apocalypsis

さくら

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errare humanum est

duo

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 メールの画面を消し、携帯を助手席へと抛ると車を発進させた。考える暇も無く自宅へ到着し、車をガレージへ入れ玄関へと向かった。家に入るとすぐにキッチンにいる母親に帰宅を告げ、自室へと向かう。
 部屋に入ると椅子に座り、手にした鞄を机の上に置いた。シャツの胸ポケットから煙草の箱とジッポーを取り出しながら、一週間の出来事を注意深く思い返す。箱から取り出した煙草を咥えて火を点けると、天弥と再会した先週の月曜日の事を注意深く探る。最初に現れたのは本来の天弥だという存在であり、斎のせいで自分は苦しいのだと訴えた。理由を尋ねたが知る必要は無いと言われ、殺されかけた。
 吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出すと、また煙草を咥える。普段の天弥と入れ替わったおかげで一命を取り留めたのだが、もしも本来の天弥のままだったら、間違いなく今ここに存在していなかったと思う。正直、何が切っ掛けで二人が入れ替わるのかが分からない。彼の神が自分の元へと天弥が来るように仕向けてくれるところまでは予想できたが、その先はどうすれば良いのか見当が付いていなかった。
 そもそも、別人格ではなく別の存在だという事から理解の範疇を超えている。別の存在が、どうやって他人の中へ侵入することが出来るのか、そしてどうやって他人の身体を使用する事が出来るのかが分からない。もし、それが出来るとするならば、それは理解や認識の範囲を超えた存在であり、それこそ神か悪魔でしかありえないだろう。
 だが、神や悪魔という存在ならば普段の天弥よりも、本来の天弥の方がふさわしいと思える。普段の天弥は、泣いたり笑ったり落ち込んだり、あまりにも人間的である。それにたいして本来の天弥は、この世に存在していること事態が何かの間違いなのではないかと思えるほど、現実との認識に違和感がある。あの凄絶な美貌のせいもあるだろうが、人としての存在の範疇を遥かに超えているとしか思えない。それに、よく笑みを作ってはいるが、それは実際の感情とは異なるものだと思えてならない。一切の感情が排除された表情が、一番らしいとさえ思える。
 短くなった煙草を灰皿へ押し付けると、天井へ視線を向けた。入れ替わる切っ掛けについて、ハッキリと天弥に確認を取っておかなかった事を後悔しながら、目を閉じた。だが、実際にはその事柄に触れたくなかったというのが事実である。天弥を取り戻したとはいえ、再び失うかもしれないという恐怖が大きかったのだ。
 天弥を抱いて、自分のものにしてしまえば不安は無くなるのだと思っていた。なのに不安は膨れ上がり続けた。
 ゆっくり目を開けると、視線を机の上に戻し煙草の箱を手にする。慣れた手つきで取り出した煙草を咥え、再び火を点けた。
 なぜ、自分には愛する者を失う恐怖が付きまとうのかと考える。そして、絢子の時も天弥の時も、どうすることも出来ないもどかしさに葛藤している。
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