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大学生編
63. 沈黙の代償
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河野葉月には自分だけで楽しんでいる趣味がある。
それは、buddyゆかりの地をめぐる聖地巡礼だ。
大学も春休みに入り、今日もアルバイト帰りに聖地巡礼をする。しかも、今日訪れる場所はGEMSTONE本社ビルだ。
buddyの熱狂的ファンの葉月でも、ここに来るのは初めてだった。というのも、ここは聖地中の聖地。おいそれと気安く来ていい場所ではないと葉月の中で決めていたのだ。
しかし、4月には葉月も4年生になる。葉月は自分の経験を活かし、イジメられている子の力になるため、臨床心理士を目指して勉強中であった。そのため、大学卒業後は大学院へ進学する予定なので、聖地巡礼もしばらくできそうにない。
そこで意を決して、初めてGEMSTONEに対面することにしたのだ。
とはいっても、無関係の自分が入れるはずもなく、葉月はその外観を反対側の道路から眺めるだけで精一杯だった。
ビルを人が出入りするたびに、あの人は誰?この人は?と、自分の中で想像を掻き立てる。それだけでも十分幸せだった。
はずなのに......
GEMSTONEの正面玄関から、若い男が2人出てきた。そのうちの1人を葉月はよく知っている。
自分の唯一の友達、国分竣亮だった。
「.........え?」
猪突猛進な葉月は、頭で考えるよりも先に体が動いてしまっていた。横断歩道の信号が点滅し始めているにも関わらず、駆け足で渡る。
「竣亮くん‼」
走りながら大声で呼び止める。呼ばれた竣亮は振り返り、葉月の顔を見た瞬間、自分の顔が青ざめていくのがわかった。
「葉月先輩......」
一緒にいた隼斗は、竣亮がその名前を呼んで思い出す。竣亮から聞いていたbuddyの熱狂的ファンの人だと。
葉月は竣亮と隼斗に近づいてきて、息を整え、一気に捲し立てる。
「あなた、どうしてこのビルから出てきたの?ここがどんな会社かわかってるの?ここは関係者しか入れないはずでしょ。それなのに、なぜあなたが出てきたの?」
竣亮は、いつかはこんな日が来るのではないかと危惧していた。でもそれは、あまりにも突然すぎた。
「あ、あの、葉月先輩。ちゃんと説明するので、場所を変えませんか」
竣亮はとりあえず葉月を落ち着かせようとする。
「竣亮、俺もついていこうか?」
隼斗は心配でそう言うが、竣亮はそれを断った。
これは、自分がいつまでも問題を放置した罰なんだと思った。だから、自分の口で葉月にきちんと説明しようと思った。
竣亮は、葉月とともに駅前のカラオケボックスに入る。
喫茶店やファストフード店などでは、誰に聞かれるかわからない。かといって家に呼ぶわけにもいかないので、手軽に2人だけになれる場所としてカラオケボックスを選んだ。
しかしこの2人に関しては、カラオケボックスにいながらも、楽しむ様子は微塵も感じられない。
あるのは殺伐とした空気だけだった。
ドリンクバーで飲み物を入れ、指定された部屋に入ったとたんに、我慢しきれなかったのか、葉月が竣亮に問いただしてきた。
「竣亮くん、あのビルで......GEMSTONEで何をしていたの?」
L字に並べられたソファーの斜め前に座っている葉月が、こちらをまっすぐ見つめる。
「僕は......小学校5年生から、GEMSTONEに練習生として所属しています」
その言葉を聞いて、葉月は一瞬えっ?となる。
「そうだったの......?いまも練習生なの?」
竣亮はグッと両手に力が入る。そして意を決して、葉月に告げる。
「いえ、いまは練習生ではなく、buddyのメンバーとして活動しています」
竣亮からそう言われた瞬間、葉月は頭の中が真っ白になった。
竣亮と知り合って1年以上が経つ。その間、buddyに関しての話はもちろん、プライベートな話もたくさんした。そして、過去のつらい経験も。
