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9,街区公園-回転
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「おいおい、スゲー事になってるじゃん」
なんだかんだと、しばらく室戸に連れ回されていたから、久し振りに奥山の家に来てみて驚いた。
門扉を隠すように繁っていたツツジだかサツキも、しっかり刈り込まれて生垣のようだ。高く伸びた夏椿も、上に伸びた枝や枯れ枝を除いてあり、風の通りが良くなって緑の葉がきらきら揺れている。幾つか丸い蕾があった。
もうすぐ咲くのだろうけど、確か夏椿は、朝咲いたら夕方にはもう散っちゃうと、植木屋だった、死んだ祖父ちゃんに聞いた事があった。
儚い一日花だって。平家物語に出て来る木なんだと言っていたけど、当時は何の事だかさっぱりだった。ヘイケ、ゲンジくらいは耳にしていたけれど。
つい最近、学校で平家物語を国語の授業でやったところだ。物語の中の沙羅双樹が夏椿の事だと、祖父ちゃんが言っていた事を思い出した。
栄華を誇った平家が没落していく儚さを、一日で散っていく沙羅の木に擬えたのだと。
こんなに庭木がきれいに手入れされているのを、これまで一度も見た事がなかった。一度も手入れした事が無い訳ないのだろうけど、変わり様に驚いた。コニファーだか、洋風な木もある、新たに植えたのだろう。
何より驚いたのは、庭の端にプレハブが建っていた。簡易的な事務所を置くとも思えないから、勉強部屋の体だ、いわゆる離れだ。
母屋に当たる建物の辺りに動く影があって一瞬ドキリとして足を止めたが、しゃがんで植木を弄っていた、ステテコ姿の奥山の親父さんだった。
軽く小さい会釈をする。鋭いというより、冷たい目が合ったが、すぐに外される。顎をクイっと上げて、プレハブをを指す。
プレハブの窓が開いているので近づいてみると、ちょうど扉が開いて真次郎が飛び出してきた。
「よう、次郎」
軽く手を出すと、真次郎がその手を叩き、横をすり抜け「じゃあね」と残して行ってしまう。
「何だよ」と、背中に向けて溢したら、奥山が窓から顔を出した。
「友達とゲームするからって、ソフト持って行ったよ」
「友達かよ、じゃあ、しょうがねえけど、素っ気なくないか」と、不貞腐れてみせる。
「最近、野球のクラブ入ったらしいから、友達増えたみたいだよ」
そう聞くと安心する。友達の影が見えた事が無かったら気にはなっていた。出遅れた分いっぱい遊んだ方が良いに決まっている。
まあ、俺なんかと遊んでる場合じゃないわな。なんて巡らせていた。
「小学生に袖にされていじけてないで、入れば」
「なんだそりゃ」と、鼻頭に皺を寄せ「てゆうか、どうなってんだよ」
ドアを開けてプレハブの中に入る。靴を脱ぐ小さな三和土があり、8畳ほどの広さに薄いカーペットが引いてある。テーブルの上にはまだ片付いていない荷物が積み上げてある。
「おー、凄いじゃん。ベッドあるじゃん。で、どうなってんのよ、急に」
奥に据えてあるパイプベッドに腰掛けて訊いた。
「ホントに急だよね、最近、庭を片付けてるなと思ってたけど、一昨日、学校から帰ってきたらプレハブ建ってるから驚いたよ」
奥山が半笑いで、呆れたように説明するけど、まんざらでもない様子だ。本棚にマイコンの古い雑誌を仕舞ながら続ける。
「まあ、理由は前から徐々に聞かされたっていうか、明かされたっていうか」
はっきりしない言い回しを聞いていると、扉がノックも無しに突然開いて、親父さんが入ってきた。
「マサ、飯食いにいくぞ」
視線を定めずに早口で言う。
「え、いいよ」
奥山はあからさまに嫌な顔をするが、強くは断らない。
「いいから行くぞ」視線をこちらに向けて「お前も」と、不意に素っ気なく言われて、自分を指さして間抜けな顔をする。
奥山は春彦が一緒ならいいか、と妥協した。
外に出ると門の前に、小さな車が止まっていた。ステテコから甚平に着かえた親父さんが助手席に乗り込んで、後ろの席に乗るように促される。
「こんにちは」
車に乗り込むと運転席の女性が挨拶をしてきた。
「どうも・・・おじゃまします」
調子外れの挨拶をかえした。奥山のお母さんかな、とも思ったけれど、それには少し若い気がした。
「まーくん、片付け終わった?」
運転席の女性『小母さん』は、奥山に声を掛けて、車をゆっくり発進させた。
「まだ、今やってたんだけど」
「そうなんだ、ゴメンね、明日から母屋の手直しに業者入るからね、母屋の荷物は出しておいてね」
