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第1部 ルシフェルって? 教会って?
第9話 魔王城(やっぱり勘違い?)
しおりを挟む金髪モヒカン君と執事さんの議論は続く。
「しかし、実際に今でも辺境では毎日のように魔族からの侵略が起こってるでしょう?」
「しかしもカカシもオカシ(お菓子?)もムカシ(昔?)もタカシ君もヒロシ君もございません!」
え、それって、もしかしてウケ狙い?
(そのようだな。相変わらず笑いのセンスのない奴だ)
「オホン…… 失礼。だが、そんな事は有り得ませんぞ。少なくともここ百年来、魔族の方からヒト族に戦いを仕掛けたことはございません」
「しかし、教会も王宮も、邪悪な魔族の襲撃だと」
「だから、しかしもタカシ君もヒロシ君も…… オホン、再々失礼。とにかく、そのような発表があるとすれば意図的な誤報、つまりは『でっち上げ』ですな。当方から戦闘行為を仕掛けることは魔族全体に厳重に禁止しておりますし、各地に潜んでいる優秀な使い魔たちからも、そのような報告は一切入っておりません。
侵略や攻撃を仕掛けてくるのはヒト族の側からばかりです。そう、例えばつい今しがた御覧になった襲撃事件のように」
「うっ……」
「そもそも、『魔』と『悪』を同義に見なすことが間違っているのです。魔族を守る王だから魔王であって、ガイア様は旧世界の金言で言えば、『ぼく、悪い魔王じゃないよ』でございます」
ここで
「ワタシは信じる。魔族はその存在の続く限り、やはりヒト族の敵。恐ろしい邪な魔力で我々を脅かす」
おっ、新たな挑戦者登場。勇気あるなあ。
(愚かな。天然娘が議論でゼブルに敵うものか)
「そちらのお嬢さんは魔法担当でしたな」
「そ。賢者」
おお、「ん」じゃなくて「そ」ときたぞ。
もしかして気合入ってる?
「お聞きしますが、魔族を倒すのに、邪悪なはずの魔法の力に頼るのは矛盾しておりませんか」
「そんなことはない。ヒト族の中にも、稀にワタシのように魔力を授かって生まれる者もいるが、それは神様が与えてくれた聖なる破邪の力」
「ふむ、必要悪であると、そのように仰っているように聞こえますが、まあいいでしょう。ならば、更にお尋ねしたい。そもそも魔力とはいったい何ですか」
「自己の意志と生命、それに魂をもって自然界を循環するエネルギーに訴えかけ、物理世界や他者の精神に干渉する力」
「では、その力自体に正邪はなく、善悪は操る者の理由や目的次第では? 魔族とヒト族ではその理由、目的が異なると?」
「ヒト族の魔導士は主や御使いの、魔族は邪悪な精霊の力を通じて魔力を行使する」
「ほほう、それは理由・目的ではなく方法・手段では? では、その『精霊』とやらについて問わせて頂きましょう。仮に魔族が精霊の力を借りて魔力を行使するとして…… その精霊や魔族のことを、貴女は再々邪とか邪悪と仰いますが、それは教会が自らの教えに従わない者を決めつける、独りよがりな定義ではないですかな。そもそも自然界に存在する精霊に神や天使とかの聖なるものと、逆に邪悪なものがあるなどと、誰が言ったのです。ヒト族の教会が唱える教義以外の何が根拠なのか」
「う……」
あれれ、急に自信なさげになってきましたが。
(誘導尋問に嵌められたのを気付いたか。奴は昔からこの辺が巧妙なのだ)
「ははは。それなら先ほどの善悪論争と同じ事ではありませんか。言ったでしょう。あらゆる争いにおいて、当事者双方が自らの善を主張し、相手を悪と信じ込むものだと。魔族にも、ヒト族に対し魔力をもって対抗しなければならない我々なりの充分な理由があるのです」
「う……」
「もちろん我々も、ヒト族相手に進んで魔力を振るいたい訳ではない。魔力の使用は、自分たちの生活における利便のためにとどめたい。しかし、突如として住処を襲われたり、見境なく『魔王討伐だぁー』と攻め込んで来られたら、自らを守るために力を行使せざるを得ないのです」
「強大な魔力を持てば、ついそれを振るってみたくなる。魔族は特にそう」