それなのに、竣亮は自分がbuddyのメンバーであることを、ずっと隠していた。葉月にはそれが信じられなかった。
「葉月先輩、ずっと黙っていてごめんなさい.....」
竣亮が謝罪するが、いまの葉月の耳には入ってこない。
「......あなた、わたしがbuddyのファンだと知って、近づいてきたの?」
「違いますっ!決してそんなつもりじゃ......!」
「じゃあ、わたしがbuddyの話しで盛り上がっているとき、どう思っていたの?」
葉月からは、怒りというよりも悲しみが伝わってくる。竣亮もそれを感じるからこそ、言葉を間違えてはいけないと思った。
「最初は図書室で、先輩のスマホにbuddyのステッカーが貼ってあるのが目に留まって、単純に嬉しかったんです。僕らを応援してくれている人がいるんだってことが」
学業優先のため、現在も姿を公表していないbuddyは、ファンとの交流が無いに等しい。どれだけテレビやSNSで騒がれても、どこか他人事のような気持でいた。
そんな中、葉月のスマホに貼られたあのステッカーは、自分たちを応援してくれている人がいると自覚させてくれた、最初の目印でもあった。
「その前に、あなたが本当にbuddyである証拠はあるの?」
葉月は過去の壮絶なイジメの経験から、簡単に人を信じない。竣亮のことも、1年かけてようやく信頼するようになっていたのだ。
それなのに隠し事を、しかも自分たちを繋げてくれたbuddyに関することを隠されていた。だから、すぐに信じることが出来なくなっていた。
「あります。ですが、いまから見せるものは、絶対に口外しないと約束してくれますか。僕だけではなく、他の仲間にも関わることなので.....」
竣亮にそう言われて、葉月は「約束する」とだけ答える。
その答えを聞くと、竣亮はスマホを操作し、いつものレッスンの動画を出す。もちろん、明日香を入れての6人での動画だった。
選んだ動画は、葉月がbuddyのファンになったきっかけの曲『さよならいつか』を選んだ。それも、いつものダンス動画ではなく、ボイストレーニングでの動画を選んだ。
葉月は、冒頭の僚がソロで歌っている声ですぐに分かった。
「本物のbuddyだ」と。
そしてその6人の中には、まぎれもなく竣亮もいる。
この人たちが、自分がずっと会いたくてしょうがなかったbuddyなんだと思うと、自然と涙があふれてくる。
イジメから立ち直るきっかけをくれたbuddyには、感謝してもしきれないほどの想いが葉月にはある。
そして動画は竣亮のソロ部分になっていた。
『今は離れたあなたの心も 今は感じないぬくもりも 生きていればまた巡り合う あなたという奇跡に』
この歌詞を歌っていたのは竣亮だった。
『さよならいつか』の中でも、特に思い入れのある歌詞で、葉月にとって大切な言葉でもあった。
動画が終わっても、葉月はスマホを握りしめたまま動けないでいた。
「先輩.....?」
竣亮に呼ばれて、葉月は涙を拭う。そして、そのままスマホを竣亮に返す。
「ありがとう、見せてくれて。これはまぎれもなくbuddyの歌声だったし、あなたがそのメンバーであることはわかったわ」
先ほどよりも柔らかくなっている態度に、竣亮は少し安堵する。
「僕、本当はずっと先輩に打ち明けたかったんです。でも、事務所との約束だったし、簡単に話すことはできなくて......」
「わかったわ。あなたがどういう気持ちでいたか」
「ありがとうございます.....!」
「でもね......」
そう言って、葉月は一息吐く。
「あなたがbuddyのメンバーであると知った以上、いままでのように接することは出来ないわ」
「え......なんで......」
竣亮は、なぜそうなるのかわからなかった。
「わたしは、これからもずっとbuddyを応援し続けるわ。約束する。でもそれと同時に、いちファンとして適切な距離をとる必要があるのよ」
そこには葉月なりの信念が含まれている。
ファンはファンらしく、敬愛するものに近づき過ぎてはいけないという信念が。
しかし、葉月への好意に気づいた竣亮は、それを良しとすることはできない。
