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57 ハウジングイベント その玖

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「うわ~ん、メリッサちゃんごめんね、怖い思いさせて~!!」
「おねーさま。ドールたるものこのくらい名誉の負傷ですわ! むしろ、剣を避けきれなかったわたくしの至らなさを痛感するばかりです。むう」

思わずギュギュッと1/12ドールサイズのメリッサちゃんをハグ。

「痛みは?」

クロやサーシャがメリッサちゃん囲んで心配そうにしてくれる。うう、いい仲間だ。ありがとう~。暴走した私にも引かないでいてくれて。ペケポンさんは若干引いていたな。大丈夫か、お姉ちゃんがもし本当にペケポンさんと付き合っていたら、彼女の身内にこんな直情的な輩がいたら嫌ではないか…な? かな?

心配げに聞いてくるクロにメリッサちゃんが目を一瞬だけチラと合わせ、それから視線を泳がせる。

「俺、魔法具の修復出来るよ。イグニスさんから教わったから。――ドール種の修復も」

メリッサちゃんがハッとした顔でクロを見上げ、オロオロとして言った。

「痛みは大丈夫ですわ。ドール種は痛みを感じませんから…。あの、あの! …心配してくれてありがとうございます…。い、今まで意地悪な態度してごめんなさい…!」

右足が剣で断たれたので、メリッサちゃんは私の手のひらに座ったまま その右足をギュウと抱えてペコとクロに頭を下げた。

はう、キュン!
メリッサちゃんがクロと仲直りしてくれている~!
やや絵面がホラーではあるけども。足~、足~。

「んじゃ、どうする? 時間だけど正直このまま走っても間に合わないでしょ。お人形ちゃんの修復しちゃう?」

ペケポンさんが右下に出ている時間を指す。
残り時間が現実時間、2分になっている。
ゲーム時間はその4倍の8分。
横倒しになった馬車を見て、これは使えないと判断する。となるとどう考えても間に合わない。高齢の伯爵夫人がダッシュで森を駆け抜けられる訳がない。伯爵は起きてすらいないのだし。

「皆様で4人のお方をおんぶなさって、私が【魅了】で鼠さんたちを味方にしますから、その鼠さんたちがお休みになっている伯爵様をお運びするのは?」
「ナイスアイディア、メリッサちゃん!」
「親ばか極まれり。いや、無理でしょ」

そう言ってペケポンさんは出口にさしかかった森の木々の先を指さす。高台に灯りが見える。どうやらあそこが神殿らしい。

(あ、こりゃ8分では無理だわ。んで今 結構ひどいこと言われた。おねーちゃんに言いつけてやるー、棒読み)

旅人フォリナー全員が諦めムードの中、あの! と声をあげた人物がいた。そのまだ変声期前の高い声に思わず顔を向ける。
星黄泉ほしよみディスケートだった。

「は、伯爵ご一家だけでも神殿にお連れできないでしょうか…! 薬で眠っていると聞きました。一秒でも早く解毒した方がいいのでしょう? ワルザはいなくなりましたがまだヘルメス商会の人間が追ってくるかもしれません」

(正論! でも…)

まだ横倒しになった馬車を見ると、車輪が破損している。今、ここでそれを直せる人がいない。
馬にも回復薬や発奮薬を使ってみたが怯えて立ち上がる気配がない。
メリッサちゃんに聞くと、どうやら蹄に何か異常があるらしく、無理はさせたくない。
暗い顔していた私たちに、意外やクロが発破をかけた。

「時間内でなくてもたどり着くことが大事じゃない? ともかく、伯爵を背負って行かない?」

そして彼は伯爵を背負えるよう紐を探す。
私とサーシャも手伝い、ペケポンさんがクラウスさんたちにも促す。

「……ポラリス、お前、どうにか出来ないか?」

すると意外や、それまで傍観していたクラウスさんが言った。
それに全員がつられてポラリスさんを見る。
彼は神妙な顔をしていた。眉間の皺が状況の困難さを物語る。

「方法は、ある。ひとつだけ。――幻想器を使っての移動だ」
「幻想器?」
「ああ。……神殿の協力を得られない場合、大人数を瞬間移動するための幻想器を研究していた。幻想器で"妖精の小道"に入り空間をつなげて任意の場所に出る方法だ。完成はしているが…、安全の保障ができない。まだ人間を使っての実験を行っていないのさ。妖精の小道で迷って出てこれない可能性だってある。その危険を冒すくらいなら、夜明けまで待ってファンシーまで誰か行って馬車を借りた方がいい」