「それは魔力や魔族に限ったことではない。ヒト族においても、武力や権力を持つ者が陥りがちな弊害でしょう。魔族だけが誘惑に負けて邪悪な力を振るう、許すべからざる者たちであるというのは、あまりに一方的な妄想でしょう」
しかしそれでも賢者嬢は負けじと
「神様は魔族をこの世から駆逐するために、ワタシたち人間をお創りになった!」
すると執事さんは間髪を入れず、ひときわ大きな声で
「最大の疑問はそこです!!!」
と、複雑な笑みを浮かべながら言った。
「ヒト族と魔族の生来の対立は神が定めたものであるという。しかしそれは本当に神なのでしょうか」
「教会の間違った教えに過ぎないと言うのか」
「そうかもしれません。しかし、そうではないかもしれない。もしかすると、神を僭称する、もしくは神の名をかりた別の者の立てた筋書かもしれない」
「そんな者がいるとすれば、それは誰か」
「さあ」
言葉を濁した。
ここまで言っておいて、それはないでしょ。
(放って置け。こいつはいつも、このようにして勿体ぶるのだ。それに、お前も真実を知る日が来る。そう遠くない先にな。奴の言っていることが本当かどうか自分で見定めることだ。そうでなければ意味がない)
え、それってどういうこと。
全然、訳わかんないんだけど。
是非是非、説明求む。
(しーん)
くそーっ、また拒否られた。
自分だって勿体ぶってるじゃん。
「いずれにせよ我々は、相手がどのような存在であろうが、自らと今のこの世界を守るために必要とあれば全力で抵抗するだけです」
「相手が神様でもか?」
「たとえ敵が神でもです。自由も日々の喜びもない歪んだ世界を我々は欲しない」
「勝てる筈がない」
「では大人しく座して滅びるのを待てと? ははは、そんなことができる訳がない。やるべきことをやるだけです。しかし我々にも決して勝利の望みがない訳ではない。もしかすると」
あれ、こっちを見た。
ねえねえ、これどういうこと?
(しーん)
くそぉーっ! 私の中に住んでるんだから、家賃代わりにちょっとは教えろっての。
(セコイぞ、家賃とか。一応は勇者で、自称美少女だろう。言っていて自分で恥ずかしくはないか?)
はい、すみませんでした。反省します。
「話題を変えましょう」
「ん」
「歴代の勇者の中で、幸運にも当時の魔王を倒した数少ない方々は、その後どうなりました?」
「それは教会の記録にも残っていない」
「罪なく陥れられて処罰されたり、追放になって憤死されたと、私共は聞いておりますぞ。当然でしょうな。教皇や司祭、王や貴族よりも多大な名声と、魔王を倒してしまうほどの強大な武力を持った者は、世が平穏になってしまえば邪魔でしかないでしょうから」
ありうるなー。薄々はそうも思わないこともないこともなかったりして。
勇者のその後の消息が全く伝えられていないなんて、やっぱり怪しいよ。
「いっときは賞賛の的となっても、次第に畏怖の対象となり、お終いには憎むべき危険な存在となる。排除まっしぐらですな。そして、排除の記録は隠蔽、抹消される」
「アナタは教会を愚弄するのか」
「いえいえ、事実を申し上げているだけです。まあ、少々の推論は混じっておりますが、事実と大きく異なることはないと確信しておりますとも。そうだ、勇者アスラ様ならご存じでしょう。ルシフェル様がどうなったかを」
ルシフェルさまって、何?
私はぶるぶると首を横に振った。
もしかして私の知らない食べ物の名前?
「ファラフェル」なら以前見つけた旧文化のレシピにあったけど。
あれは確か、潰したひよこ豆かそら豆に香辛料を混ぜ合わせて、丸めて揚げた、かつて「あらぶ」と呼ばれた地域の料理。
茹でたじゃが芋や溶き卵を加えたり、イーストを加えてふっくら揚げることもあるとかないとか。
ピタパンに野菜と一緒に挟んで、胡麻ペーストソースをかけて食べると、とっても美味しゅうございます、だったかな。
(…………)
「ふむ、まだしっかりとは覚醒しておられないとみえる。今はまあ、それはそれで宜しいでしょう。おお、話しているうちに魔王城が近くなってきましたぞ」
やったーっ、魔王城に到着。とうちゃーく!
