終わりの町で鬼と踊れ

御桜真

文字の大きさ
上 下
16 / 37
第二章

【5】 ニワトリの恩 3

しおりを挟む
 後ろからものすごいクラクションの音が鳴り響いた。
 思わず振り返る。
 俺たちが来た大濠公園からのとは別の道から、V字路に合流してくる奴らがあった。

 俺はそっちの道の地下鉄からやってくるかもしれない吸血鬼を警戒していたが、まさか――まさか、さらにヤクザどもがやってくるなんて。
 冗談じゃない。蒸気トラクターとセダンが一台、向かってくる。

 しかも、セダンに箱乗りの男の一人が、何かを担ぎ出した。デカい筒状のもの。
 ――――おい、なんだそれは。

 俺はヒヤリとして、急ブレーキをかける。タイヤが滑ってバイクが転倒する。
 俺も紗奈も地面に投げ出された。

 煙を上げて、でかいものが俺たちの横を通り過ぎていく。進行方向で着弾して、爆発した。
 間近を走っていた車が一瞬爆風で持ち上がり、大きな音を立てて地面に戻った。

「なんなんだよ!」
 俺は転がったまま喚いた。
 間近で弾けた爆発のせいで耳が痛い。とにかく身体中が痛い。
 幸いバイクの下敷きにはならなかったが。横を車が行き過ぎていった。

「ロケットランチャーとか! 馬鹿じゃねーのか!」
 しかも、自分たちも巻き添え食うような距離で!

 早く逃げないと。
 俺は慌てて起き上がろうとしたが、身体中が痛くて思うように動かない。

「早く立て!」
 紗奈がバイクを軽く起こした。
 さすが吸血鬼は傷の回復が早い。反対の手で俺の腕を引っ張り上げようとする。

 その手が触れる前――俺は思わずその手を叩き落とした。
 紗奈が驚いた顔で俺を見る。

「触るな」
 地面に両手をついて、何とか立ち上がる。
 逃げようと顔をあげると、路地に逃げたはずの亨悟が、後ずさりするように戻ってきていた。そっちにも銃を構えたヤクザたちが先回りしていたようだ。

「待てよ亨悟。逃亡兵は死刑だって言ったよな」
 蛇行しながら追い立てるように路地をやってくるバイクに、亨悟は血まみれの手をかざして弁明した。

「だから、俺は逃げたわけじゃなくて、和基さんに言われてここに潜伏してただけで」
 残った車が追いついてきて、俺たちの後ろに停まる。二台分のエンジン音と黒煙が俺たちを取り囲む。

 逃げないとまずい。殺意まみれの視線と銃口やボウガンの矢の狙いが俺たちを狙っているのは分かっている。
 だがそれよりも、痛みと血に昂ぶった感情を、さっきの亨悟の言葉が煽っていた。

「お前、やっぱりそうだったのか」
 出た声は、思ったよりも低く怒りにまみれていた。
「やっぱり、裏があったんだな」

 島の人間じゃない奴の方が気楽なところがあって、多分それはお互い同じで、それで気があった。
 誰も信用しないと思っていたけれど、やっぱりどこかで俺は油断していた。
 それにつけ込まれたようで、紗奈のことが重なって、誰も彼もに馬鹿にされたような気がして、むかっ腹が立つ。

「いやそうじゃない、違う」
 亨悟は慌てた様子で振り返る。この期に及んでまだ否定するのか。
「今そう言ったじゃねーか!」
「だから、そうじゃなくて」
 亨悟はヤクザたちをチラチラと振り返り、俺をうかがい、オドオドと言った。その態度が余計に俺をイラだたせる。

 さっきロケットランチャーを撃った奴が乗っていた車が追いついてきて停まった。
 エンジン音が増えて、さらに俺たちを取り囲む。こんなことをしている場合じゃないが、俺はどす黒い気持ちのまま吐き出した。

「別にいいんだよ、どうだって。俺は別にお前のことだって信頼なんかしちゃいなかった」
 他の土地からやってきた奴には何か理由がある。気が合ったって、それは関係ない。
 この町には略奪者だらけで、俺は誰も信頼なんかしちゃいない。
 吸血鬼、こいつらヤクザども、親切なふりで騙そうとする偽善者、それから気のいいふりをして近づいてくる嘘つき。
 裏切り、なんかじゃない。最初から、別に、仲間でもなんでもない。