声は甘く優しかったが、笑っていない.斜め後ろからは、そう見えた。ウインカーをカチカチさせながらハンドルを切って曲がって行く。奥山の返事はカチカチに消えるほど脆弱な返事だった。そのやりとりを聞いていて、どんな関係性なのか察した。きっと、正解なのだろう。大人ってのは大概は子供に説明しないから、子供はなんとなく察する能力が鍛えられる。それでプレハブか、声に出しそうになって慌てた。なぜ俺が居るんだ。
通常、庭にプレハブ部屋とかを建てる場合は、極力母屋に近づけて建てるし、母屋との出入りにも屋根を架けたりする。奥山の家の場合は庭の端、母屋から一番離れた場所だ。とは言っても、広い敷地があるからで、狭ければ嫌でも並び建つ事になるのだけれど。
雨が降ったらトイレの度にけっこう濡れる事になるほどの歩数が必要だ。逆に、それだけ離れているのは嬉しくもあるだろうけど。
前の席の二人は、道中会話をしていたけれど、あまり聞こえなかったし、興味も失せていた。会話と言っても、親父さんは返事するだけだった。これから外食に行くという車の中は盛り上がっていなかった。
国道沿いの回転寿司屋に入った。自慢じゃ無いが、回転寿司なんて片手で余るくらいしか行った事が無かったので興奮した。
テーブル席に座って、初めて面と向かって顔を見た。親父さんの顔をちゃんと見たのも初めてだった。奥山似つかず大柄で、テーブルから足をはみ出して座り、足を揺すっている。居心地が悪そうだ。小母さんは、テーブルに備え付けの湯呑を押し当てる蛇口でお茶を作っている。明るいところで見るとやはり若い。若いお母さんの家も稀にある。ウチの親で40代半ばで、同級生の大体の家はそのくらいだろう。親父さんはもうチョイと上だろうか。
最近、五つ上の姉貴が結婚した、19歳だ。もう来年には子供が生まれる。20歳で生んだ子供が14歳になったら、母親は34歳。目の前の女性が何歳かわからないけれど、そのくらいじゃないだろうか。そう考えると母親説も年齢的には無くはない。
女性の年齢なんてよく分からない。親よりは若いのだろう、化粧がそこまで濃くない。横山先生よりは上だろうか、もっと疲れた感じがする。
「青野、どうしたの」
さして意味も無い考えを巡らせていて、呆けていた。
「なーに、私の顔の何か付いてるの」
肩に伸びた髪を揺らして、インスタントのお茶の湯のみをカタンと音を立てて目の前に置いた。
悪気があった訳ではないけど、観察するようにじっと見過ぎていたようだ。小母さんは、不機嫌そうに唇の片側だけを小さく動かして鼻で笑う。かと思えば、隣の親父さんに話しかけて笑顔になる。
「遠慮しないで、どんどん食べろ」
親父さんが、視線を合わせないまま言ったのを合図に、レーンを流れてくる皿を片っ端から撮っては、口に放り込んだ。特別に寿司が好きな訳ではないけれど、カエルのシャツの少年が、寿司屋のカウンターで、もの凄い勢いで寿司を頬張るシーンが有名な漫画があって、子供たちは、いつかあんな風に食べてみたいとお思ったものだ。
カウンターではないけれど、ここぞとばかりに食べまくった。ちょっとランクは下がるけど、夢が一つ叶った事にしていいだろう、そのくらい食べた。後はマンモスの肉だけだ。
大人たちは、寿司が流れるレーンの内側の職人と言うより店員に直接注文していたけれど、俺たちは流れて来るのを待った、流れて来るのを取るのが楽しかった、良く分からないネタの皿を取ってしまった時は、奥山が食べた。奥山も負けじと食べて、二人で皿を積み重ねた。
「もういいだろ、そんだけ食えば」
親父さんが苛立って言った。思いの外に食べるものだから、慌てて終わりの合図を出したが、こちらもほぼほぼ満腹になった。親父さんはブツブツと何かいっていたが、してやったりだった。
小母さんが小皿にガリを少し載せて真ん中に置いて、お茶を新しく入れてくれた。
「君さあ、何だっけ」
名前を聞かれたのかと思って「青野です」と言おうとしたら、奥山が先に「青野」と答えた。
別に聞いていないと言いたげに、その答えに被せて話し出した。
「君さ、その顔の傷、ケンカでしょ」
汚いものを見る時の視線が向けられる。いつもの事だけれど、毎度気持ち悪い。寿司の味の余韻の上から泥のソースを掛けられたみたいで、堪らずお茶を飲む。
「その制服のズボンも太いよね。とてもまーくんの友達には見えないけど」
値踏みする視線に耐えられずに右上に視線を泳がせた。それが多度悪く見えたのかもしれない。小さな舌打ちが聞こえた。
「あんたさあ」
あんたかよ、とため息が出そうなのを堪えた。
「まーくん、イジメたりしてないでしょうね」
