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第3部 カレーのお釈迦様

第11話 ひんやりヴィシソワーズ、ローマ風カルボナーラ、ミラノ風カツレツ ☆☆☆

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 牡蠣のシャンパン蒸しは、調理法自体は難しいものじゃない。
 あ! シャンパンっていうのは、古代にあった「ふらんす」っていう国の地方名が由来で、だから、そこで作られたもの以外は本当は「スパークリング・ワイン」って呼ばなくちゃいけないらしい。
 でも、そんな仔細な事はどうでもいい。だって、そんな国も地方も今のこの世界には存在しないから。

 まず牡蠣を殻付きのまま良く洗って汚れを落とし、蓋になっている平らなほうの殻を外す。
 それを殻を下にしてフライパンに入れ、辛口のシャンパンをたっぷり注ぎ、強めの中火にかける。
 シャンパンがふつふつと沸いてきたら弱火にし、蓋をして蒸す。蒸す時間は3~4分が一応の目安だけど、加減はレアやミディアム、しっかり蒸すなど、お好みで。
 蒸しあがったところで牡蠣を取り出し、残ったシャンパンにタイムなどの香草を散らして煮詰める。それが半分ほどの量になったところで、バターを入れて少しとろっとしたソースを作る。
 お皿に盛りつけた牡蠣に出来上がったソースをかけて、小さく切ったレモンを添えて出来上がり。
 熱を加えたシャンパンとバターの香りが食欲を刺激する1品です。

 でも、旧文明のそんな小洒落こじゃれた料理を何で知ってるんだろう?
 今の世界では牡蠣といえば大抵は生食で、他には精々がフライにするか焼き牡蠣程度の筈なのに。
 ま、あれはあれで美味しいんですけどね。

 ティアお婆さんの所で覚えたのかな?
 それにしても、これだけの知識と腕があって更に私に弟子入りとか、謎だ。

 とか考えてたら、次に出て来たのはガラスの器に入った真っ白なスープ。
 湯気が全然立ってなくて、一目で冷製とわかる。
 これはきっとアレだな。ジャガイモのヴィシソワーズ。
 オードブルが温製だったからスープは逆に冷たいものをとか、芸が細かいなあ。

 まずびっくりしたのはその白さ。
 口に含んでみると、見た目通りのいかにもすっきりとした風味で、舌触りの滑らかさも抜群だ。

 ヴィシソワーズを作るには、まずジャガイモとポロねぎ(リーキとも言う。なければタマネギで代用)を薄切りにして、しんなりするまでバターで炒めるんだけど、ここで少しでも焦がしてしまうと風味が悪くなるし、最後にミルクと生クリームを入れても綺麗な白色にならない。
 けれど、このスープは濁りのない真っ白で、細心の注意を払ってじっくり炒めないと、なかなかこうはいかないぞ。
 炒め終わった具材にブイヨンを入れ、弱火で20分程じっくりと煮て、柔らかくなったところでそれらを潰し、スープごとしっかり裏ごしする。
 この工程が雑だと舌にざらざら感が残って、滑らかな感触にならない。それがまあ、これは完璧なとろ~り感! 裏ごしが丁寧なのはもちろん、その後で濾し器で更にこしたんだろう。

 うーん、手間を惜しまない、神経細やかな、いい仕事してますねぇ!
 ますます弟子入り志願が意味不明。
 でもまあね、労力と時間のかかった丁寧な料理を作る人に悪人はいないからね。心の声さんが言った通り、優秀な専属料理人を抱えたってことで、めでたしめでたしとしよう。うん、そうしよう。

 お昼ごはんの時と同様、ブイヨン自体が出来がいいし、味を整える塩と白胡椒の加減もちょうど良い具合。白いスープの上に散らした緑色のパセリの色合いも鮮やかだ。
 温度もよく考えてあって素敵!
 ふつうヴィシソワーズっていうと、とにかく冷やさなくちゃいけないと思いがちだけど、それはその時の気候や食べる人の好みや体調次第だ。夏の暑い盛りならばキンキンに冷やすのがいいだろうし、真冬なら温かくするのもアリだ。
 今日は初秋で涼しいから、あまりに冷たすぎず、かといって生ぬるくもなく、ヴィシソワーズらしい、ちょうど今の気温にぴったりのひんやりとした温度。
 きっと私の体調にも気遣ってくれたんだろう。
 感謝して美味しく頂きました。

 魔族の街には魔導の冷蔵庫があるから、こういう冷たい料理やアイスクリームとかが出来るんだよね。ヒト族にはそんな便利な道具や設備が無いから、どうしても作ろうと思ったら、費用と手間をかけて高山からでも氷を運んで来るしかないんだよ。
 ていうか、そんな道具や設備や料理なんか、はなから軽蔑してるから。
 

 そしてサラダ。
 ホウレンソウの柔らかい所を放射線状に並べて、その上にゆで卵をすりおろしたものを散らしてドレッシングを軽くかけ回してある。ホウレンソウのミモザサラダだ。
 野菜の濃い緑にミモザの白と黄色がえて綺麗。
 ふつうホウレンソウのサラダにはマヨネーズベースのドレッシングなんだけど、その前のビシソワーズがクリーム味だったから、それとの食感と味の対比を考えたんだろう。オリーブオイルベースでいい匂いの、酸っぱ過ぎないドレッシングだ。
 とにかくホウレンソウ自体の味が、色と一緒で濃い。ティアお婆さんの農場直送だな。卵の味も濃厚だ。そういえば、お昼のパンケーキの時も確か、朝採りの有精卵だって言ってたからね。この卵も、きっとそうだな。
 シンプルな料理ほど食材の良し悪しがはっきり出るからね。ましてや生のホウレンソウと茹でただけの卵のサラダだもの。食材の質の良さがはっきり味わえて、うん、満足。

