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少し肌寒い空気の中、天弥は斎の家の近くに居た。ガレージと玄関が見える場所で膝を抱え込み、電信柱の陰に身を隠すかのように座り込んでいる。膝に額を付けるように顔を伏せ、手にしっかりと握り締めた携帯が着信を知らせるのを待ち続けていた。
先程、斎の携帯へかけた時には、既に日付が変わっていた。あれから、どれだけの時間が経ったのかは分からないが、斎からの連絡は未だに来ない。それまでにも、何度も斎の携帯にかけたりメールを送った。だが、何一つ返っては来なかった。
天弥は、何度も繰り返し昼間の出来事を考えた。約束の時間を遅らせて欲しいと連絡が来て、それを了承した。少しでも早く会いたいと思ったが、何か急用が出来たのかもしれないと思った。約束の時間を待っている間すごく落ち着かなくて、タイミング良く来たサイラスからの遊びへの誘いを承諾した。
時間には間に合うように戻ってきて、玄関の前でサイラスと少し話をしていたのを覚えている。そして、なぜか目の前に斎の姿があった。一瞬、不思議に思ったが、嬉しさのあまり、すでにそれはどうでも良くなっていた。斎以外、天弥の目には何も映っていなかったのだ。
斎に向かって駆け出そうとしたところを、サイラスに止められてしまった。気がつけばエンジンの音がして、もう斎の姿は無かった。すぐに斎の車の後を追ったが、追い付けるわけも無く、途方に暮れながら歩いていた。
気がついたら斎の家の前に居た。そして何度も斎に連絡を入れ、考え込んでいた。実感は無いが、また記憶を無くし何かしたのだろうかと考え付く。
「子供が出歩く時間じゃないだろ」
いきなり、頭上から聞きなれた声が響いた。天弥は慌てて顔を上げる。今、一番会いたい相手の姿がそこにあった。
「先生……」
天弥は立ち上がり、斎の顔を見上げた。
「早く帰って、寝ろ」
斎はそう言うと天弥に背を向け、足を踏み出した。それを見た天弥は慌てて手を伸ばし、斎の服の裾を掴む。足を止め、斎が振り向いた。
「ごめんなさい……」
天弥の震える声が、斎の耳に届く。
「なぜ、謝るんだ?」
斎の問いに、天弥は俯いた。理由は分からないが、何か怒らせる事をしたとしか思えなかった。
「僕……、覚えてないけど……何かしたと思うから……」
斎の手が天弥の腕を掴み、自分の服から引き離した。
「覚えてない? そうやって俺をからかっているのか?」
少し荒げた斎の声に天弥は驚き、顔を上げるとその端正な顔へと視線を向けた。斎は、目の前の佳麗な顔を見つめる。
そもそも、取引の内容からして明瞭ではなく、具体的な指示は何も無かったのだ。総て、天弥の気持ち一つで決まると言っても過言ではない。
「違います。僕、本当に覚えていなくて……」
斎へと向けられている天弥の瞳に、涙が浮かぶ。
「ごめんなさい……」
やはり、記憶が無い間に何かをしているとしか、思いつかなかった。
「僕、ちゃんと病院で診てもらって治すから……」
天弥の瞳から涙がこぼれ落ちる。泣いてはダメだと思いつつも、涙を止める事が出来ない。
「だから……、お願いです。僕のこと嫌いにならないで……」
先程、斎の携帯へかけた時には、既に日付が変わっていた。あれから、どれだけの時間が経ったのかは分からないが、斎からの連絡は未だに来ない。それまでにも、何度も斎の携帯にかけたりメールを送った。だが、何一つ返っては来なかった。
天弥は、何度も繰り返し昼間の出来事を考えた。約束の時間を遅らせて欲しいと連絡が来て、それを了承した。少しでも早く会いたいと思ったが、何か急用が出来たのかもしれないと思った。約束の時間を待っている間すごく落ち着かなくて、タイミング良く来たサイラスからの遊びへの誘いを承諾した。
時間には間に合うように戻ってきて、玄関の前でサイラスと少し話をしていたのを覚えている。そして、なぜか目の前に斎の姿があった。一瞬、不思議に思ったが、嬉しさのあまり、すでにそれはどうでも良くなっていた。斎以外、天弥の目には何も映っていなかったのだ。
斎に向かって駆け出そうとしたところを、サイラスに止められてしまった。気がつけばエンジンの音がして、もう斎の姿は無かった。すぐに斎の車の後を追ったが、追い付けるわけも無く、途方に暮れながら歩いていた。
気がついたら斎の家の前に居た。そして何度も斎に連絡を入れ、考え込んでいた。実感は無いが、また記憶を無くし何かしたのだろうかと考え付く。
「子供が出歩く時間じゃないだろ」
いきなり、頭上から聞きなれた声が響いた。天弥は慌てて顔を上げる。今、一番会いたい相手の姿がそこにあった。
「先生……」
天弥は立ち上がり、斎の顔を見上げた。
「早く帰って、寝ろ」
斎はそう言うと天弥に背を向け、足を踏み出した。それを見た天弥は慌てて手を伸ばし、斎の服の裾を掴む。足を止め、斎が振り向いた。
「ごめんなさい……」
天弥の震える声が、斎の耳に届く。
「なぜ、謝るんだ?」
斎の問いに、天弥は俯いた。理由は分からないが、何か怒らせる事をしたとしか思えなかった。
「僕……、覚えてないけど……何かしたと思うから……」
斎の手が天弥の腕を掴み、自分の服から引き離した。
「覚えてない? そうやって俺をからかっているのか?」
少し荒げた斎の声に天弥は驚き、顔を上げるとその端正な顔へと視線を向けた。斎は、目の前の佳麗な顔を見つめる。
そもそも、取引の内容からして明瞭ではなく、具体的な指示は何も無かったのだ。総て、天弥の気持ち一つで決まると言っても過言ではない。
「違います。僕、本当に覚えていなくて……」
斎へと向けられている天弥の瞳に、涙が浮かぶ。
「ごめんなさい……」
やはり、記憶が無い間に何かをしているとしか、思いつかなかった。
「僕、ちゃんと病院で診てもらって治すから……」
天弥の瞳から涙がこぼれ落ちる。泣いてはダメだと思いつつも、涙を止める事が出来ない。
「だから……、お願いです。僕のこと嫌いにならないで……」
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