ふぅ助かった。やっと、ほぼほぼ独演会終了。
(ふん、ゼブルめ、余計なことまでぺらぺらと喋りおって)
城はちょうど街の中心付近にあった。
周囲には鉄柵も何もなくて、見回りの衛兵さんらしき姿もほんのちらほら見かけるだけ。
敷地の大半が手入れの行き届いた瑞々しい緑の芝生や花壇になっており、あちこちの木陰にはベンチが置いてあったりする。
出入りも自由らしく、木陰で本を読む人がいたり、大きな噴水の横でお弁当を広げてピクニックをする家族がいたり、子供や大人が走ったり遊んでいたりする。
城の庭園と言うより、まるっきり誰にでも開放された公園だ。
馬車は白い玉砂利が敷かれた道を進んで行き、そして
濃い霧の中に突っ込んだ。
「皆さん驚かれますが、ガイア様が、城の雰囲気作りに周囲の霧は欠かせないと強く仰るので、魔法で常時このように」
まあ、一か所だけ濃霧に包まれているのは遠くからも見えましたんで、こんなことだろうと推測はしていましたが、はあ。
で、周りには当然、さっきまでの平穏とは全く別物の景色。
木々がまばらに立ち枯れていたり、誰のものか知れない傾いた墓標が並んでいたり。
おまけにご丁寧に、誰かさんたちの期待通り鴉の不気味な鳴き声が聞こえたりする。
白骨死体でも散らばっていると似合いそう。
少し行くと流れの急な川があって、そこに掛かった橋の欄干には良く出来たワイバーンの彫刻が…… あ、飛んだ。あれは本物か。
馬車が止まる。御者さんが扉を開けてくれる。
降りてみると、目の前に聳え立っていたのは、城というよりはむしろ巨大な要塞だった。
灰茶色の煉瓦造りの壁はいかにも堅固で、多少の魔導砲撃には余裕で耐えてしまいそうだ。
数少ない小さな窓が一定間隔で壁のはるか上面にある。あれは明り取りと、迎撃のためのクロスボウや魔法の射出場所を兼ねているのだろう。
中央と隅には望楼があり、見張りの兵士さんだろう、一応は辺りを見渡している。なんか退屈そうなのが遠目にもわかる。
「見張りなど無意味なのですが、これも雰囲気作りのうちだとガイア様がおっしゃるので」
このところ平和だってことかな。いいことじゃん。
執事さんに案内されて石畳の通路を歩く。
連れの二人は魔王城のいかにもな佇まいが気に入ったらしい。
「うおおお、これだよ、これ! やっぱ滾るねえ」
「ん、やっと感じが出てきた」
とか盛り上がってますけど。やっぱり立ち直り早いなあ。
でも……
「「どうした?」」
「あれ見て」
私の指さす先には、アーチ形の入口の上に煌々と光る原色で
「うぇるかむ・TO・ヴァルハラ」
とあって、その横には大きく、ポーズを取った笑顔のバニーガール(!)の絵。
「何だこりゃあ」
「ん…………」
うんうん、今だけは君たちの気持がわかるよ。
また壮絶な勘違いの予感がするぞ。
すると、事もなげに執事さんは言う。
「当店、いやいや、当城自慢の魔石で輝く『ねおん』でございます。この城だけはガイア様が魔王になられた創建当時のままだったのですが、最近になって『面白味がない』と言い出されて、まずはお客様に当方の歓迎の意を明らかに示す『さいん』からお始めになられたのです。城全体も近々もっと可愛い色に塗り替える予定でございます」
「あのぉー、可愛い色って例えばどんな。まさかピンクとか」
「さすが勇者アスラ様。正解でございます。名付けてピンクパレス」
うーん、ピンクの魔王城、要塞ピンクパレス。
あんまり想像したくない。
で、中庭を抜けて、外壁に精緻な装飾の施された豪華な居館に入ると、いきなり盛大なファンファーレの音が響いた。
真っ赤な横断幕には「はろー、熱烈歓迎」と大書してある。
なんだか急に胃が痛くなってきた気が…… するぞ。
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