今度は堪えられずに言葉が洩れた。
「いじめって」
ため息交じりに溢した言葉を奥山が拾った。
「美和子さん、そんなんじゃないから」
めずらしく奥山が強く行ったので、「それならいいんだけど」と、引き下がった。小母さんは、美和子と言うのだと知った。
やはり、とどめを刺したかったのだろうか、堪えきれなかったのか。
「まーくん、友達はよく選びなさいよ」
何度か『うちの子と、もう付き合わないでくれる』と、言われた事があるけれど、大抵は本人が居ない時にこっそりと刺してくる事はあったけど、目の前で爆弾を投げ込まれたのは初めてだった。
それでも、イラっとはするけれど怒りは無い。ただ残念で、もうこの場から離れたいと強く思う。奥山も口を開けて呆れている様だったけど、言葉は出なかった。
頭の中で色々な感情がぐるぐる回る。回るのは寿司だけでいいのだが。
「おい、もういいだろ、行くぞ」
親父さんは、助けに入ったのか、ただ店を出たかったのか、苛立っていた。
「良くないでしょ、何か問題起こしたって、あたしは知らないからね、関係ないんだから迷惑かけないでよね」
美和子は早口で言い返しながら席を立った。
「いいんだよ」
親父さんは、会計に向かいながら、明後日の方向に言い返した。
帰りの車は無言だった。重くも軽くも無い、よそ行きの空気だった。そんな空気を嫌って美和子がラジオをつけた。雰囲気は変わったけれど、そのラジオがメロディアスに、悲しみがとまらない、と歌っているのが笑えた。
「明日から業者来るし、来週にはあたしの荷物運んでくるんから、中の机とかは今日中に出しといてね」
美和子は門の前で降ろすと、それだけ言って、親父さんを乗せて走って行った。
顔を合わせると、二人して大きく鼻で笑った。
「とりあえず、運ぶか、机」
「うん、あと箪笥も」
夏椿の蕾が風に揺れている。綺麗になった玄関へのアプローチを通って母屋に入った。
「以外に狭いな」
プレハブ部屋は、最初は広く感じていたけれど、勉強机と箪笥が入ると狭く感じた。
「今度はベッドがあるからね」
それでも、8畳はあるので広いほうだ。学習机の椅子に座ったままでクルリと回してこちらを向く。
「なんか、悪いね」
「何が」
「いや、引っ越しとか」
「ああ、それな」
窓から夕闇の風が抜ける、この時間になると流石に肌寒い。真次郎はもう向かいの家に帰っただろうか。
「あのさ、美和子って人、お前の母親なの?」
椅子に胡坐をかいた奥山がイヤイヤと手を振る。
「違う違う。あれ・・・違うと思うよ」途中で自信が無くなる。
「お前の母親とは離婚してるんだろ」奥山が頷く「どのくらいの荷物か知らないけど、ここに住むって事だろ」
奥山がゆっくり頷く。
「だからお前はこの部屋に追い出されたんだろ」
奥山がうなだれる様に頷く。
「この部屋は気に入ってるけどね」
「でもまあ、結婚なんじゃねえの、やっぱり。ていうか、何も聞いてないのかよ」
奥山が、両手のひらを見せて首を横に振った。
「何にも聞いてないよ、美和子さんに会ったのも3回目だし、ああ、この人ウチに住むんだ、俺の部屋作ってくれるんだあ。って、いつの間にかそういう事になってた。
大人っていつも説明してくれないんだよね、だからこっちが先回りして、こう云う事かって考えなきゃいけない」
「本当だよな、大人は説明しない。この前なんて、宇田川の家の前にいたら、宇田川の親父さん帰ってきてさ、いきなり睨み利かして近づいてきたらビンタされてさ「わかってんだろ」とか言って行っちゃったんだけどさ、意味わかんねえだろ、宇田川なんて拳固で殴られてたぜ、あんなのもうヤクザだぜ」
「ちょっと、意味が違うと思うけど」と、溜息をつく「本当に何もしてないの」
「いや、まあちょっと、取っ組み合いのケンカしてたけど・・・怒鳴り合ってたかも・・・よそでやれって、前に怒鳴られたかも」
「やっぱり・・・二度は言わないってタイプだね」奥山が変な所に頷いて話を戻した。
「でも、流石に結婚したら言うんじゃないかな。お母さんも、何も言ってなかったし」
「そっか、確か、お姉さんと一緒なんだっけ・・・お前は一緒に行こうと思わなかったのかよ」
「踏み込むねえ」と苦笑する「いま、お母さんのところは、アパートで狭いからね。・・・実は、家を建てる事になって、この間、見に行ったんだ、更地だったけど。来年には完成するから、そしたら向こうに行く予定。僕の部屋も図面に載ってたし」
「マジかよ、つうか何処だよ」
壁に凭れ掛かっていたのを、跳ね起きて座りなおす。
「JR駅から逆方向に徒歩20分くらいだから、ここからだと40分かな」
