殺さなければならない。
これから市木と待ち合わせをしている大学内のカフェテリアに行くのだが、さすがに公表まで1か月を切っている中で、堂々と恋人として歩くわけにはいかなかった。ましてや、ここは自分の通う大学だ。
どこで足元をすくわれるかわからないので、外ではなるべく友人として振る舞うように心がけていた。
そのかわり、家で2人だけになった時の反動がすごかったのだが.....

市木の空き時間と、僚と明日香の都合が今日しか合わなかったため、わざわざ明日香が僚と市木の通う大学まで足を運んで来たのだった。
医学部の校舎の近くにあるカフェテリアへ入ると、ランチ時間も過ぎているためか、まばらに人がいる程度だった。
理工学部の僚は、市木のいる医学部とは校舎は違うが、キャンパスは同じなため、時々時間を合わせて大学内で会っていたりしていた。

カフェテリアはガラス張りになっていて、中からも外を歩く人たちがよく見えていた。もちろん、外からもよく見える。
そのガラス沿いに並んでいる4人掛けのテーブルに、明日香と僚は並んで座り、コーヒーを注文して、市木が来るのを待った。
「明日香ちゃん、葉山」
声を掛けられて2人で振り向くと、市木と木南が立っていた。
「お疲れ」
「市木くん、木南くん、お疲れさま」
短い挨拶を済ませると、市木と木南は僚と明日香の向かい側に腰かけた。

「渡したい物ってなに?」
市木は椅子に座るなり、僚が呼び出したことを聞いてくる。
「ん、ああ、コレ」
僚はカバンの中からクリアファイルを出し、そこから細長い紙を1枚出して、市木に渡す。
市木はそれを手に取って見ると、12月1日、14:00開場、15:00開演、buddyという名前、そしてご招待と書かれていた。
「これって......」
市木はその紙を手にしながら、僚と明日香を見る。すると、僚はコーヒーを一口飲んで、
「そう。俺らの初ライブ?っていうの.....そのチケットだよ。来るだろ?」
僚はなんだか照れくさくて、市木の顔を見れなかった。
「市木くんに来てほしくて、わたしと僚で招待しようって話したの」
明日香がその経緯を説明する。

すると、市木はチケットを持ったまま僚と明日香を交互に見て、
「葉山っ!明日香ちゃんっ!ありがとうっ‼絶対行くよっ!」
と、今までに見たことがないくらい喜んでくれた。
その様子に3人とも驚いた。
「あれ?でも、木南は?」
市木は、僚が木南にチケットを渡してないのを見て、不思議に思う。
「僕は深尋ちゃんから貰ってるから大丈夫だよ。当日は一緒に行こうか」
木南のその言葉を聞いて、市木も安心する。

そのあとしばらく4人で話していると、明日香は妙に周りからの視線を感じて、目だけで周りを見渡す。
自分たちの方を見ながらヒソヒソと話す女性たちや、チラチラと視線だけを向けてくる人など、あまり気持ちのいいものではなかった。

明日香はすっかり忘れてたが、僚といるといつもこうだったと思い出す。特に最近は、大学が違うことや自分が留学していたことで、その感覚が鈍くなっていたと感じた。
相変わらず僚は目立つし、いまは市木もいる。この2人がいるだけで、人目を引くのはしょうがないかと、なかば諦めていた。

するとそこに、ロングヘアにゆるいウェーブをかけ、甘ったるい香水の香りを纏った女性が現れた。その女性が4人の、というか僚のそばに立ち、
「葉山くん、久しぶり。隣の女は誰?」
と、威圧するかのように聞いてきた。
村上紗英ムラカミサエ、市木の合コンに無理やり参加させられた隼斗に水をぶっ掛けた、水掛け女がそこに立っていた。

僚は声を掛けられても、一瞬誰だか思い出せなかった。
とにかく、態度が悪いし、香水臭いし、なにより明日香のことを「隣の女」呼ばわりしたことで、敵認定するのに時間はかからなかった。
「村上、お前相変わらず態度悪いな」
市木が名前を言ったことで、僚は思い出す。

大学入学してしばらくたった頃、市木と一緒にいたところに話しかけられて、それからやたらと絡んできた女だ。
最初の頃は適当に相づちを打って流していたが、それからなぜか調子に乗って、その香水臭い体をくっつけてきたりして正直、気持ちが悪いことこの上なかった。
しかも、何度も食事に行こうだの、付き合ってほしいだの言われたが、全て断っていた。その時に、付き合う気はないとはっきり言ったつもりだ。