「――知ってるよ」
 亨悟は唇を歪めて笑った。
 その後ろからやってきたバイクが亨悟の頭を掴んだ。亨悟の顔が引きつって真っ青になる。

「逃亡兵は引き回しの上、死刑だ」
 バイクに乗っていたスキンヘッドの男が楽しそうにデカい声を出した。ゲラゲラとまわりで笑いが起こる。



「待て」
 V字路から合流してきた車から、男が一人降りてきた。一斉にヤクザどもの注目が集まる。
 背が高く、革のジャケットを着た男は、仁王立ちで俺と紗奈を見る。

「亨悟は兵隊に向いていない。だから諜報をやるように俺が言ったんだ」
 どうやらエラい人らしい。三十半ばに見える男は、あきれた顔で亨悟に言った。

「なんでこんなところをうろうろしているんだ」
「和基さん……」
 亨悟は情けない顔でつぶやいた。スキンヘッドの奴が、本当だったのかというガッカリした顔で舌打ちした。
 俺と紗奈に興味が移るのに、わずかの時間もかからなかった。

「こいつらはなんなんだ」
 和基と呼ばれた男が亨悟に問うた。亨悟が生唾を飲む。すぐそばで紗奈が身構えたのが分かった。ハドルを握る手に力がこもる。
 束の間、奇妙な沈黙が落ちる。低く響くエンジン音に囲まれた俺たちに、緊迫した空気が流れる。
 その時だった。

「前を見ろ!」
 ヤクザたちの誰かが叫んだ。
 周りでアイドリングのエンジン音を響かせていた蒸気トラクターのうち一台が、急発進した。



 けやきは鬱蒼と伸びて、緑の葉が路の上を覆っている。その向こうで、空は陰って、雲が太陽を隠している。
 道の真ん中に、小柄な人影が立っていた。

 車はアクセルを踏み込んだようだった。エンジンが爆音を上げ、人影に向けて爆走する。
 車が衝突して人影を跳ね上げる、はずだったが。

 ドンと心臓にくるような音を立てて車がぶつかり、止まった。
 衝撃で運転席と助手席がつぶれ、後部が跳ねあがる。少しして、また大きな音を立てて地面に落ちた。

 残った一台に乗った奴が、散弾銃をぶちかました。けれどその時には、人影は消えている。
 大きく跳躍して、ボンネットに着地した。上から杭を打たれたような状態になった車は、つんのめる。

 人影は素手でフロントガラスを叩き割る。バキバキに亀裂の走ったフロントガラスをはがして後ろに投げ捨て、悲鳴を上げた運転手を引きずり出し、また無造作に投げ捨てた。

 再び散弾銃を向けた助手席の男の顔を掴み、顔面を握りつぶす。
 悲鳴すらあげられず、血をあふれさせる男に、つまらなそうに言う。明るい声。

「こんなことで死ぬなよ」
 ――ゾッとした。
 首筋から背中にかけて、おぞけが走る。
「血をもらわないといけないんだから」

 身動きをとれずにいた俺の心臓が、嫌な音をたてた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

DEV NOTE

輪島ライ
大衆娯楽
太りすぎたことを理由に彼女から見放された大学生の吉良健一。自分から離れていった彼女に近づこうとする友人に激怒していた彼のもとに、謎の悪魔メタボスが「DEVノート」を持って現れる。 ※この作品は「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。 ※この作品は2020年に文芸同人誌で発表した作品を改稿したものです。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

女性画家と秘密のモデル

矢木羽研
大衆娯楽
女性画家と女性ヌードモデルによる連作です。真面目に絵を書く話で、百合要素はありません(登場人物は全員異性愛者です)。 全3話完結。物語自体は継続の余地があるので「第一部完」としておきます。

聖女戦士ピュアレディー

ピュア
大衆娯楽
近未来の日本! 汚染物質が突然変異でモンスター化し、人類に襲いかかる事件が多発していた。 そんな敵に立ち向かう為に開発されたピュアスーツ(スリングショット水着とほぼ同じ)を身にまとい、聖水(オシッコ)で戦う美女達がいた! その名を聖女戦士 ピュアレディー‼︎

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...