「じゃあ転校するのか」
「来年は3年生だし、できれば転校しないで通えたらいいんだけど、まだ分からない。同級生は幼稚園から一緒だから、転校とかって、ピンと来ないもん」
椅子を前後に揺らしている。規則的に椅子が軋む。
「僕が出て行ったら、真次郎は・・・どうするのかな」
大きく軋ませて、椅子を止めた。
「お前の母親とは、ダメなんだろう」
「うん、無理だと思う」奥山は、足元に大きく息を落として続ける「美和子さんともダメっぽいんだよね。お母さんの場合は、真次郎も小さかったから世話が必要だったのもあるけど、随分と歩み寄ってたっていうか、真次郎を家族として受け入れようとしていたけど、美和子さんは最初から宣言してた」
「なんだよ、宣言って」
「今年の初めころに、お父さんが初めて美和子さんを連れてきたんだけど、連れてきたっていうか、お父さんを迎えに来た時にちょっと寄ったって言って、部屋に来たんだ。その時にちょうど真次郎も居たから寄ったみたいだった。
『どうも、初めまして美和子です。お父さんの友達なの、よろしくね』
部屋に入るなり、わざわざ膝をついて、笑顔が優しそうだったよ。僕は呆気に取られて返事も忘れていたよ。
『君が昌一君ね、お利巧そうね、美和子よ、覚えてね、まーくん』
そう言われて、嫌な気はしなかったから『はあ、よ、よろしくお願いします』って、間抜けに答えたよ。
『君は、真次郎くんだっけ?』
美和子さんは真次郎にも話しかけてくれたん、でも真次郎は駄目だった。
『おばさん、何しに来たの』って、目を細めて言ったんだ」
「うわあ、次郎ちゃん、やるねえ」
「やるねえ、じゃないよ、美和子さんは笑顔こそ崩さなかったけど言葉は攻撃していた。
『真次郎君は、亡くなったお母さん以外の人は受け入れないマザコンなんだってね、安心して、私はあなたの母親になるつもりは無いから』
真次郎は、母親の事言われて悔しそうにしていたよ、唇をぎゅっと結んで俯いてた。
『私、子供苦手なの、ごめんね』
美和子さんは、更に攻撃してきた。部屋の外で待っていたお父さんが『おい、』って止めたんだ。美和子さんを廊下に出して、言い合いってた。なんでそんな事言ったんだ、とか聞こえたから、お父さんが宥めて、真次郎に謝るように言っていたみたい。
真次郎は自分の名前が聞こえて、自分の事で言い争っているのが堪らなかったんだと思うよ、耳を塞いでテーブルにうっ伏せたよ。
『嫌よ、子供の面倒はみなくていいって約束でしょう。だから寄りたくなかったのよ』
美和子さんが声を荒げたのを、真次郎が聞いていなければいいんだけど。結局は、お父さんが僕らに美和子さんを紹介したかったんでしょ。たまたま二人揃って居たから、嫌がる美和子さんを、半ば無理やり僕らに引き合わせたんだろうね。でも、そんな簡単じゃなかった」
その日の出来事を思い出しながら説明した奥山は、ため息交じりだけど、まんざらどころか、してやったりの顔に見えた。
「お前はどうなんだよ、美和子って人、いいの?嫌なの?」
「是も非も無いよ、どうでもいい」笑って答えていたけど「どうせ短い付き合いだし」強がりにも聞こえた。
「じゃあ、真次郎はずっと、迎いの叔父さんのところって事になるのか」
「それでも良いと思うんだけど、叔父さん家だって、娘とか大きくなったら、いま真次郎が使ってる部屋とか娘が使うんじゃないかな」
「そういう問題も出てくるわな」
ため息しか出ない。壁に背中を預けて伸びをする。外の宵闇に窓から部屋の灯がすこしばかり漏れている。そのせいで、薄明るい場所の先に、暗い闇があるのだと思い知る。まったく先は暗いのだ。
「来年、僕がお母さんの所に行ったら、この部屋を真次郎が使えばいいと思うんだけどなあ」
「おお、それいいじゃん」思わず声のトーンが上がる。
「美和子さんと、上手くやってくれればいいんだけどね」
「結局そこか」
壁に音を立てて凭れ掛かる。奥山も椅子の背もたれに凭れる。
「青野くらいだよ、最初から真次郎が懐いたのって」
「生意気だからな、次郎は。・・・ホントにお前の所はいろいろあるなあ」
「こういうのってさ、大人たちが考える事だよね、なんで僕らが考えないといけないんだよ」
奥山が興奮して、椅子が軋んで揺れた。プレハブ部屋は頑丈なようで、その程度ではびくともしない。その程度の声では大人は動かないのかもしれない。大人ってのは自分の事で手一杯で、大抵は何もしないものだから。
「僕の家の事、けっこう見られちゃったけど、青野の家はどうなの」
「俺ん家?俺ん家は、いいんだよ」
奥山は聞きたそうだったが、胡麻化した。