「先輩、僕は確かにbuddyのメンバーではありますが、先輩とは国分竣亮として、いままでのように......いや、それ以上になりたいんです」
「それ以上......?」
竣亮の心臓は、いままで経験したことがないほどバクバクしている。でも、いま言わなければ、もう二度と言えなくなる。
ゴクッと唾をのみ、竣亮が葉月に告げる。
「僕、先輩のことが好きなんです。だから、先輩とは友達以上の関係になりたいんです」
葉月はさらに頭が混乱する。竣亮がbuddyのメンバーだというのだけでもいっぱい、いっぱいなのに、今度はその竣亮が自分を好きだという。
「なんの冗談......」
「冗談でこんなこと言いません」
「からかって......」
「からかってもいません。僕は本気で先輩のことが好きなんです」
竣亮の真剣なまなざしに、葉月は何も返せない。
それでも竣亮は引くわけにはいかなかった。
「先輩が僕のことを友達以上に見ていないことはわかります。だけど、これからは僕を、先輩のことが好きな1人の男として見てほしいです」
葉月は過去の経験のせいで、自分は一生恋愛とは縁がないと思っていた。
それでもいいと思っていたし、必要性も感じていなかった。
でも、いま目の前にいる友達、しかも自分が愛してやまないbuddyのメンバーの1人が、自分を好きだという。
だからこそ葉月は、その気持ちに応えることはできなかった。
「わたしは確かに、竣亮くんのことを友達以上に見ていないわ。それにあなたとはもう、生きていく世界が違うのよ。あなたにはこれから、華々しい未来が待っているわ。わたしはあなたの邪魔になってはいけないの」
「邪魔だなんて思いませんっ!僕には先輩が必要なんです.....!」
竣亮は、葉月が離れていこうとするのを必死で止める。みっともなくてもいい。とにかく、葉月を引き留めたかった。
「竣亮くん、あなたを必要としている人はたくさんいるわ。だから、わたしだけで独り占めすることは出来ないし、そんなことしたくない。あなたはbuddyとして、たくさんの人を幸せにしなくてはいけないのよ」
「でも、僕は先輩がいないと幸せではありません!」
「あなたには素敵な仲間がいるじゃない。あの動画を見ていて、その絆を感じたわ」
「確かに、みんな大切な仲間です。だけど、それは先輩を想うものとは別のものです。1人の男として幸せにしたいのは、河野葉月ただ1人です....!」
竣亮は葉月にわかってほしかった。だけど、その願いが叶うことはなかった。
「あなたの気持ちは嬉しいわ。だけど、ごめんなさい。もう、今までみたいに連絡もしないから。わたしと友達になってくれてありがとう」
そう言うと、葉月は静かに部屋を出て行った。
「うっ.....うぅ......っ.......先輩っ.........」
竣亮はひとり残されたカラオケボックスで、初めて失恋して涙を流す。
初めて本気で好きになった人に、初めて失恋した。
竣亮はその立ち直り方を知らない。
まるで深い海の底に沈んでいく。そんな感覚だけが残った。
それは、buddyゆかりの地をめぐる聖地巡礼だ。
大学も春休みに入り、今日もアルバイト帰りに聖地巡礼をする。しかも、今日訪れる場所はGEMSTONE本社ビルだ。
buddyの熱狂的ファンの葉月でも、ここに来るのは初めてだった。というのも、ここは聖地中の聖地。おいそれと気安く来ていい場所ではないと葉月の中で決めていたのだ。
しかし、4月には葉月も4年生になる。葉月は自分の経験を活かし、イジメられている子の力になるため、臨床心理士を目指して勉強中であった。そのため、大学卒業後は大学院へ進学する予定なので、聖地巡礼もしばらくできそうにない。
そこで意を決して、初めてGEMSTONEに対面することにしたのだ。
とはいっても、無関係の自分が入れるはずもなく、葉月はその外観を反対側の道路から眺めるだけで精一杯だった。
ビルを人が出入りするたびに、あの人は誰?この人は?と、自分の中で想像を掻き立てる。それだけでも十分幸せだった。
はずなのに......