そこまで言うと、ヘレンさんがクラウスさんに何か促す。クラウスさんが向いた先、遠くから獣の、いや犬の吠える声が聞こえだした。そして複数の馬の蹄の音。

「追手か…!」

クラウスさんの言葉にディスケートがポラリスに向き直る。

「おじさん! 幻想器を使おう…! 僕らも命を狙われている。捕まったら伯爵と同じ薬で眠らされるよ。多分、今回のような幸運はもうきっと起きない…!」
「ディスケート、それは、星の言葉か?」

ううん、とディスケートは首を振る。

「星は見えない。今、僕は自分の未来もここにいる人たちの未来も見えないよ。でも、これだけはわかる。ワルザがいなくなってもきっとヘルメス商会は今のやり方を変えたりしない。……犠牲が出るまで……町の人たちもきっと避難に同意しない…。冥界門の持つ利益という、もう、そういう魔力に皆憑りつかれている。だからおじさんもその幻想器の完成を急いでいたんでしょ? ――使おう。悪い未来が来るならそれに抗うって僕は決めたよ。僕らでその幻想器の最初の成功例になるんだ…!」
「ディスケート…!」

(おおう、ディスケート君、お姉さんカンドー!)

「でもあとリアルで残り1分40秒、ゲーム内で6分40秒~!」
「サーシャ、今それを口にするのは無粋じゃよ~!」

思わずサーシャに突っ込み!

「無料はダメかもと諦めた後に可能性を見出すと、人間はより執着してしまうんですよ~!」

やめて、生臭い! 血走った目でこっち見ないで!

「……よろしいですか? 伯爵夫人、お嬢様……?」

ポラリスが静かに問う。
彼女らもコクリと頷く。

「君たちは――」

あ、一応こっちにも確認とるのね。
サーシャがブンブン首を縦に振っています。
ペケポンさんが選択肢出ている、とサーシャに耳打ち。私たちは全員一致で「幻想器を使用する」を選択、サーシャがぽちしたところでポラリスさんの指示で全員、伯爵の近くにスススと集まった。
つまり、紐をおんぶ紐のようにして眠る伯爵を背負ったクロの傍に。
なぜかクロは器用に馬車の一部を使って背負子のようなものを作り上げていて、伯爵がそれに背中預けて腰掛け眠っている状態なんだけど…。どこかで見たことある…。あ、楢山節考…。姥捨て山だ…。い、いやいや、あの短時間で、よく作ったね? ていうか、クロはディスケートのあの感動イベント眼前にしてその背負子作っていたのか…? ディスケートのイベント見たい言ってたのクロじゃんね?

………皆、無言だ。

NPCの皆さんはわかる。
でも、あの、サーシャとペケポンさんも? あの、クロの格好、真面目に見ると可笑しくない?

(あ、どうしよ、なんかすごい笑いがこみ上げてくる、ヤバ、ツ、ツボった…!)

……クロがいつものツラッとした顔しているんだけど……この状況に笑いだしそうなの私だけ? ここで笑ったら 私、ちょっとひどい人っぽくならない?

(駄目よ、ここで笑ったら、時間を口にしていたサーシャのこと言えない~!)

残り時間、リアルであと5秒と右下に表示が出ている。
カチ、と数字がまた動く。

ポラリスさんが手に持っていた幻想器のなにか宝石の部分をカチリとずらすと全員の足元を覆う白い光が立ち上る。それはきっと上空から見たらひどく美しい光だったんじゃないかと思う。

とたん、森の向こうから近づいていた猟犬や蹄の音が掻き消え、世界は金色の森に変わった。
私は息を呑む。足元はセルリアンブルーの小川が遠くから流れていて、その中にはサファイヤやルビーだろうか様々な宝石が煌めいていた。

だがその風景は一瞬で、次に視界を覆ったのはシンと静まった大理石の柱。その向こうにはよく見慣れたファンシーの町が朝日に照らされその姿を徐々に現していた――。

ポーンとシステムメッセージの声が聞こえた。

『ハウジングイベント:"プルミエからの脱出"が時間内に成功しました。ハウジングの購入権利を獲得しました。ハウジングの価格、スペースについては護衛対象の満足度で変わります。のちほど個々人に別途メッセージが入ります』


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