もう窓から入る風が冷たい、立ち上がって窓を閉め、付けたばかりのカーテンを閉めて、目の前の闇を消した。
なんだかんだと、しばらく室戸に連れ回されていたから、久し振りに奥山の家に来てみて驚いた。
門扉を隠すように繁っていたツツジだかサツキも、しっかり刈り込まれて生垣のようだ。高く伸びた夏椿も、上に伸びた枝や枯れ枝を除いてあり、風の通りが良くなって緑の葉がきらきら揺れている。幾つか丸い蕾があった。
もうすぐ咲くのだろうけど、確か夏椿は、朝咲いたら夕方にはもう散っちゃうと、植木屋だった、死んだ祖父ちゃんに聞いた事があった。
儚い一日花だって。平家物語に出て来る木なんだと言っていたけど、当時は何の事だかさっぱりだった。ヘイケ、ゲンジくらいは耳にしていたけれど。
つい最近、学校で平家物語を国語の授業でやったところだ。物語の中の沙羅双樹が夏椿の事だと、祖父ちゃんが言っていた事を思い出した。
栄華を誇った平家が没落していく儚さを、一日で散っていく沙羅の木に擬えたのだと。
こんなに庭木がきれいに手入れされているのを、これまで一度も見た事がなかった。一度も手入れした事が無い訳ないのだろうけど、変わり様に驚いた。コニファーだか、洋風な木もある、新たに植えたのだろう。
何より驚いたのは、庭の端にプレハブが建っていた。簡易的な事務所を置くとも思えないから、勉強部屋の体だ、いわゆる離れだ。
母屋に当たる建物の辺りに動く影があって一瞬ドキリとして足を止めたが、しゃがんで植木を弄っていた、ステテコ姿の奥山の親父さんだった。
軽く小さい会釈をする。鋭いというより、冷たい目が合ったが、すぐに外される。顎をクイっと上げて、プレハブをを指す。
プレハブの窓が開いているので近づいてみると、ちょうど扉が開いて真次郎が飛び出してきた。
「よう、次郎」
軽く手を出すと、真次郎がその手を叩き、横をすり抜け「じゃあね」と残して行ってしまう。
「何だよ」と、背中に向けて溢したら、奥山が窓から顔を出した。
「友達とゲームするからって、ソフト持って行ったよ」
「友達かよ、じゃあ、しょうがねえけど、素っ気なくないか」と、不貞腐れてみせる。
「最近、野球のクラブ入ったらしいから、友達増えたみたいだよ」
そう聞くと安心する。友達の影が見えた事が無かったら気にはなっていた。出遅れた分いっぱい遊んだ方が良いに決まっている。
まあ、俺なんかと遊んでる場合じゃないわな。なんて巡らせていた。
「小学生に袖にされていじけてないで、入れば」
「なんだそりゃ」と、鼻頭に皺を寄せ「てゆうか、どうなってんだよ」
ドアを開けてプレハブの中に入る。靴を脱ぐ小さな三和土があり、8畳ほどの広さに薄いカーペットが引いてある。テーブルの上にはまだ片付いていない荷物が積み上げてある。
「おー、凄いじゃん。ベッドあるじゃん。で、どうなってんのよ、急に」
奥に据えてあるパイプベッドに腰掛けて訊いた。
「ホントに急だよね、最近、庭を片付けてるなと思ってたけど、一昨日、学校から帰ってきたらプレハブ建ってるから驚いたよ」
奥山が半笑いで、呆れたように説明するけど、まんざらでもない様子だ。本棚にマイコンの古い雑誌を仕舞ながら続ける。
「まあ、理由は前から徐々に聞かされたっていうか、明かされたっていうか」
はっきりしない言い回しを聞いていると、扉がノックも無しに突然開いて、親父さんが入ってきた。
「マサ、飯食いにいくぞ」
視線を定めずに早口で言う。
「え、いいよ」
奥山はあからさまに嫌な顔をするが、強くは断らない。
「いいから行くぞ」視線をこちらに向けて「お前も」と、不意に素っ気なく言われて、自分を指さして間抜けな顔をする。
奥山は春彦が一緒ならいいか、と妥協した。
外に出ると門の前に、小さな車が止まっていた。ステテコから甚平に着かえた親父さんが助手席に乗り込んで、後ろの席に乗るように促される。
「こんにちは」
車に乗り込むと運転席の女性が挨拶をしてきた。
「どうも・・・おじゃまします」
調子外れの挨拶をかえした。奥山のお母さんかな、とも思ったけれど、それには少し若い気がした。
「まーくん、片付け終わった?」
運転席の女性『小母さん』は、奥山に声を掛けて、車をゆっくり発進させた。
「まだ、今やってたんだけど」
「そうなんだ、ゴメンね、明日から母屋の手直しに業者入るからね、母屋の荷物は出しておいてね」
声は甘く優しかったが、笑っていない.斜め後ろからは、そう見えた。ウインカーをカチカチさせながらハンドルを切って曲がって行く。奥山の返事はカチカチに消えるほど脆弱な返事だった。そのやりとりを聞いていて、どんな関係性なのか察した。きっと、正解なのだろう。大人ってのは大概は子供に説明しないから、子供はなんとなく察する能力が鍛えられる。それでプレハブか、声に出しそうになって慌てた。なぜ俺が居るんだ。