GEMSTONEの正面玄関から、若い男が2人出てきた。そのうちの1人を葉月はよく知っている。
自分の唯一の友達、国分竣亮だった。
「.........え?」
猪突猛進な葉月は、頭で考えるよりも先に体が動いてしまっていた。横断歩道の信号が点滅し始めているにも関わらず、駆け足で渡る。
「竣亮くん‼」
走りながら大声で呼び止める。呼ばれた竣亮は振り返り、葉月の顔を見た瞬間、自分の顔が青ざめていくのがわかった。
「葉月先輩......」
一緒にいた隼斗は、竣亮がその名前を呼んで思い出す。竣亮から聞いていたbuddyの熱狂的ファンの人だと。
葉月は竣亮と隼斗に近づいてきて、息を整え、一気に捲し立てる。
「あなた、どうしてこのビルから出てきたの?ここがどんな会社かわかってるの?ここは関係者しか入れないはずでしょ。それなのに、なぜあなたが出てきたの?」
竣亮は、いつかはこんな日が来るのではないかと危惧していた。でもそれは、あまりにも突然すぎた。
「あ、あの、葉月先輩。ちゃんと説明するので、場所を変えませんか」
竣亮はとりあえず葉月を落ち着かせようとする。
「竣亮、俺もついていこうか?」
隼斗は心配でそう言うが、竣亮はそれを断った。
これは、自分がいつまでも問題を放置した罰なんだと思った。だから、自分の口で葉月にきちんと説明しようと思った。
竣亮は、葉月とともに駅前のカラオケボックスに入る。
喫茶店やファストフード店などでは、誰に聞かれるかわからない。かといって家に呼ぶわけにもいかないので、手軽に2人だけになれる場所としてカラオケボックスを選んだ。
しかしこの2人に関しては、カラオケボックスにいながらも、楽しむ様子は微塵も感じられない。
あるのは殺伐とした空気だけだった。
ドリンクバーで飲み物を入れ、指定された部屋に入ったとたんに、我慢しきれなかったのか、葉月が竣亮に問いただしてきた。
「竣亮くん、あのビルで......GEMSTONEで何をしていたの?」
L字に並べられたソファーの斜め前に座っている葉月が、こちらをまっすぐ見つめる。
「僕は......小学校5年生から、GEMSTONEに練習生として所属しています」
その言葉を聞いて、葉月は一瞬えっ?となる。
「そうだったの......?いまも練習生なの?」
竣亮はグッと両手に力が入る。そして意を決して、葉月に告げる。
「いえ、いまは練習生ではなく、buddyのメンバーとして活動しています」
竣亮からそう言われた瞬間、葉月は頭の中が真っ白になった。
竣亮と知り合って1年以上が経つ。その間、buddyに関しての話はもちろん、プライベートな話もたくさんした。そして、過去のつらい経験も。
それなのに、竣亮は自分がbuddyのメンバーであることを、ずっと隠していた。葉月にはそれが信じられなかった。
「葉月先輩、ずっと黙っていてごめんなさい.....」
竣亮が謝罪するが、いまの葉月の耳には入ってこない。
「......あなた、わたしがbuddyのファンだと知って、近づいてきたの?」
「違いますっ!決してそんなつもりじゃ......!」
「じゃあ、わたしがbuddyの話しで盛り上がっているとき、どう思っていたの?」
葉月からは、怒りというよりも悲しみが伝わってくる。竣亮もそれを感じるからこそ、言葉を間違えてはいけないと思った。
「最初は図書室で、先輩のスマホにbuddyのステッカーが貼ってあるのが目に留まって、単純に嬉しかったんです。僕らを応援してくれている人がいるんだってことが」
学業優先のため、現在も姿を公表していないbuddyは、ファンとの交流が無いに等しい。どれだけテレビやSNSで騒がれても、どこか他人事のような気持でいた。
そんな中、葉月のスマホに貼られたあのステッカーは、自分たちを応援してくれている人がいると自覚させてくれた、最初の目印でもあった。
「その前に、あなたが本当にbuddyである証拠はあるの?」
葉月は過去の壮絶なイジメの経験から、簡単に人を信じない。竣亮のことも、1年かけてようやく信頼するようになっていたのだ。
それなのに隠し事を、しかも自分たちを繋げてくれたbuddyに関することを隠されていた。だから、すぐに信じることが出来なくなっていた。
「あります。ですが、いまから見せるものは、絶対に口外しないと約束してくれますか。僕だけではなく、他の仲間にも関わることなので.....」
竣亮にそう言われて、葉月は「約束する」とだけ答える。
その答えを聞くと、竣亮はスマホを操作し、いつものレッスンの動画を出す。もちろん、明日香を入れての6人での動画だった。
選んだ動画は、葉月がbuddyのファンになったきっかけの曲『さよならいつか』を選んだ。それも、いつものダンス動画ではなく、ボイストレーニングでの動画を選んだ。
葉月は、冒頭の僚がソロで歌っている声ですぐに分かった。
「本物のbuddyだ」と。
そしてその6人の中には、まぎれもなく竣亮もいる。
