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31話

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「え? この牧場を買い取りたい!?」

私とモルダヴァイト、サンタクロース氏の三人は畜舎から家の中へ移動し、応接室を借りて話をすることになった。トナカイのハナコと赤ちゃんは引き続きアンバー先生が見てくれている。
私たちの突然の申し出に、サンタクロース氏の顔が蒼白だ。徹夜明けだからかもしれないけれど。
今なら判断力落ちてる、ごり押せると思う私の誠意は人として最低レベル。

「勿論返事は今すぐでなくても構いません。
アイアンディーネ様はこのアカハナトナカイを絶滅させたくないとお考えなのです」

にっこりと安心させるように言うのはピンクの頭のモルダヴァイト。
さっきまでのヘタレ具合が嘘のような清々しい笑顔で会話を進める。モルダヴァイトも睡眠不足なのに、すごいな、ピンク!

「そうですか…」

真剣に考えるサンタクロース氏。

「いえ、日を置かずにお願いします。どうか、ここの子達を救ってください」

彼はその砂色の頭をペコと下げた。
私はいささか面食らう。

「あ、あの、答えは急がなくても」
「いいえ。夕べは僕だけではハナコとその赤ちゃんを助けられませんでした。もともと、祖父が切り盛りしていた牧場で、祖父が急死したため孫の僕が相続したんです。僕はもともと酪農家ではないので、知識はあっても所詮素人で…。あの子たちを助けてくれるなら、藁にもすがりたいんです」

ふぁ! いい人!

「でも、僕は今後、どうしようかなあ…」

ふ、と小さく笑いながらサンタクロース氏が呟く。

「も、モルダヴァイト、彼にはこのまま牧場管理をお願いしたいのだけど」
「お嬢様、ほんと、人増やしたがりですね…」

でも、とモルダヴァイトはひとつ息をつく。

「牧場はエレスチャレへ移転します。サンタクロース氏もご一緒していただけるなら。トナカイのことを知っている方は貴重ですからね」
「……ぜひ! あの。事務仕事なら任せてください。これでも以前は王宮で事務官をしていましたから! それと僕、普段は母方の姓を名乗っているんです。サンタクロースは有名すぎて…。ラリマーとお呼びになってください」
「……王宮で事務官! それは頼もしい!」

(へ? ラリマーさん…? あ、あ~~~!! この人、ゲームで会ったぁ!!!!)

モルダヴァイトも驚きを隠せないようだ。そして、私も今の一言で思い出す…。
王都でトナカイイベントの発注の際、色々説明してくれた人だ! どうりでトナカイについて詳しいはず…。いや、待て、待て、待て! この人、その後めちゃくちゃ出世するんですけど!?
その、この国の主席書記官にまで上り詰めるんだけど!!
いいの? いいの? ジュエルランドの運命変わっちゃうんじゃないの~!?

「あ、あの、もう少しよくお考えになった方が…」

アイアンディーネ、震え声。

「なに言ってんですか、お嬢様。こんな有能な人物が手に入るチャンスですよ? 運輸業起こすなら、王宮の承認が要ります。書類仕事山積みなんです。慣れている人間がいてくれれば大助かりですよ」

(ご、ごもっとも…。えっと、大丈夫かな。大丈夫よ…ね? 摂政や大臣じゃないし、書記官なら代わり…いる…よね?)

大臣などはさすがに貴族じゃないとなれない。平民では主席書記官が最上職なのだ。
まあ、中には有能な人材を平民から養子にしている貴族もいたけど。

「そ、そうですね。あの、お願いできますか?」
「はい! よろしくお願いします」

サンタクロース氏改めラリマー氏が笑顔で答えた。
私は相変わらず熟考苦手でござる。
今後の打ち合わせに入るモルダヴァイトとラリマー氏を横目で見つつ、お腹が空腹を訴えてきたのでラリマー氏に一言了解もらって、キッチンからなにか頂くことにした。
ラリマー氏には「貴族が料理を…」と大層驚かれたが、ダートナとの森番小屋生活で簡単な焼き物くらいは出来るように仕込まれましたからね~。
七歳と侮るなかれ。えっへん。
モルダヴァイトも驚いていたので、ダートナやアンバー先生はフロウライト伯爵家での生活をあまり話していないのかな?

