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第1部 ルシフェルって? 教会って?
第7話 魔族の街って凄いカオス!(決してヒツジではない、執事登場)☆☆
しおりを挟む極彩色の洪水だった。
大通りの両脇に、派手派手な赤や青や黄色の幟だとか看板だとか。
建物の造りも木造に色とりどりの漆喰だったり、原色に塗られた煉瓦だったりと雑多で、それらが何かの生物みたいに、隙間なく熱気を持って押し合いへし合いしてるような街並みだ。
頭上を横切る巨大な赤い幕に白字で
「めりい・くりすます」
とか、夜空を思わせる紫の背景に三日月のような不吉な黄色で
「はっぴい・はろうぃーん」
なんて堂々と書いてある。
そんな季節だっけ。
それに、「クリスマス」か「ハロウィーン」か、どっちだよ!
あれ、幻覚かな? あちこちの屋根の上に鯉のぼりが見えるような。風にたなびく真鯉に緋鯉。
幻聴かな? 前後左右から火薬の爆ぜる音が聞こえる。この連続音は西洋風のクラッカーではなくて、ちゃいにーず爆竹。
通りを行き交う人の格好も、いつか遺跡で観た旧文化の「こすぷれ」みたいで、国も時代もごちゃごちゃ、何でもアリだ。
突然「どーん」という音が響き、頭上高くに小さな破裂音が連続したと思うと、真昼の空中に緑、赤、黒、黄、青、灰色の煙が花開いて、そして間隔を置いてまた「どーん」の繰り返し。
音がするたびに、行き交う魔族、獣人、エルフ、ドワーフ、そしてヒト族が一斉に上を見上げて「おぉー」と声を出す。
「いったい何のお祭りなんだろう」
「違いますよ。この街はいつもこうなんです。賑やかでいいでしょ」
たまたま隣にいた、柔らかそうなキツネ耳のお姉さんが教えてくれる。
あ、どうもご親切に。ありがとうございます。
てか、お姉さん、その妖艶な光沢のある花柄の衣装は、もしかして、じゃぱにーずキモノと打掛じゃありませんか。
前で結んだ帯も白塗りのお顔も、強めの頬紅も真っ赤な口紅も、花魁姿がまあ良くお似合いなこと。
素足に黒塗りの高下駄とか、粋ですねえ。
長ーい煙管までお持ちなんですか。本格的ですねえ。
あ、お連れさんはやはり、じゃぱにーずサムライですか。
おや、そちらのお二人さんは、これから舞踏会にお出かけですか。
男性は青に銀、女性は赤に金色の縁飾りのついた仮面が素敵ですねえ。
貴族風の長いタキシードにシルクハットも、ウエストを絞った煌びやかなロングドレスも妖しげで、最高に雰囲気出てますよぉ。
そこの君、本物のカボチャをくり抜いたランタンを頭に被るんじゃない! それは中にロウソクを入れて部屋に飾るものだ。
おっと、お子ちゃまが不注意に走ってぶつかってきたぜ。
先の折れた黒い三角帽子の脇から角が覗いてる。魔族だ。
で、私はつい余計なことを言ってしまった。
「気をつけようね。おお、ミニの魔女っぽいワンピースに黒のマントかあ。いいねえ。決まってるぅ。でもね、ゾンビっぽい不健康な化粧はやめようか。子供はやっぱり健康そうなのがいいなあ」
「ウルサイなあ、クソババア。ゴスロリって知らないの? バーカ」
ババア! 私が?
泣くぞ!
(わはは)
気のせいか向こうでは、とんでもなく露出度の高い衣装に、すっごいハイヒールを履いた、真っ白な肌に尖った耳、きっとエルフのお姉さんが、お尻につけた羽根飾りを激しく揺らしながらサンバを踊っているような……
うーん、混沌未分、カオス。
言っておくけど、カボスじゃないよ。
あれは焼き魚とかに絞ってかけると美味しい柑橘類。
ほど良い酸っぱさと香りで、料理の風味が増すんだよねー。
(つまらん)
すいません。調子に乗ってスベりました。
とにかく、そうだよ、料理だよ!
おい、私、周囲の情景にばかり呆けてないで、食べ物屋チェーック。
ふふふ、この私に抜かりはないさ。
軒先の多くが出店になっていて、肉や魚、野菜や果物が並べてあったりする。
売り子さんたちの大声が、あちこちから耳に響いてくる。
「さあ、今朝捕れたばかりのニジマスだよーっ」
「新鮮な野兎の肉はどうだい。舌がとろけるよーっ」
うん、ニジマスはシンプルな塩焼きやフライでも、バターと小麦粉でムニエルでも良いよね。
野兎はシチューがいいかなあ。じっくり火を通せば確かにとろとろの味わい。
でもね、新鮮なはずのニジマスは直射日光に当たって鱗は既にカラッカラ、目はどんより濁ってる。
一方の兎の肉はうっすら土埃を被っちゃってるんだよね。
君たちには食材の管理って概念はないのか!