通常、庭にプレハブ部屋とかを建てる場合は、極力母屋に近づけて建てるし、母屋との出入りにも屋根を架けたりする。奥山の家の場合は庭の端、母屋から一番離れた場所だ。とは言っても、広い敷地があるからで、狭ければ嫌でも並び建つ事になるのだけれど。
雨が降ったらトイレの度にけっこう濡れる事になるほどの歩数が必要だ。逆に、それだけ離れているのは嬉しくもあるだろうけど。
前の席の二人は、道中会話をしていたけれど、あまり聞こえなかったし、興味も失せていた。会話と言っても、親父さんは返事するだけだった。これから外食に行くという車の中は盛り上がっていなかった。
国道沿いの回転寿司屋に入った。自慢じゃ無いが、回転寿司なんて片手で余るくらいしか行った事が無かったので興奮した。
テーブル席に座って、初めて面と向かって顔を見た。親父さんの顔をちゃんと見たのも初めてだった。奥山似つかず大柄で、テーブルから足をはみ出して座り、足を揺すっている。居心地が悪そうだ。小母さんは、テーブルに備え付けの湯呑を押し当てる蛇口でお茶を作っている。明るいところで見るとやはり若い。若いお母さんの家も稀にある。ウチの親で40代半ばで、同級生の大体の家はそのくらいだろう。親父さんはもうチョイと上だろうか。
最近、五つ上の姉貴が結婚した、19歳だ。もう来年には子供が生まれる。20歳で生んだ子供が14歳になったら、母親は34歳。目の前の女性が何歳かわからないけれど、そのくらいじゃないだろうか。そう考えると母親説も年齢的には無くはない。
女性の年齢なんてよく分からない。親よりは若いのだろう、化粧がそこまで濃くない。横山先生よりは上だろうか、もっと疲れた感じがする。
「青野、どうしたの」
さして意味も無い考えを巡らせていて、呆けていた。
「なーに、私の顔の何か付いてるの」
肩に伸びた髪を揺らして、インスタントのお茶の湯のみをカタンと音を立てて目の前に置いた。
悪気があった訳ではないけど、観察するようにじっと見過ぎていたようだ。小母さんは、不機嫌そうに唇の片側だけを小さく動かして鼻で笑う。かと思えば、隣の親父さんに話しかけて笑顔になる。
「遠慮しないで、どんどん食べろ」
親父さんが、視線を合わせないまま言ったのを合図に、レーンを流れてくる皿を片っ端から撮っては、口に放り込んだ。特別に寿司が好きな訳ではないけれど、カエルのシャツの少年が、寿司屋のカウンターで、もの凄い勢いで寿司を頬張るシーンが有名な漫画があって、子供たちは、いつかあんな風に食べてみたいとお思ったものだ。
カウンターではないけれど、ここぞとばかりに食べまくった。ちょっとランクは下がるけど、夢が一つ叶った事にしていいだろう、そのくらい食べた。後はマンモスの肉だけだ。
大人たちは、寿司が流れるレーンの内側の職人と言うより店員に直接注文していたけれど、俺たちは流れて来るのを待った、流れて来るのを取るのが楽しかった、良く分からないネタの皿を取ってしまった時は、奥山が食べた。奥山も負けじと食べて、二人で皿を積み重ねた。
「もういいだろ、そんだけ食えば」
親父さんが苛立って言った。思いの外に食べるものだから、慌てて終わりの合図を出したが、こちらもほぼほぼ満腹になった。親父さんはブツブツと何かいっていたが、してやったりだった。
小母さんが小皿にガリを少し載せて真ん中に置いて、お茶を新しく入れてくれた。
「君さあ、何だっけ」
名前を聞かれたのかと思って「青野です」と言おうとしたら、奥山が先に「青野」と答えた。
別に聞いていないと言いたげに、その答えに被せて話し出した。
「君さ、その顔の傷、ケンカでしょ」
汚いものを見る時の視線が向けられる。いつもの事だけれど、毎度気持ち悪い。寿司の味の余韻の上から泥のソースを掛けられたみたいで、堪らずお茶を飲む。
「その制服のズボンも太いよね。とてもまーくんの友達には見えないけど」
値踏みする視線に耐えられずに右上に視線を泳がせた。それが多度悪く見えたのかもしれない。小さな舌打ちが聞こえた。
「あんたさあ」
あんたかよ、とため息が出そうなのを堪えた。
「まーくん、イジメたりしてないでしょうね」
今度は堪えられずに言葉が洩れた。
「いじめって」
ため息交じりに溢した言葉を奥山が拾った。
「美和子さん、そんなんじゃないから」
めずらしく奥山が強く行ったので、「それならいいんだけど」と、引き下がった。小母さんは、美和子と言うのだと知った。