 次はパスタ。これがなんと私の大好きなカルボナーラ。待ってました!
 麺類、特にパスタは大好物。
 その中でも、適度にピリッと辛みの効いたペペロンチーノ、それからやっぱり基本のトマトソースに海老のパスタ、最後に基本とは真逆だけど濃厚なカルボナーラ、この3つが私にとってのベストかな。

 で、目の前の1皿を見ると、これがまた本格的。
 カルボナーラって比較的歴史の浅いパスタ料理らしくって、そのせいか色んなバリエーションがあるらしい。スープパスタに近いぐらいにミルクやクリームの白いソースたっぷりのものとか、上にミートボールが乗っかったものとか。
 でもこれはパスタにチーズ、卵、ベーコンと黒胡椒だけの本物ローマ風だ。嬉しいなあ。
 そのパスタがもちろん手打ちの生パスタで、濃厚なソースの味に合わせてだろう、ゆでた後でも包丁で切った角の立った平麺だ。いいねえ、カルボナーラの麺はやっぱりこうでなくちゃ。細麺だとソースが絡み過ぎて、くどい味になるんだよ。
 全体はチーズと卵のソースをまぶした黄色で、ところどころに大きく切ったベーコンのピンク色が顔を覗かせてる。薄切りのベーコンで作ることが多いらしい。でも、やっぱり厚切りの方がより旨味と食感が楽しめて、私はこっちの方が好きかな。

 顔を近づけると、それだけでもうチーズのいい匂いがする。
 いよいよフォークで麺を巻き取って一口食べると、まず黒胡椒のピリッとした辛みが来て、それから卵とチーズのとろーり感。
 チーズはしっかりと溶けて、それでいて卵のなめらかさは残ってる。
 これが卵が固まり過ぎて炒り卵風になっちゃってたりしたら、それはもうカルボナーラとは呼べないんだけれど、このソースは、火加減が絶妙で、とろとろの卵とチーズが上手く溶け合ったクリーム状だ。
 しかも、この味の濃厚さは、きっと卵黄だけを使ったな。ベーコンを炒めた時に出た良質の油の風味と塩味が加わって、このソースだけでもパンにかけて美味しく頂けそう。
 そしてパスタはもちろんアルデンテ。固すぎもせず、柔らかすぎもせず、真ん中に細ーい糸1本分だけの芯を残したコシのある茹で具合だ。ただでさえ太麺で難しいところに、最後に弱火にかけてソースとえるから、その分を考えて茹で加減を調節しないといけない。なかなかこんな風には上手くいかないんだよ。
 ベーコンを噛んでみると、外側はカリッとして、内側には弾力があって、予想通り旨味も充分。これはやっぱりティアお婆さんの牧場直送の逸品だな。
 てなことで、あっという間に完食!

 そして最後の料理ということで出て来たのがミラノ風カツレツ。
 あれ、魚料理は? とか思ったけど、1品1品が相当にボリュームがあったからね。それに毎日毎日フルコースっていうのも、作る方も大変だろうし、食べる方としてもダイエットと健康にどうかなあ。

 ミラノ風カツレツが普通のカツレツとどう違うかっていうと、たっぷりの油で揚げるんじゃなくて、フライパンにオリーブオイルをひいて、小麦粉とパン粉をまぶした肉をステーキ風に焼く訳だ。だから過度の油でギトギトせず、あっさりめで、でもオリーブオイルの風味もして絶妙なんだよこれが。
 ところが、目の前のカツを見ると、とにかく分厚い!
 何だろうなあこれは。一気にテンション下がりそう。
 だって、豚肉はしっかり火を通さなくちゃいけないし、これだけの厚さの肉に火を通すとなると、ローストならまだしも、カツだったら周りは黒焦げの中はパサパサになっちゃうはず。
 でも目の前にある1皿は表面はちょうど良い具合のきつね色で、ということは中は生焼けかなあ。あーあ、まいったなあ。折角ここまで美味しく楽しんできたのになあ。これは食べられないかなあ……

 なんて思いながら、それでも一応はナイフを通して見ると、切り口から見えたのは中まで適度に火の通った、いかにも肉の旨味を感じさせる薄い赤味を残したピンク色。その色と質感からして、
 なーるほど、ミラノ風ビーフカツレツかあ。これなら火の通り具合を抑えめにしても大丈夫だもんね。
 早速、ソースも何もつけずに一口食べてみると、もちろん外側はサクッとして、お肉は柔らかくて肉汁たっぷり。しかも、肉には下味が付けてあって、衣には何種類かの香草が混ぜてある。うん、これはソース無しでも充分にイケるぞ。
 で、その肉が、ティアお婆さんの所でタタキにした牛肉はサーロインの霜降りだったんだけど、これは脂がそこまで多くはなく、カツレツにはピッタリの極上のヒレ肉だ。考えて料理してるなあ。
 岩塩とトマトソースが添えてあったので、ひと口ひと口の気分次第でそれらの一方をつけて、味を変えながら食べる。ソースは新鮮なトマトの酸味が効いてさっぱりとした味わい、岩塩は単に辛いだけではなくて、ミネラルその他を含んだ複雑な味わい。
 付け合わせのニンジンのグラッセも甘過ぎず、ニンジンにありがちな特有の臭みも全く無くって、上品な風味だけが香る。これはやっぱりニンジンの質がいいんだな。その横に添えた皮つきポテトはホクホクとした素朴な美味しさ。

 もちろんこれらも一気に完食。
 デザートの瑞々みずみずしい果物を食べながら思う。うーん大・大・大満足。今晩も、ぐっすり眠れそう!

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