さてさて、ハムエッグとコンソメスープと野菜をちぎったサラダという小学生メニューが人数分仕上がった。

応接室を見ると、二人は真剣に話していて、声をかけるのが躊躇われる。

(トナカイを見ているアンバー先生に先に持っていこうかな)

アンバー先生用は炒り卵のサンドイッチだ。布にくるんと包み、小さいポットにコーヒーも入れて、私はまた玄関から外に出る。
外は一面の白い雪。
その向こうに防風林ならぬ、森が続いている。

吐く息が白いな、と思い一歩雪を踏みしめると、木々の向こうから、すさまじいスピードで何かが走り寄ってきた。
そして、それは私に向けて、何か--投げつけてきたのだ。

「--手裏剣!?」

私は思わず声を上げる。
だが。

それが私に到達することはなかった。

それらは、私の背中から節足動物の足のように大きく生えた魔剣にすべて弾かれていたから。




少し前。
過去二度の強襲に痛い目を見た私はその屈辱をそそがんと、シルバートとアンバー先生に相談した。
そんなこと考える必要はないと先生は言いたげだったけど、実際に私一人になることは存外多い。
護衛のスピネル君はいるけど、四六時中 私と行動を伴にしろと彼に無理を強いることはできない。
シルバートやスマラルダスらを見ていると、スピネル君の安全の方が優先度が高いように見えるしね。
なので、不意をつかれた時の対処方法を彼らと練っていたのだ。

その解決方法は、魔剣に自動認識機能を付けること。

魔剣には属性のあるものがある。その応用で、特定条件可下で属性:自動認識ができるようにしようというもの。

「自動認識って属性なのか?」と疑問もあったけど、アンバー先生がやる気出していたのでお任せしました。
私の指には細い金のリングが納まり、これにアンバー先生の自動認識の魔法陣が入っている。
これによって、私の認識外から危害加えようと一定距離へ入ってきたものを叩き落すようにできたのだ。
最初、斬ってしまっては? と思ったけど、さすがに血まみれになるのはどうかと。
危害の基準は悩んだけれど人間も含めた。
もう誰も私に「だ~れだ?」って目隠し出来なくなったのだ…。ちょっと、寂しい。

今まで体内から直線に出すしか出来なかった魔剣を、自動認識した際迎え撃つ範囲を三六〇度カバー出来るようにするため、私は魔剣の操作の特訓よ。
勿論、師匠はシルバート。アンバー先生だと甘いとシルバートが判断しますた。
地獄の特訓って、まさにアレ。
私、七歳の児童なんですけど~。
数日、魔力枯渇寸前、筋肉痛に苦しみながら会得しました。
おかげで、この関節のように曲がる切っ先は、鞭のようにもしならせる事ができるのさ!
ただ、なんでか、出てくる場所が変えられず、背中から魔剣出ちゃうので、結構ホラーな絵面になってしまう…。




さて、その特訓が実を結び、敵らしき者が投げ放った手裏剣は、私の足元に落ちていた。
ヒーフーミー…。七個。

「…ばかな!」

数メートル近くまで来て足を止めた敵は驚愕の声を上げた。

(それはこっちのセリフだよ! なんで、ニンジャがここで出るのだ!?)

そう、眼前の男はどう見てもニンジャ。
黒装束に口元隠して、あたり一面白銀のなかで超目立っています。
たしかに、ゲームでは悪の結社があって、その暗殺稼業にニンジャいたけどさあ。

(あ、もしかして、私 暗殺対象なの?)

なんか、スカっと忘れていましたが、フロウライト伯爵(実父)に命狙われていたんだっけ。
そんなことを思い出し、ポンと手を打ちたかったが、左手にサンドイッチ、右手にコーヒーポットを持っていて出来ない状況です。
男はハっとして、当初の目的を思い出したか今度はクナイを持ち出しジリジリと私ににじり寄る。
どうやら、私の背中からみよんと生えている魔剣を警戒しているよう。

(んー、大声出したら逃げちゃいそう。これは拘束すべきだよね。もしかして、エレスチャレ子爵の方かもしれないし)

男がまたすばやくクナイを手に私に向かったの見て、魔剣を今度は鞭の形状にし、男の足首に巻きつき、振り回す。

「うわっ!」

男が雪上で倒れたところ、彼の頭上へ切っ先尖らせた魔剣を突っ込む。
魔剣の先はニンジャの服をズバリと音立てて雪上に縫いとめた。

(動かないでね~)

さすがに走りながら目標どおりに魔剣を動かすのは難儀するので、ズボズボゆっくりと歩きながら男に近づく。
背中からは六本の節足状の魔剣が生えていて、すでに左右の腕と足を雪上に拘束。男はまるでピンで留められた昆虫標本のようになっていた。

「お口を開けてくださいな」
「な!?」

二本の魔剣の先端を平たく形状変化させて、男の口を無理やり開かせた。
男の目には怯えが見えたが、無視して先に進むよ。コーヒーが冷めてしまうからね。
サンドイッチとコーヒーを置いて、先日、アンバー先生から渡されたリップクリーム状のスティックを出しその先を男の舌にペタっと置いた。

「-------!!!」

男は声にならない叫びをあげて、ずるりとその体から力を抜いた。

数秒後、ゴ~、というゴジラもかくやと言ういびきを聞かせてくれたけど。

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