この人たちが、自分がずっと会いたくてしょうがなかったbuddyなんだと思うと、自然と涙があふれてくる。
イジメから立ち直るきっかけをくれたbuddyには、感謝してもしきれないほどの想いが葉月にはある。
そして動画は竣亮のソロ部分になっていた。
『今は離れたあなたの心も 今は感じないぬくもりも 生きていればまた巡り合う あなたという奇跡に』
この歌詞を歌っていたのは竣亮だった。
『さよならいつか』の中でも、特に思い入れのある歌詞で、葉月にとって大切な言葉でもあった。
動画が終わっても、葉月はスマホを握りしめたまま動けないでいた。
「先輩.....?」
竣亮に呼ばれて、葉月は涙を拭う。そして、そのままスマホを竣亮に返す。
「ありがとう、見せてくれて。これはまぎれもなくbuddyの歌声だったし、あなたがそのメンバーであることはわかったわ」
先ほどよりも柔らかくなっている態度に、竣亮は少し安堵する。
「僕、本当はずっと先輩に打ち明けたかったんです。でも、事務所との約束だったし、簡単に話すことはできなくて......」
「わかったわ。あなたがどういう気持ちでいたか」
「ありがとうございます.....!」
「でもね......」
そう言って、葉月は一息吐く。
「あなたがbuddyのメンバーであると知った以上、いままでのように接することは出来ないわ」
「え......なんで......」
竣亮は、なぜそうなるのかわからなかった。
「わたしは、これからもずっとbuddyを応援し続けるわ。約束する。でもそれと同時に、いちファンとして適切な距離をとる必要があるのよ」
そこには葉月なりの信念が含まれている。
ファンはファンらしく、敬愛するものに近づき過ぎてはいけないという信念が。
しかし、葉月への好意に気づいた竣亮は、それを良しとすることはできない。
「先輩、僕は確かにbuddyのメンバーではありますが、先輩とは国分竣亮として、いままでのように......いや、それ以上になりたいんです」
「それ以上......?」
竣亮の心臓は、いままで経験したことがないほどバクバクしている。でも、いま言わなければ、もう二度と言えなくなる。
ゴクッと唾をのみ、竣亮が葉月に告げる。
「僕、先輩のことが好きなんです。だから、先輩とは友達以上の関係になりたいんです」
葉月はさらに頭が混乱する。竣亮がbuddyのメンバーだというのだけでもいっぱい、いっぱいなのに、今度はその竣亮が自分を好きだという。
「なんの冗談......」
「冗談でこんなこと言いません」
「からかって......」
「からかってもいません。僕は本気で先輩のことが好きなんです」
竣亮の真剣なまなざしに、葉月は何も返せない。
それでも竣亮は引くわけにはいかなかった。
「先輩が僕のことを友達以上に見ていないことはわかります。だけど、これからは僕を、先輩のことが好きな1人の男として見てほしいです」
葉月は過去の経験のせいで、自分は一生恋愛とは縁がないと思っていた。
それでもいいと思っていたし、必要性も感じていなかった。
でも、いま目の前にいる友達、しかも自分が愛してやまないbuddyのメンバーの1人が、自分を好きだという。
だからこそ葉月は、その気持ちに応えることはできなかった。
「わたしは確かに、竣亮くんのことを友達以上に見ていないわ。それにあなたとはもう、生きていく世界が違うのよ。あなたにはこれから、華々しい未来が待っているわ。わたしはあなたの邪魔になってはいけないの」
「邪魔だなんて思いませんっ!僕には先輩が必要なんです.....!」
竣亮は、葉月が離れていこうとするのを必死で止める。みっともなくてもいい。とにかく、葉月を引き留めたかった。
「竣亮くん、あなたを必要としている人はたくさんいるわ。だから、わたしだけで独り占めすることは出来ないし、そんなことしたくない。あなたはbuddyとして、たくさんの人を幸せにしなくてはいけないのよ」
「でも、僕は先輩がいないと幸せではありません!」
「あなたには素敵な仲間がいるじゃない。あの動画を見ていて、その絆を感じたわ」
「確かに、みんな大切な仲間です。だけど、それは先輩を想うものとは別のものです。1人の男として幸せにしたいのは、河野葉月ただ1人です....!」
竣亮は葉月にわかってほしかった。だけど、その願いが叶うことはなかった。
「あなたの気持ちは嬉しいわ。だけど、ごめんなさい。もう、今までみたいに連絡もしないから。わたしと友達になってくれてありがとう」
そう言うと、葉月は静かに部屋を出て行った。
「うっ.....うぅ......っ.......先輩っ.........」
竣亮はひとり残されたカラオケボックスで、初めて失恋して涙を流す。
初めて本気で好きになった人に、初めて失恋した。
竣亮はその立ち直り方を知らない。
まるで深い海の底に沈んでいく。そんな感覚だけが残った。
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