上 下
20 / 108
第1部 ルシフェルって? 教会って?

第19話 キッチン・バイオレンス(極上の水)☆☆

しおりを挟む


 哲学者みたいな目をしたカピバラの獣人さんに案内されて厨房へ向かう。

(おい、引き受けたはいいが、厨房がティア婆の本体に合わせた超巨大サイズだったらどうするつもりだ)

 あ、それは考えてなかった。
 どうしよう。

 でも、実際の調理場は、そんなことはない普通サイズだった。
 床もコルクの完全なドライキッチンで、しかもこの丁寧ていねいな掃除のされ方は……
 おまけに噂に聞く魔導コンロやオーブンまで完備してるじゃないですか。
 むむむ、これは手強てごわいぞ。
 きっと普段から清潔な美味しいものを作ってるって、これだけでもわかる整った環境だ。

 厨士ちゅうしさんたちが礼儀正しく

よろしくお願いします」

 と挨拶してくれた。良かった。
 ひょっとして意地の悪い強面こわもての料理長とかいて

「なにぃ。こんなガキが俺たちに指示を垂れて料理だとお、めんじゃねーぞ」

 なんて顔をされるんじゃないかと警戒してたんで、ちょっと安心した。
 きっとティアお婆さんが、念話か何かで私のことを重々伝えてくれてたんだろう。
 たぶん念話も使えるとか、ここまで教育が行き届いているとか、二重の意味でびっくりする。
 やっぱりあのお婆さんタダモノじゃーないわ。

(食わせ者の、クソババアではあるがな)

 と思ったら、やっぱりいた、態度の悪いのがキャーッ、テンプレの展開!
 他の厨士さんたちは揃って頭を下げてくれてるのに、後ろの方でそっぽを向いて、いかにも不貞腐《ふてくさ》れた顔をしているのが一人。
 まあ、どこにでもいるよねー、こういうのの一人や二人。
 何かの担当のシェフでもなさそうだし、コイツだけならまだマシかあ。
 いっそ皿洗いとかの適当な下働きでもさせて、後は放っておいてもいいけど。

(こういう奴は、最初にとやっておかないと後が面倒だぞ。料理の最中に手を抜かれたり、他の厨士まで巻き込んでサボられたらどうするのだ)

 うん、そうだね。
 こういうヤツは、やっぱり最初にと……
 で、私は言った。

「そこの君、前に出て来てくれるかな」
「あーっ、オレですかあ~」

 そいつはいかにも不満そうな態度で、渋々と私の前に出て来た。
 ふーん、やっぱ竜人かあ。この種族の中には時々、妙にプライドだけ妙に高くって、つき合いにくいのがいるらしい。
 自分たちは龍の子孫だから他の亜人たちとは違うって気持ちなんだろう。
 私はヒト族だから尚更だろうねえ。
 で、こいつも、調理用の帽子を脱ぎ、ダルそうに長い爪で頭をきながら威圧的に私を見下ろしてやがる。

 ん? 長い爪だって?

「その爪はどういうつもり?」
「あー、どういうつもりってぇ、ドラゴニュートですからねえ、当たり前でしょう。長く逞しく鋭い爪はオレたちの大切な武器であり、誇りですから、それが何かあ?」
「今すぐ切ってきなさい。長い爪は調理の邪魔になるし、不潔だから」
「はぁー、いきなり来た小娘に、そんなこと言われてもねぇ」

 そこで私はこぶしを固めて

(あ、おい)

!」

 必殺のグーパンチ。
 その「誇り高い」ドラゴニュートは調理場の隅まで吹っ飛んだ。
 並んでいた他の厨士さんの頭の上を飛び越え、銀色の流し台に背中から激突だ。
 綺麗に並べてあった何枚もの皿が落ちて、破片が飛び散った。
 あらら、これは予定外。
 あとで料理長さんにあやまっておかなくちゃ。

 私は唖然あぜんとしている厨士さんたちをかき分けて、床に座り込んだままのその竜人さんの前まで行き、精一杯の怖い顔で睨みつけ、ゆっくりと言った。

「料理人の癖に、清潔さという基本の基本もわきまえないヤツは」

 ここですーっと息を吸い込んで、全身に魔力を漲《みなぎ》らせ、一気に、

!」

 言ってやった。よーしよし、ビビってる。
 これで少しは大人しくなるだろう。

「言われた通りにするか」
「あ、はい」
「よろしい。では爪を切り次第、仕事に戻りたまえ」

 決まった。
 のはずが

(調理場で暴力など非常識な)

 暴力じゃないよ。こういうのは教育って言うんでしょ。

(暴力を振るう者は皆そう言うのだ。旧文明ならキッチン・バイオレンスで訴えられるぞ)

 えーっ⁉
 だって心の声さんも執事さんも、「雨降って地固まる」って言ってたじゃない。
 確か、「頬にグーパンチ」で相手に反省を促すとか何とか。

(それは元々親しい相手と喧嘩をした場合の、よくある青春ドラマの陳腐な展開だ)

 ドラマぁ? 陳腐ぅ? 
 それを早く言ってよぉ。
 それに、さっきも、「最初にガツンと」って。

(「ガツン」の意味が違う。言葉か何か別の方法で……)

 うーん、でももう遅いよ。
 やっちゃったものはしょうがない。
 それに、竜人さんも素直に反省してるようだし。
 とにかく、さあ料理の準備にかかりましょう。

(この娘には反省というものが無いのか。はぁ)

 それから私は、調理用に使う水を一杯もらって飲んだ。
 別に「ガツン」とやった後でのどが渇いてたからとか、調理前に気を落ち着かせようっていうわけじゃない。
 やっぱり水は料理の基本でしょう。
 これが良くないとスープやソースの味が酷いことになるし、味付けや献立を変える必要だって出てくる。
 一度かすか、最悪の場合、亜空間に収納しておいた自前の水を使うつもりだったけど、ここの水は変な濁りも臭いもなく、すみずみまで透明で、飲んですっきりと美味しく、それでいて料理の邪魔をしそうな余計な味もしないものだった。
 幸いと言うべきか、さすがと言うべきか、水がこうだからこそ、あれほどの野菜やフルーツが育つのだろう。
 うん、これなら料理もイケそうだ。

 調理場に置いてある調味料や香辛料、チーズ類なども豊富だ。
 バターも新鮮で、これはおそらく今日作ったばかりなんだろう。
 作りたてのバターって嫌な脂っぽいバター臭がしなくって、料理に使うのがもったいないぐらい美味しいんだよね。
 では、今日はこれをたっぷり使わせてもらいましょう。
 あとは野菜は当然として、魚介類も今日獲れたてのものばかりだし、ティアお婆さんが自慢するぐらいだから味も信頼できるはず。
 肉は適度に熟成させたものの方が旨味が増すマグロとかの大型の魚もそうですので、貯蔵庫にある良さそうな肉を使うとしよう。
 で、何を作るかというと、よし、決めた。

 私は厨士さんたちを集めて言った。

「今日のメニューは…… 

「「「「「はあ?」」」」」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ドレスを着たら…

奈落
SF
TSFの短い話です

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...