apocalypsis

さくら

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 玄関へ近づくにつれ、増していく生徒たちの好奇なまなざしの中、天弥は泣きながら歩き続けた。
「天弥!」
 玄関へとたどり着く寸前、名を呼ばれて足を止める。力なく振り返り、涙で滲んだ瞳が声の主を映す。自分が望む相手ではないことは分かっていた。誰よりも、何よりも想う相手の声を間違えたりはしない。だが、一縷の望みを持ってしまった。そして、より一層深い闇へと心は落ちて行く。
「どないしたんや?」
 人目も気にせずに泣き続け、さらには全開になっているワイシャツの胸元を強く握り締めるその姿に、サイラスは困惑の視線を天弥へと向けた。
 サイラスの言葉など耳に入っている訳もなく、天弥は何も答えずに背を向ける。そのまま力なく足を踏み出し、ひたすら玄関を目指す。
「天弥?」
 急いで天弥の後を追い、サイラスはその腕を掴んだ。天弥の足が止まり、反射的にその瞳がサイラスへと向けられる。その、何も映していないかのような瞳に、サイラスは不安を覚える。
 涙を流し続け静かに泣く天弥の様子、乱れたワイシャツとそれを抑える手、そしてその胸元から覗く赤い痕。これらが何を意味しているのか、容易に想像がつく。
 どう言葉をかけて良いのか分からず、サイラスは天弥の身体を静かに抱きしめた。一瞬の後、サイラスのワイシャツを強く握り締めると、堰を切ったように天弥が激しく泣き出した。
 天弥に、望まぬ行為を強要したのは誰なのかと考える。相手が斎なら、天弥がこのような状態になるはずがない。そもそも、斎は時間が有っても金銭に余裕が無い学生とは違う。学校というリスクの高い場所は避けるはずだ。
 徐々に収まっていく泣き声を聞きながら、サイラスは周囲を確認した。まばらではあるが人垣が出来ている状態に、早急にここから連れ出した方が良いと判断する。
 すぐに、天弥の身体を肩に担ぐように抱え上げ、サイラスは玄関へと向かって歩き出した。何の抵抗もせずに、天弥はされるがままになっている。
 周囲の好奇な視線と囁きを気にすることもなく、その人垣を押し分けるようにサイラスは進む。
 サイラスは、自分に担がれたまま反応のない天弥の様子を確認し、斎は何をしているのかと苛立ちを覚える。間違いなく、まだ校内に居るはずだ。なのになぜ、このような状態の天弥を放置しておくのか理解できない。
 玄関にたどり着くと、サイラスは下駄箱の前で天弥を下ろす。俯き、力なく立ち尽くす天弥のワイシャツに手を伸ばしは一つずつボタンをかけていく。
 ボタンをかけ終わるとサイラスは、下駄箱から天弥の靴を取り出し下に置いた。促され、天弥が靴を履き替える。上履きを下駄箱に戻すと自分も靴を履き替えた。
「天弥、行くで」
 声を掛けても、何の反応も返ってこない。構うことなく、サイラスは天弥の手を取ると歩き出した。抵抗する様子もなく、天弥は黙って手を引かれ後に続く。
 なぜ、天弥は斎に助けを求めなかったのだろうかと考えると、不思議でならない。何か、斎の所へは行けない理由でもあったのだろうか。それとも、斎にこの状況を知られたくなかったのだろうかと、考えを巡らせる。
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