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天弥の口から流れるラテン語の言葉に、斎は動きを止めた。
「et ne inducas nos in temptationem, sed libera nos a malo」
構わずに天弥が言葉を続ける。
「これは罪なのか?」
天弥が口にしていたのは、新約聖書のマタイによる福音書、6.9-13、主の祈りの一部だ。
「違うのですか?」
天弥を想うことが罪ならば、罰は甘んじて受けると迷わず思う。
「罪でも構わない」
今、目の前にある臈長けた存在が手に入るのなら、何と引き換えにしても構わないとさえ思える。
「だが、俺を誘惑したのは天弥じゃないのか?」
天弥は微笑を返す。
「先生が欲しかったからです」
その言葉を聞くと、再び天弥の白く華奢な身体に唇を落とし、自分の所有印を刻んでいく。
天弥は天井を見ていた。自分の身体にかかる重みを感じながら、ここはどこで、何をしているのかと考える。だが、その思考を遮るかのように、甘く痺れるような快楽が頭も身体も支配している。ホームルームが終わり、斎の所へ向かおうとしていた。なのになぜ、自分は天井を見ているのかと不思議に思う。
不意に何かが天井を遮るように現れ、変わりに自分を見下ろす斎の顔が視界に入る。すぐに唇が重ねられ、自分の身体に掛かる重みの正体を知る。
「先生……」
唇が離れると、今まで見たことが無いほどに切ない表情をした斎を見つめる。再び唇が重なると、斎の手が天弥のスラックスのベルトへと伸びた。今、自分が置かれている状況を初めて知る。
天弥の中に、ホームルームの終わりから今のこの状況までの記憶は無い。
唇が離れ、天弥は再び自分に向けられるその切ない表情をした顔を見る。
「天弥、どうしたら、お前に会えるんだ?」
表情と同じく、切ない声で斎は尋ねる。その言葉に、天弥の心は不安に飲み込まれていく。
「頼むから教えてくれ……。でないと、狂いそうだ」
天弥の瞳に涙が浮かんだ。
「先生が好きなのは、誰なんですか?」
予想もしなかった言葉が、震える声で投げかけられた。
斎は慌てて天弥の手の中にあるメガネを取り上げ、それをかける。
「天弥?」
涙が溢れる瞳と、不安に満ちた表情を自分に向ける天弥の顔が、ハッキリと確認できた。
「なん……で?」
斎の口から疑問が吐いて出る。望んでいた存在を手に入れられるはずだった。表情が悲嘆と喪失に彩られていく。
すでに、答えを聞くまでもなく、その心にあるのは自分ではない事を天弥は知る。次々と涙が溢れ、口から嗚咽する声がもれ出す。
呆然としたまま動かずにいる斎の身体を押しのけ、天弥はソファーから転がり落ちる。思うように力の入らない手足を何とか動かしながら、力なく立ち上がった。痛みと苦しみで張り裂けそうな胸を押さえるかのようにワイシャツの胸元を掴む。最愛の相手を悲愴の表情と瞳で見つめると、すぐにドアへと向かう。
「先生……」
教科室を出てそのドアを閉めたとたん、天弥は小さく呟く。斎の想いや言葉は、自分に向けられているものではなかった。その事実に打ちひしがれながら、重い足を動かし玄関へと向かう。
「et ne inducas nos in temptationem, sed libera nos a malo」
構わずに天弥が言葉を続ける。
「これは罪なのか?」
天弥が口にしていたのは、新約聖書のマタイによる福音書、6.9-13、主の祈りの一部だ。
「違うのですか?」
天弥を想うことが罪ならば、罰は甘んじて受けると迷わず思う。
「罪でも構わない」
今、目の前にある臈長けた存在が手に入るのなら、何と引き換えにしても構わないとさえ思える。
「だが、俺を誘惑したのは天弥じゃないのか?」
天弥は微笑を返す。
「先生が欲しかったからです」
その言葉を聞くと、再び天弥の白く華奢な身体に唇を落とし、自分の所有印を刻んでいく。
天弥は天井を見ていた。自分の身体にかかる重みを感じながら、ここはどこで、何をしているのかと考える。だが、その思考を遮るかのように、甘く痺れるような快楽が頭も身体も支配している。ホームルームが終わり、斎の所へ向かおうとしていた。なのになぜ、自分は天井を見ているのかと不思議に思う。
不意に何かが天井を遮るように現れ、変わりに自分を見下ろす斎の顔が視界に入る。すぐに唇が重ねられ、自分の身体に掛かる重みの正体を知る。
「先生……」
唇が離れると、今まで見たことが無いほどに切ない表情をした斎を見つめる。再び唇が重なると、斎の手が天弥のスラックスのベルトへと伸びた。今、自分が置かれている状況を初めて知る。
天弥の中に、ホームルームの終わりから今のこの状況までの記憶は無い。
唇が離れ、天弥は再び自分に向けられるその切ない表情をした顔を見る。
「天弥、どうしたら、お前に会えるんだ?」
表情と同じく、切ない声で斎は尋ねる。その言葉に、天弥の心は不安に飲み込まれていく。
「頼むから教えてくれ……。でないと、狂いそうだ」
天弥の瞳に涙が浮かんだ。
「先生が好きなのは、誰なんですか?」
予想もしなかった言葉が、震える声で投げかけられた。
斎は慌てて天弥の手の中にあるメガネを取り上げ、それをかける。
「天弥?」
涙が溢れる瞳と、不安に満ちた表情を自分に向ける天弥の顔が、ハッキリと確認できた。
「なん……で?」
斎の口から疑問が吐いて出る。望んでいた存在を手に入れられるはずだった。表情が悲嘆と喪失に彩られていく。
すでに、答えを聞くまでもなく、その心にあるのは自分ではない事を天弥は知る。次々と涙が溢れ、口から嗚咽する声がもれ出す。
呆然としたまま動かずにいる斎の身体を押しのけ、天弥はソファーから転がり落ちる。思うように力の入らない手足を何とか動かしながら、力なく立ち上がった。痛みと苦しみで張り裂けそうな胸を押さえるかのようにワイシャツの胸元を掴む。最愛の相手を悲愴の表情と瞳で見つめると、すぐにドアへと向かう。
「先生……」
教科室を出てそのドアを閉めたとたん、天弥は小さく呟く。斎の想いや言葉は、自分に向けられているものではなかった。その事実に打ちひしがれながら、重い足を動かし玄関へと向かう。
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