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44. キスリング・アルバ
しおりを挟むフランとフリッツの婚約が決まった時、俺は士官学校を卒業して近衛騎士になったばかりだった。
だから、義妹のサンドラとフリッツが不貞行為をしていた事も知らなかった。
士官学校に通っていて、騎士団の寮に入っていたから知らなかったというのは、言い訳にしかならない。
おまけにその事を知ったのは、彼女の結婚式当日。
フリッツに緊急招集がかかり、結婚式がふいになってからだった。
何も知らなかった俺は、結婚式が中途半端な状態で取り止めになったのに、相手の親族が口々に「無しになって良かった。」等と言っているのを聞き、怒りからその親族に詰め寄った時に言われた事で分かった。
止めに入ったフランからも
「お願いだから、黙ってて!」
そう言われ、妹もそれを望んでいたと知った。
けど、納得いかなかった俺は、邸に帰ってから両親を問い質した。
聞いた話に怒りが込み上げる。
だが、そんな俺に妹は、自分もそれを望んでいたからと笑顔で言うから、俺は泣きたくなった。
母が死ぬ時、「お兄ちゃんだから、フランの事お願いね。」そうお願いされていたのに…。
なのに俺は、フランを護れていなかった。今回の件にしてもそうだ。
だが、今回の相手は油断ならない。隙を見せれば、俺を消す事など一瞬で出来る。
しかも、笑顔を浮かべたまま…。
考えてみればおかしな事ばかりだった。俺は、当初ユークリッド様の護衛になる事が決まっていた筈が、何故か王太子の護衛に回され、気づけば側近になっていた。
本来、側近は同い年の学友の中から選ばれる。それも幼いうちから…。
故に、6才も年下の俺が側近になる事は異例中の異例なのだ。
だが今はその理由を知っている。
ユークリッド様とはクリスを通じて今でも情報交換しているから。
フランは幼い頃から、自分の感情に疎い。俗に鈍いとも言う。そしてあまり執着する事が無い。
だからサンドラなんかに漬け込まれる。
サンドラは幼い頃からフランの物を欲しがった。それこそ、フランの持ち物全てと言ってもいい程。
そして、あまり執着しない彼女はサンドラに譲ってばかりだった。
そう、嘗ての婚約者、フリッツでさえ…。
けれど、マナーとして婚約者や配偶者がいる人との距離を分かっていたフランには、サンドラの異性との距離は理解も許容も出来ない物だった。
だから、フランはフリッツに近づくサンドラを、正論で以て牽制していた。
が、そこに恋愛感情は無く、単なる政略結婚と、理解していた。
そう。彼女自身は気づいていないが、アルベルトに対してだけ感情の揺れが見られた。
その事から、彼に対しての執着というか、思い入れがある事は明らかだ。
例えば、サンドラに続いてクラウディアの登場によって、感情が揺れ、アルベルトの事をずっと眼で追っていた。
何より、アルベルトの気持ちを慮って、身を引いた。
これまでの彼女ならば、何も考える事無く、右から左に譲っていた筈だ。
そういった、他人から見ても分からないぐらいの、ちょっとした態度や表情に出た僅かな反応ではあったが…。
それを俺達は見逃さなかった。
だから忠告したのにアルベルトはフランを傷つけ、婚約を解消しやがった。
その事に関しては怒りしか無い。
だが、今はそんな事はどうでもいい。何も遮ってくれる物が無くなったフランの身が危ない。
アルベルトが婚約解消した事で、フランは最大の盾を失った。
だから、あの男はきっと行動を起こすだろう。
ユークリッド様もその事を分かっている。そしてその日は近いと思われた。
最近、あの男は上機嫌だ。そして、フランの周囲にあの男が放った影が増えたとの報告もクリスからあった。
だから、きっと動きがある筈…。
けど、4年前の時と同様、きな臭い、不穏な空気が漂い出した今、ユークリッド様は影を動かす事が出来ない。
そして、俺もあの男の近くにいる事が災いして、下手に動けない状態だ。
おまけに、婚約を解消したアルベルトは論外…。
が、心強い味方もいる。
リンツ辺境伯とその婚約者エヴァ。ユークリッド様とフランの親友。
今は彼らだけが頼りだった。
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