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28. 何ですか?
しおりを挟む俺は、逸る心を抑え、馬を走らせた。
そして、王都に数ある貴族の邸宅のうちの一つの邸の前で馬を止めた。
門番に声を掛ける。
露骨に迷惑そうな顔をした門番に、自分の名前を告げ、邸の主に取り次いでもらえるように頼んだ。
尚も、迷惑そうな顔をする門番に拝み倒した。
すると、渋々といった対応ではあったが取り次いでくれた。
馬車二台が通れそうなくらい大きな門が開いた。
下男が、俺の手から手綱を引き取ると、馬を厩舎へ連れて行った。
迎え出た執事の後を付いて歩く。
玄関から中に入り、応接室へと通され、勧められるままソファーに座った。
暫くすると、シュトラウス子爵が部屋に入って来た。
「これは、これは。リンドブルム侯爵令息。ご無沙汰しております。今日は、急なお越で。それほど急がれる様な、何かがございましたでしょうか?」
右手をお腹の辺りで曲げ、左手は後ろに回し、軽く腰を折ってから、先触れもなく来た事に、非難めいた含みを持たせてそう言ってにこやかに微笑んだ。ただし眼は笑っていない。
「お忙しい所、痛み入る。どうしても、片付けたい事があり、ご迷惑とは思ったのだが、矢も盾もたまらず来てしまった。」
「侯爵令息におかれては、当家にその様な用向きがお有りとは思えませんが。」
飽くまでも、レーナに会わすつもりは無いらしい。
「いや、子爵ではなく、ご令嬢…マグダレーナ嬢にお取り次ぎ頂きたいのだが?」
そう言うと、門番同様、露骨に迷惑そうな顔をする。
「娘は、気分が優れず、臥せっております。何卒、お引き取りを。」
「そこを何とか。ご迷惑を承知でお願いします。」
シュトラウス子爵は、大きな溜め息を分かりやすく吐いた。
迷惑でしかないのは分かっているが、ここで引き下がっては、彼女に会いに来た意味がない。
会いたいのだ。何が何でも。同じ断られるのならば、彼女から断られたい。
「……だからそれは…」
「お願いします!」
「………」
あまりにしつこい。ここまで彼が、食い下がって来るとは思いもしなかった子爵。
ならば何故、あの場で簡単に引き下がったのか?
あの時であれば、コンラートが何度も頼み込めば、まだ信じられたものを……。
今になって、ここまで食い下がられても、今更である。
「お願いします!」と言って、頭を下げたままのコンラートを見て、複雑な心境であった。
しかし、あれ以来、“心ここに有らず” といった様子の愛娘。
すっかり食も細くなって、溜め息ばかり吐くマグダレーナの事を思うと、このままでいいのだろうか?と思ってしまう…。
暫く、思案していた子爵だったが、親が心配するのにも限度がある。
ならば、ここは当人同士に任せる事にした。
「……分かりました。そこまで、おっしゃるなら、会わせるだけなら、会わせてあげましょう。けれど、娘がどの様な答えを出しても恨まないで頂きたい。あの娘が出した答えなら、受け入れてあげて下さい。」
ガバッと、勢い良く顔を上げたコンラートは、
「ありがとうございます!」
そう言うと、破顔した。
それを見て頷いた子爵は、テーブルの端に置いてあったベルを手に取り、軽く振った。
暫くすると、ドアがノックされた。
「入れ。」
ドアが開き、一人のメイドが入って来た。
「お呼びでしょうか?」
「うむ。彼を、マグダレーナの所まで、案内してやってくれ。」
「かしこまりました。」
「子爵、本当にありがとうございます!」
立ち上がり、そう言って子爵に頭を下げた彼は、メイドの先導で応接室から出ていった。
その背中を見送った子爵は、立ち上がり、窓辺へ行くと、外を見ながら溜め息を吐いたのだった。
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