でもこの女は、自分に相当自信があるのか、何を言っても諦めない。女版の市木のような.....いや、確かに市木はしつこいが、明日香の気持ちはちゃんと考えている奴だ。この女のように、自分中心で考えるような奴ではないな。
とにかく、その性格の悪さが滲み出ているような、そんな女だった。

それに加えて、看護科にいる割には清潔感がなく、派手で高圧的だったため、関わり合いにならないように必死に避けていた。
そして、隼斗からあの合コンの話を聞いて、ますます関わらないようにしていた。

紗英は市木に態度が悪いと言われ、すぐに反発する。
「颯太がいつまで経っても葉山くんに会わせないから、態度も悪くなるわよ」
「なんだそれ。人のせいか?」
女性に対して基本的に優しい市木が、フンッと鼻で笑う。それでも気にせず、紗英は話を続ける。
「それに今は、葉山くんと話しているの。邪魔しないで。それで葉山くん、隣の女は葉山くんの何なの?」
僚はイライラしながらも、人目があることからじっと耐え、静かに口を開く。
「別にあんたに説明する義務はないだろ」
「はっ、わたしの気持ちを知ってるくせに、そんなこと言うの?」
そう言われて、僚も紗英に向かってはっきり口にする。
「俺は前にも言ったはずだ。あんたとは付き合えないって。あんたの方こそ、俺の気持ちを知っているのに、そんなこと言うのか?」

僚は静かな口調ながらも、そこには怒りが込められていた。明日香はハラハラしながら、その2人のやり取りをずっと見つめていた。
すると、紗英が明日香をギロリと睨んできて、今度は明日香に向かって話しかける。
「奈緒美が言ってた葉山くんの大切な女って、もしかしてこの女のこと?藤堂っていう男がぎゃんぎゃん言ってたけど、水を掛けただけじゃわからなかったみたいね。別に、言うほどいい女でもないし、あいつも大した男ではなかったけど」

紗英のその言葉を聞いて、僚も市木も堪忍袋の緒が切れそうになる。
しかしその前に、バンっと音がしたかと思うと、明日香がテーブルを叩いて立ち上がり、紗英を睨みつけていた。
「......水を掛けた.....?」
「そうよ、うるさかったから黙らせたのよ」
紗英は悪びれることもなく言い切る。
「あなた、隼斗に水を掛けたの......?」
「そんな名前だったかしら?わたしの気も知らないで、葉山くんのことを諦めろだなんていうから水を掛けてやったのよ。そしたらあの男、なにも言えなくなって.....おかしかったわぁ」
それのどこが悪いのよと言わんばかりの紗英の態度に、明日香は両手をギュっと握りながらブルブルと震え、その爪が手のひらに食い込んでいた。

明日香は、隼斗からも市木からも、あの合コンのことを聞いていない。
だから、紗英の話は明日香の想像で、何があったのかを理解しなければならない。ただひとつ言えることは、この目の前の女性に、隼斗が嫌な思いをさせられたということだけだった。

明日香は先ほどよりも強く紗英をキッと睨みつける。
「わたしの弟に水を掛けた理由が、僚を諦めるように言われたからだなんて、そんなくだらない理由で人を傷つけていいと思うの⁉そんなあなたのことを、誰が見てくれると思うの⁉それに僚は明確にあなたを拒否しているでしょう⁉自分の好きな人の気持ちもわからないような人が、わたしの大切な人たちを傷つけてバカにするなら、わたしはあなたを絶対に許さない‼」
そう言い切った明日香の目からは、大粒の涙が溢れている。だけど、その目は紗英を睨んだままだ。

「明日香.....」
僚は立ち上がって、明日香の涙をハンカチで拭う。本当は、すぐにでも抱き締めたいが、いまここでそれをするわけにはいかない。
「へえ、あの男、あんたの弟だったの。いい年して姉弟でかばい合って、気持ち悪いわね」
紗英の暴言を聞き、今度は市木が立ち上がり怒りを露わにする。

「おい村上、知らないようだから教えてやるが、お前が隼斗にやったことは立派な犯罪で、暴行罪にあたるんだよ。隼斗が被害届を出せば、いくらでも罪に問えるし、証人もいる。それでもなお、お前は人を傷つけるのか?人を救うはずの看護師になるお前が?はんっ、笑わせるな。もし俺が入院しても、お前みたいなやつに面倒見てもらうくらいなら、その場で死んだ方がマシだ」
市木はそう言って、紗英をバッサリと切り捨てる。

