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45. 触れたい…。
しおりを挟むあの後、大変だった。
身体をくねくねさせ、モジモジしながら上目遣いでクラウディアが、フランとの婚約が解消された事を、しつこいぐらい何度も確認してくる。
それだけでなく、聞くに耐えない夢物語を延々と聞かされ、辟易した。
「二人の結婚式は王都にある大聖堂で…。」とか、
「新婚旅行は南にあるサウスィート島のプライベートビーチ付きのコテージに行って…。」とか、
「子供は最低でも3人は欲しい…。」
等々…。
誰と結婚する気でいるのか知らないが…。
兎に角、うんざりした。
挙げ句、夫人の為の部屋に勝手に入り、内装は私の好きなように変えさせてね。と言い、夫婦の寝室にまで勝手に入り、ベッドの上に乗ろうとする。
流石にそれは阻止したが…。
最後は、帰ってもらうのに苦労した。
クラウディアに結婚を申し込んでなどいないのに、何故ああも妄想逞しく出来るのか分からない。
本音を言えば、フランと婚約解消したくは無かった。
そんな俺が彼女と何故婚約を解消しようと思ったか、クラウディアは分かっていない。
フランに“王命”で仕方なく結婚する事を決めたと思われたく無かったのと、俺が心からフランを求めて、結婚したいと思っているのを信じて欲しいからだ。
だが、今となっては後悔している部分もある。
それは、タイミングを間違えた事だ。
ユークリッド達に言われて気づいたのだが、あの男は恐らく、婚約解消を待っていた筈。
ユークリッドの話だと、フランの周囲にあの男、クラウスの影が増えたらしい。
明日にでも何か理由を付けて、彼女を呼び出す事にしようと思った。
~~~~~
「お嬢様、フォイエルバッハ家より使いが来ました。」
「フォイエルバッハ家から?」
何だろう?
もう婚約は解消されたから、何の関係もない筈だけど…。
「こちらを。」
「使いの者はまだ居るの?」
白い封書を受け取りながら聞いくと、返事を待っていると言う。
封書を裏返すと、フォイエルバッハ家の封蝋がされているのをペーパーナイフで開封し、折り畳まれた便箋を取り出し広げた。
婚約解消の申請書に私のサインが欲しいのと、二人で交わした契約書の破棄とその話し合いをしたいから公爵邸まで来て欲しい。と書かれてあった。
バトラーには返事を書くから待ってもらい、公爵家の使いに渡すように伝え、手紙を認めた。
封蝋を施した封書を手渡し、急ではあるけど、午後から公爵邸へ赴く事を伝えた。
公爵邸へ行き、彼に会う事を考えると胸がチクチクする。
手続きが必要だから、仕方ないのは分かっている。
でも…彼に会うのは…。
泣いてしまいそうで…それが嫌だから会いたくない。
他人に対してそんな風に思ったのは初めてだった。
確かに、会いたくないと思った人はこれまでにもいた。しかし、単に“面倒臭い”から“面倒臭い事になる”から会いたくなかっただけである。
けど、行かなければ手続きが終わらない。
そして、私は彼の幸せの為に決別しなければならない。
椅子に座ったまま、窓の外、空を見上げて溜め息を吐いた。
~~~~~
フランの乗った馬車がもう少しで公爵邸に着くと、先触れが来た。
朝から落ち着かない。
ヤバい!緊張してきた。
そんな事より、婚約解消の申請書へのサインと、契約結婚の契約書類を破棄した後、そのままフランにプロポーズしていけるのだろうか?
けど、プロポーズするにしても、どうやって切り出したら…。
等と頭の中が、ごちゃごちゃしそうになる。
「旦那様、ご到着されました。」
「わかった。」
先程まで、悩みに悩んでのたうち回っていた姿など、噯にも出さず答えた。
部屋を出て、大階段を降り、エントランスホールへ。
そして、玄関の大扉が左右から開かれた。
使用人達が両サイドに並び、その間をフランが緊張した面持ちで歩いて来る。
そして俺の前で立ち止まり、両手でドレスの裾を摘まむと、軽く腰を落とす。
「フラン、固い挨拶は抜きにしよう。今日は無理を言って悪かったね。」
「…いいえ。必要な手続きですから。」
そう言って微笑んだ彼女は、最後に会った時よりも痩せた気がした。
エスコートする為に手の平を上にして、彼女に手を差し出す。
少し躊躇いがちに手を、指先から軽く乗せると、そこから温かいものが全身に行き渡るようだった。
これまでにも、フランの手を取った事はあったが、こんな風に感じたのは初めてだった。
「…その…お元気でしたか?」
「ええ…。」
だが、会話は以前と変わらず、すぐに終わり、後が続かない。
彼女の横顔をチラチラと盗み見る。
『触れたい…。』
そう思ったのが彼女に伝わったのか、見上げてきた眼と眼が合った。
吸い寄せられるように彼女の頬に軽く口づけた。
「 ッ!?」
『しまった。』
そう思ったが、後の祭りだった。
が、フランは俯き、そっぽを向いただけで何も言わなかった。
「…すまない…。」
胸が苦しくなって、呟いた言葉に返事は無く、応接室に着くまで二人とも無言のまま。
着いてからも、ソファーに向かい合わせで座り、侍女がお茶の用意をしている間、どちらも何も言わず、余計に気不味かった。
目の前に座る彼女は俯き、心なしか顔色が悪いように見える。
そんな彼女を見た俺は息苦しく感じ、広げるように襟と首の隙間 に人差し指を入れた。
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