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errare humanum est
viginti
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「ご、ごめんなさい……」
視線を伏せ、天弥が謝罪を口にする。斎の顔をまともに見られなかったのだ。しばし、沈黙が病室を支配した。斎は、天弥を問いただすべきなのか悩む。この先、また黙って消えてしまうのではという不安があるが、ここで問い詰めても、何も答えは得られずに去ってしまうのではないかという不安もある。
「先生……?」
静かな状況が不安になり、天弥は顔を上げて斎を見た。何かを考え込んでいる姿が目に入る。
「ほら! 俺、入院中やし! この話はまた今度ってことで!」
サイラスは助け舟を出すように声を出した。
「そうだな」
納得せざるを得ないという返事が、斎の口から漏れた。
「ほな、今日はおおきに! また来てな!」
二人を追い出すように、立ち上がったサイラスは手を振る。
「じゃ、またね」
天弥も軽く手を振り、斎と共に廊下へ出た。揃って、玄関に向かい歩き出す。
「……ごめんなさい」
下を向きながら、天弥は横を歩く斎に向かって謝罪を口にした。
「謝るぐらいなら、最初から話してくれ」
斎の言葉に同意することが出来ず、天弥は沈黙を貫いた。
斎に送られている間、車内には気まずい沈黙が流れていた。斎自身、このような状態は望んでいなかったが、手放しで喜べる訳でもなかった。天弥の家が近づき、すぐ近くの角を曲がったところで車が止まる。
「ありがとうございました」
礼を述べ、お利用とした天弥の腕を掴み、引き止めた。
「悪かった……」
手放しに喜ぶことが出来なくても、天弥を取り戻せたのは嬉しかった。素直に喜びを伝えればよかったと後悔する。
「え、あ……僕のせいで……ごめんなさい……」
斎は、柔らかい天弥の髪に触れる。
「週末、行きたいところがあるなら連れて行く」
驚きの表情を、天弥は斎に向けた。
「ありがとうございます」
礼だけを告げた。実際、斎の言葉は嬉しかったのだ。何も話さないのに、無理やり聞こうともせず、寄り添ってくれている。すべて話してしまい、関係も終わらせた方が斎にとっては良いことなのだと理解していても、感情がそれを許さなかった。
「じゃあ、どこへ行きたいか考えておけ」
「はい」
嬉しそうな表情と声音で返事をすると、天弥はドアを開けて降りていった。斎はゆっくりと車を走らせた。バックミラーで天弥の姿を確認すると、一人の男性が近寄っていく姿を確認できた。慌てて車を停めようとするが、なかなか駐車スペースが見つからず苛立ちを覚えた。
玄関前で、天弥は家の鍵を探す。ポケットに入れたはずなのにと首を傾げ、鞄の中を覗く。キラリと金属の光が見え手を伸ばした。
「久しぶりだな」
突然、背後から声が聞こえ、思わず鍵を手にしたまま固まる。恐る恐る振り返ると、そこには知っている人物が居た。
「あ……」
その場から逃げ出したいと思うが、足が上手く動かなかった。背後は玄関のドアなのだから開けて逃げ込めば良いのだが、身体が動かずにそれも出来なかった。ゆっくりと距離を詰められていく。
「なにをそんなに怖がっている?」
視線を伏せ、天弥が謝罪を口にする。斎の顔をまともに見られなかったのだ。しばし、沈黙が病室を支配した。斎は、天弥を問いただすべきなのか悩む。この先、また黙って消えてしまうのではという不安があるが、ここで問い詰めても、何も答えは得られずに去ってしまうのではないかという不安もある。
「先生……?」
静かな状況が不安になり、天弥は顔を上げて斎を見た。何かを考え込んでいる姿が目に入る。
「ほら! 俺、入院中やし! この話はまた今度ってことで!」
サイラスは助け舟を出すように声を出した。
「そうだな」
納得せざるを得ないという返事が、斎の口から漏れた。
「ほな、今日はおおきに! また来てな!」
二人を追い出すように、立ち上がったサイラスは手を振る。
「じゃ、またね」
天弥も軽く手を振り、斎と共に廊下へ出た。揃って、玄関に向かい歩き出す。
「……ごめんなさい」
下を向きながら、天弥は横を歩く斎に向かって謝罪を口にした。
「謝るぐらいなら、最初から話してくれ」
斎の言葉に同意することが出来ず、天弥は沈黙を貫いた。
斎に送られている間、車内には気まずい沈黙が流れていた。斎自身、このような状態は望んでいなかったが、手放しで喜べる訳でもなかった。天弥の家が近づき、すぐ近くの角を曲がったところで車が止まる。
「ありがとうございました」
礼を述べ、お利用とした天弥の腕を掴み、引き止めた。
「悪かった……」
手放しに喜ぶことが出来なくても、天弥を取り戻せたのは嬉しかった。素直に喜びを伝えればよかったと後悔する。
「え、あ……僕のせいで……ごめんなさい……」
斎は、柔らかい天弥の髪に触れる。
「週末、行きたいところがあるなら連れて行く」
驚きの表情を、天弥は斎に向けた。
「ありがとうございます」
礼だけを告げた。実際、斎の言葉は嬉しかったのだ。何も話さないのに、無理やり聞こうともせず、寄り添ってくれている。すべて話してしまい、関係も終わらせた方が斎にとっては良いことなのだと理解していても、感情がそれを許さなかった。
「じゃあ、どこへ行きたいか考えておけ」
「はい」
嬉しそうな表情と声音で返事をすると、天弥はドアを開けて降りていった。斎はゆっくりと車を走らせた。バックミラーで天弥の姿を確認すると、一人の男性が近寄っていく姿を確認できた。慌てて車を停めようとするが、なかなか駐車スペースが見つからず苛立ちを覚えた。
玄関前で、天弥は家の鍵を探す。ポケットに入れたはずなのにと首を傾げ、鞄の中を覗く。キラリと金属の光が見え手を伸ばした。
「久しぶりだな」
突然、背後から声が聞こえ、思わず鍵を手にしたまま固まる。恐る恐る振り返ると、そこには知っている人物が居た。
「あ……」
その場から逃げ出したいと思うが、足が上手く動かなかった。背後は玄関のドアなのだから開けて逃げ込めば良いのだが、身体が動かずにそれも出来なかった。ゆっくりと距離を詰められていく。
「なにをそんなに怖がっている?」
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