紗英は、明日香だけでなく、僚からも市木からも、そしてあの合コンにいた木南からも冷たい視線を受け、いたたまれなくなった。
それでもなお、明日香を睨みつけながらまだ文句を言おうとする。
「.......なによっ、男を侍らせていい気になって.....!」
「いい加減にしろっ‼」
今度は僚がキレた。もうこれ以上許せなかった。
「それ以上何か言って明日香を傷つけたら、俺もお前のことは一生許さない。さっき市木が言ったように、警察でも弁護士でも、出るとこ出てやるっ!それがイヤなら、今すぐ俺の前から消えろ。2度とその顔を見せるな。あと、看護師になるなら、その臭い香水をどうにかしろ。患者が可哀想だ」
そこまで言われると、紗英は顔を真っ赤にし、わなわなと体を震わせながら、カフェテリアを出て行った。

カフェテリアは、人が少なかったとはいえ、あれだけ騒いでいたので、みんなの注目の的になっていた。
そこで市木がいつもの調子で、
「あっ、すみません。大変お騒がせしました~」
と謝罪したことで、なんとか元通りになった。

そして、落ち着きを取り戻し、明日香の涙が渇いたころ、
「明日香!」
と呼ばれて振り向くと、そこには芽衣が立っていた。
「芽衣......」
「大丈夫だった⁉大丈夫じゃないね、その顔っ!村上さんがここで暴れてるって聞いて、状況聞いたら、明日香なんじゃないかと思って.....」
芽衣はよっぽど慌ててきたのか、息を切らし髪の毛も乱れていた。
「長瀬さん、落ち着いて。大丈夫だから.....」
僚に落ち着くように言われて、芽衣もやっと呼吸を整える。

「あのね、余計なことだったかもしれないけど、隼斗くんに連絡したの。そしたらすぐ来るって言ってて......」
紗英に明日香が絡まれていると聞いて、隼斗が来ないわけない。
「あははっ、番犬くんなら、そりゃ飛んで来るよね~」
「生まれつきのシスコンだからね」
市木と木南はもはや他人事のようだ。そして2人は、まだ授業があるからと言って、先に出て行った。

市木も木南もいなくなったので、僚と明日香と芽衣はカフェテリアを出て、3人で正門に向かって歩いていた。
すると、入るかどうか悩んでウロウロしている隼斗がいるのを見つけると、明日香は走り出し「隼斗!」と呼んだかと思うと、隼斗に抱きついた。
「うおお⁉明日香⁉えっ、どうした⁉」
隼斗はすぐそばに僚がいるのに、明日香が自分に抱きついている状況に困惑する。僚も、そんな隼斗と明日香を優しい目で見ていた。
「隼斗ぉ.....ごめんねぇ.....」
明日香は泣きながら隼斗に謝る。
隼斗も詳しい状況がわからず、僚に目で訴えると、僚が簡単に説明してくれた。
「わたしっ.....隼斗があの人に......あんな人に......バカにされたのがっ......許せなくて.....悔しくて.....隼斗は水まで掛けられて......」
そこまで言うと、うわぁんと声を上げて、余計に泣いてしまった。
隼斗はひたすら明日香の背中をさすって、落ち着かせようとする。
僚と芽衣はただ、ただ、そばで見守っていた。

「明日香、俺の代わりに怒ってくれてありがとうな。その気持ちだけで十分嬉しいよ。だからもう泣くな。あんな女のせいで泣くなんて、時間と涙の無駄使いだろ」
そう言われて明日香は「うん.....」と言って、やっと隼斗から離れる。
「それにさ、俺に抱きついて泣いてると、僚がヤキモチ焼くだろ?」
隼斗は明日香の鼻をキュッとつまむと、ははっと笑う。

「俺は、隼斗に嫉妬なんかしないよ」
「そうかぁ?」
「そうだよ」
僚は意地になって否定する。しかしそれを聞いた明日香が、
「そうなの?僚......」
と、まだ涙の残る目で聞き返すと、「うぅっ......」と言葉に詰まる。
姉弟愛という意味では、嫉妬していたかもしれないと思ったが、それは言わないことにした。

そして後日、明日香は芽衣から、紗英が退学したことを聞いた。
もともと授業も真面目に受けておらず、単位も全然足りていなかったことと、カフェテリアでの1件が、予想以上に影響したんだそう。
あの場に目撃者もおり、普段から評判が悪かったのも相まって、居づらくなったんだろう。自業自得と言えば、自業自得なのだが、あの合コンに参加した奈緒美曰く、「前はあんなんじゃなかった」そうだ。
それも今となっては、後の祭りだが......

さらに、明日香のことが、あの葉山僚が連れていた謎の美女として、いまも詮索されているそうだ。
明日香は、12月1日の公表後のことを考えると、それだけで気が重くなっていった。
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