やはり、とどめを刺したかったのだろうか、堪えきれなかったのか。
「まーくん、友達はよく選びなさいよ」
何度か『うちの子と、もう付き合わないでくれる』と、言われた事があるけれど、大抵は本人が居ない時にこっそりと刺してくる事はあったけど、目の前で爆弾を投げ込まれたのは初めてだった。
それでも、イラっとはするけれど怒りは無い。ただ残念で、もうこの場から離れたいと強く思う。奥山も口を開けて呆れている様だったけど、言葉は出なかった。
頭の中で色々な感情がぐるぐる回る。回るのは寿司だけでいいのだが。
「おい、もういいだろ、行くぞ」
親父さんは、助けに入ったのか、ただ店を出たかったのか、苛立っていた。
「良くないでしょ、何か問題起こしたって、あたしは知らないからね、関係ないんだから迷惑かけないでよね」
美和子は早口で言い返しながら席を立った。
「いいんだよ」
親父さんは、会計に向かいながら、明後日の方向に言い返した。
帰りの車は無言だった。重くも軽くも無い、よそ行きの空気だった。そんな空気を嫌って美和子がラジオをつけた。雰囲気は変わったけれど、そのラジオがメロディアスに、悲しみがとまらない、と歌っているのが笑えた。
「明日から業者来るし、来週にはあたしの荷物運んでくるんから、中の机とかは今日中に出しといてね」
美和子は門の前で降ろすと、それだけ言って、親父さんを乗せて走って行った。
顔を合わせると、二人して大きく鼻で笑った。
「とりあえず、運ぶか、机」
「うん、あと箪笥も」
夏椿の蕾が風に揺れている。綺麗になった玄関へのアプローチを通って母屋に入った。
「以外に狭いな」
プレハブ部屋は、最初は広く感じていたけれど、勉強机と箪笥が入ると狭く感じた。
「今度はベッドがあるからね」
それでも、8畳はあるので広いほうだ。学習机の椅子に座ったままでクルリと回してこちらを向く。
「なんか、悪いね」
「何が」
「いや、引っ越しとか」
「ああ、それな」
窓から夕闇の風が抜ける、この時間になると流石に肌寒い。真次郎はもう向かいの家に帰っただろうか。
「あのさ、美和子って人、お前の母親なの?」
椅子に胡坐をかいた奥山がイヤイヤと手を振る。
「違う違う。あれ・・・違うと思うよ」途中で自信が無くなる。
「お前の母親とは離婚してるんだろ」奥山が頷く「どのくらいの荷物か知らないけど、ここに住むって事だろ」
奥山がゆっくり頷く。
「だからお前はこの部屋に追い出されたんだろ」
奥山がうなだれる様に頷く。
「この部屋は気に入ってるけどね」
「でもまあ、結婚なんじゃねえの、やっぱり。ていうか、何も聞いてないのかよ」
奥山が、両手のひらを見せて首を横に振った。
「何にも聞いてないよ、美和子さんに会ったのも3回目だし、ああ、この人ウチに住むんだ、俺の部屋作ってくれるんだあ。って、いつの間にかそういう事になってた。
大人っていつも説明してくれないんだよね、だからこっちが先回りして、こう云う事かって考えなきゃいけない」
「本当だよな、大人は説明しない。この前なんて、宇田川の家の前にいたら、宇田川の親父さん帰ってきてさ、いきなり睨み利かして近づいてきたらビンタされてさ「わかってんだろ」とか言って行っちゃったんだけどさ、意味わかんねえだろ、宇田川なんて拳固で殴られてたぜ、あんなのもうヤクザだぜ」
「ちょっと、意味が違うと思うけど」と、溜息をつく「本当に何もしてないの」
「いや、まあちょっと、取っ組み合いのケンカしてたけど・・・怒鳴り合ってたかも・・・よそでやれって、前に怒鳴られたかも」
「やっぱり・・・二度は言わないってタイプだね」奥山が変な所に頷いて話を戻した。
「でも、流石に結婚したら言うんじゃないかな。お母さんも、何も言ってなかったし」
「そっか、確か、お姉さんと一緒なんだっけ・・・お前は一緒に行こうと思わなかったのかよ」
「踏み込むねえ」と苦笑する「いま、お母さんのところは、アパートで狭いからね。・・・実は、家を建てる事になって、この間、見に行ったんだ、更地だったけど。来年には完成するから、そしたら向こうに行く予定。僕の部屋も図面に載ってたし」
「マジかよ、つうか何処だよ」
壁に凭れ掛かっていたのを、跳ね起きて座りなおす。
「JR駅から逆方向に徒歩20分くらいだから、ここからだと40分かな」
「じゃあ転校するのか」
「来年は3年生だし、できれば転校しないで通えたらいいんだけど、まだ分からない。同級生は幼稚園から一緒だから、転校とかって、ピンと来ないもん」
椅子を前後に揺らしている。規則的に椅子が軋む。