煙がもくもく。何の肉かちょっとわからない、謎の串焼き。
大鍋から湯気がもくもく。覗いてみると、こっちはモツとトマトの辛みの効いた煮込みだね。真っ赤っか。
「食べていかないかーい。焼きたてだよぉー。柔らかくて、肉汁たっぷりぃー」
「辛さと旨味と、トマトの酸味も溶け合って、ひと口食べたら止まらなぁーい」
うーん、微妙。ゴメンけど、きっと血抜きや下処理が雑なんだよ。
何だかキナくさい嫌な臭いがする。
お腹が空いてたのに、おーい、私の食欲くん、君はどこへ消え去ってしまったんだー。帰ってこーい。
魔王の料理にも、期待してたはずが、だんだん不安の方が大きくなってきた。
でもどの店も結構な数のお客さんが並んでる。
無雑作に置かれた椅子に腰掛けて肉にかぶりついたり、地面に座って皿を抱えて、スプーンで掬った何かにふーふー息を吹きかけながら頬張る、右も左もそんな姿で一杯だ。
熱中、活気、笑い声、そして大らかさや寛容さ。そんなものにかけてはヒト族の街は完全に負けてるみたいだ。
書きなぐった看板の文字には「酒家」「りすとらんて」とか「BAR」とあったりする。
で、「招福酒家」の赤と黄色の店先には、多彩な色の酒瓶が並べて飾ってある。酒屋かい! しかしまあ、これはまだ有りがちな間違いだ。
重厚な石造りの「りすとらんて・ぐるまんず」の玄関に立てかけてある黒板に、白いチョークでお品書きが書いてある。それはいい。でもそこに、今日のお勧めは「タコヤキ」「マーボードン」「ワンコソバ」ときた。おい! 店構えと料理のバランスってものがあるだろう。もしかして狙ってんのか? いやいや、それはないよねえ。
「INAI・INAI・BAR」の店頭には、安らかに目を閉じた豚の頭部が飾ってあって、飴色に焼いた鶏かアヒルが何羽も吊るしてある。えっ、BARじゃないの? でも、それも千歩譲って許そう。
しかし、店頭に立っている白髪に白髭、薄ーいベージュのスーツに黒のリボンタイ、メガネに笑顔の恰幅のいいお爺さんが小さく前へならいをしたような、たぶん「カー〇ル・サン〇ース」の等身大人形、それは何だぁ!
あっはっは、おまけにその隣には、お約束通り二本足で立って、傘を背負って徳利を持った信楽焼のタヌキだってさ。ちょっと笑えるぅ…… ふざけんな!
君たちは整合性とか必然性とかいうものを考えたことがないのか⁉
武器屋、防具屋、道具屋、薬屋、服屋、靴屋、その他、その他。
宿屋の元気のいいお婆さんが呼びかけてくる。
「そこの可愛いお嬢さーん。うちの宿は安全、快適ですよー。ぜひお泊りになってくださーい」
えへへ、「可愛い」「お嬢さん」だって。
さっきの心の傷が少し癒された。
しかし隣の肉屋、お前は駄目だ。肉屋の店内で毛皮のコートを売るのはやめなさい! 肉と毛皮の関係 をつい想像してしまうじゃないか。
花屋よ、バラやコスモスとかの切り花と一緒に、キャベツやブロッコリーを鉢植えにして飾るんじゃない! ナスやトウガラシもあるじゃないか。いったい君は花屋なのか八百屋なのか園芸店なのか?
それから向かいの服屋も、スキンヘッドの中年男の呼び込みがセーラー服にハイソックスなのはどうかと思う……
なんだか街中が、勘違いの大いなる集合体みたいだ。
そんなこんな、心の中で軽く毒を吐き続けながら歩いてたら、前方の人ごみに動きがあった。バウバウバウって、犬の吠え声らしきものが最初は遠くから聞こえたような気がした。
吠え声は次第に近づいて来て、けたたましさに喧騒がかき消された。
少し遅れて蹄の音が迫って
「何だ何だ?」
とかモヒカン氏が驚いてるうちに、犬に先導された随所に彫刻を施した黒と金の豪華な四頭立ての馬車が、群衆を二つに割り、私たちの目の前で止まった。
そうかあ、犬は「馬車が通るぞおー」って注意を促すためのサイレン代わりなんだね。
犬も馬も全身が青銅色。それも鎧ではなく魔導で動くゴーレムだ。
「わん! お手」(銀髪メガネ魔法担当嬢・談)
「…………」(ゴーレム犬、ひたすら無言)
「ん、この犬、愛想ない」
(ゴーレム相手に何をしている。この娘、やはり少し天然入ってるのか?)
うん、少しじゃなくて相当ね。
すると、馬車の扉がゆっくりと開き
「愛想が無いのではなく、職務に忠実と言って頂きたいですな」
限りなく黒寄りのチャコールグレー、いかにも質の良さそうな上下をビシッと着こなした、ロマンスグレーの、ナイスミドルよりちょっと年配の細身の紳士が降りてきた。
おお、姿も声も渋いねえ。
周囲から甲高い「きゃーっ」なんて声が聞こえてきそうだ。
ま、これはあくまで比喩ね。実際には聞こえませんけど。
「失礼。わたくし、魔王ガイア様の執事、ゼブルと申します」
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