「僕が出て行ったら、真次郎は・・・どうするのかな」
大きく軋ませて、椅子を止めた。
「お前の母親とは、ダメなんだろう」
「うん、無理だと思う」奥山は、足元に大きく息を落として続ける「美和子さんともダメっぽいんだよね。お母さんの場合は、真次郎も小さかったから世話が必要だったのもあるけど、随分と歩み寄ってたっていうか、真次郎を家族として受け入れようとしていたけど、美和子さんは最初から宣言してた」
「なんだよ、宣言って」
「今年の初めころに、お父さんが初めて美和子さんを連れてきたんだけど、連れてきたっていうか、お父さんを迎えに来た時にちょっと寄ったって言って、部屋に来たんだ。その時にちょうど真次郎も居たから寄ったみたいだった。
『どうも、初めまして美和子です。お父さんの友達なの、よろしくね』
部屋に入るなり、わざわざ膝をついて、笑顔が優しそうだったよ。僕は呆気に取られて返事も忘れていたよ。
『君が昌一君ね、お利巧そうね、美和子よ、覚えてね、まーくん』
そう言われて、嫌な気はしなかったから『はあ、よ、よろしくお願いします』って、間抜けに答えたよ。
『君は、真次郎くんだっけ?』
美和子さんは真次郎にも話しかけてくれたん、でも真次郎は駄目だった。
『おばさん、何しに来たの』って、目を細めて言ったんだ」
「うわあ、次郎ちゃん、やるねえ」
「やるねえ、じゃないよ、美和子さんは笑顔こそ崩さなかったけど言葉は攻撃していた。
『真次郎君は、亡くなったお母さん以外の人は受け入れないマザコンなんだってね、安心して、私はあなたの母親になるつもりは無いから』
真次郎は、母親の事言われて悔しそうにしていたよ、唇をぎゅっと結んで俯いてた。
『私、子供苦手なの、ごめんね』
美和子さんは、更に攻撃してきた。部屋の外で待っていたお父さんが『おい、』って止めたんだ。美和子さんを廊下に出して、言い合いってた。なんでそんな事言ったんだ、とか聞こえたから、お父さんが宥めて、真次郎に謝るように言っていたみたい。
真次郎は自分の名前が聞こえて、自分の事で言い争っているのが堪らなかったんだと思うよ、耳を塞いでテーブルにうっ伏せたよ。
『嫌よ、子供の面倒はみなくていいって約束でしょう。だから寄りたくなかったのよ』
美和子さんが声を荒げたのを、真次郎が聞いていなければいいんだけど。結局は、お父さんが僕らに美和子さんを紹介したかったんでしょ。たまたま二人揃って居たから、嫌がる美和子さんを、半ば無理やり僕らに引き合わせたんだろうね。でも、そんな簡単じゃなかった」
その日の出来事を思い出しながら説明した奥山は、ため息交じりだけど、まんざらどころか、してやったりの顔に見えた。
「お前はどうなんだよ、美和子って人、いいの?嫌なの?」
「是も非も無いよ、どうでもいい」笑って答えていたけど「どうせ短い付き合いだし」強がりにも聞こえた。
「じゃあ、真次郎はずっと、迎いの叔父さんのところって事になるのか」
「それでも良いと思うんだけど、叔父さん家だって、娘とか大きくなったら、いま真次郎が使ってる部屋とか娘が使うんじゃないかな」
「そういう問題も出てくるわな」
ため息しか出ない。壁に背中を預けて伸びをする。外の宵闇に窓から部屋の灯がすこしばかり漏れている。そのせいで、薄明るい場所の先に、暗い闇があるのだと思い知る。まったく先は暗いのだ。
「来年、僕がお母さんの所に行ったら、この部屋を真次郎が使えばいいと思うんだけどなあ」
「おお、それいいじゃん」思わず声のトーンが上がる。
「美和子さんと、上手くやってくれればいいんだけどね」
「結局そこか」
壁に音を立てて凭れ掛かる。奥山も椅子の背もたれに凭れる。
「青野くらいだよ、最初から真次郎が懐いたのって」
「生意気だからな、次郎は。・・・ホントにお前の所はいろいろあるなあ」
「こういうのってさ、大人たちが考える事だよね、なんで僕らが考えないといけないんだよ」
奥山が興奮して、椅子が軋んで揺れた。プレハブ部屋は頑丈なようで、その程度ではびくともしない。その程度の声では大人は動かないのかもしれない。大人ってのは自分の事で手一杯で、大抵は何もしないものだから。
「僕の家の事、けっこう見られちゃったけど、青野の家はどうなの」
「俺ん家?俺ん家は、いいんだよ」
奥山は聞きたそうだったが、胡麻化した。
もう窓から入る風が冷たい、立ち上がって窓を閉め、付けたばかりのカーテンを閉めて、目の前の闇を消した。
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