apocalypsis

さくら

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suggestio veri, suggestio falsi

septendecim

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 斎は、自分の部屋を見回した。所狭しと積み上げられた本の山に落ち着きを感じる。退院出来るとなれば一刻も早くと思い、朝食の後すぐに病院を後にした。そう長く留守にしているという感覚はなかったのだが、殺風景な病室と比べるとやはり自分の部屋は良いと思う。
 ふと、机の上に置かれている携帯の点滅が視界に入った。空いている場所へ荷物を置くと、机へと向かう。携帯を手に取り着信を確認すると、胡桃沢からの着信が三度あったことが記されていた。
 すぐにパソコンを起動させ、椅子に座る。起動を待つ間、胡桃沢へと電話をかけた。五回目の呼び出しで相手が出たとたん、今すぐに来るようにとだけ言われ、通話を一方的に切られてしまった。あまりに突然のことに呆気に取られている間に、パソコンが起動し終わる。メールを確認し、胡桃沢からのものを開いた。
 そこには、ボストンへ行っていたこと、羽角と会ったことなどが記されていた。そして、斎が見たものに関して話がある旨が付け加えられていた。
 斎は、手に持つ携帯を見た。すぐに天弥の番号を表示し、通話ボタンを押す。まるで待ち構えていたかのように、一回の呼び出しで相手が出る。すぐに、約束の時間を遅らせたい事を伝えた。一瞬の沈黙の後、それを了承する言葉が紡がれた。改めて約束の時間を伝え、通話を終える。
 携帯を握り締め、後悔に苛まれながらパソコンの電源を落とすと立ち上がった。斎の中での優先事項は天弥であったが、胡桃沢の呼び出しは間違いなく、今もっとも欲する情報を得られる機会だと判断をした。
 帰って来たばかりの部屋を後にし、ガレージへと向かう。途中、母親に外出する事と夕食は必要ない事を告げた。母親は少し不安そうな表情を浮かべながら、斎を見送った。
 車のエンジンをかけながら、胡桃沢からどれだけの情報が得られるのかと考える。出来る事なら天弥の事を知りたいと思うが、前回の胡桃沢の様子では明確に事を知り得ているとは思えない。
 クラッチを踏み、シフトをローに入れると斎はアクセルをゆっくりと踏み込んだ。すぐにクラッチを繋げると、車が動き出す。
 確実に胡桃沢から得られそうな情報は、十三年前と十七年前に何があったかだ。そして、メールの文章からでの予想になるが、バイアキーと同じ形容のものと、天弥の祖父の羽角恭一郎の事について知る事が出来そうだと考える。
 そもそも、胡桃沢はどこまで関わっていて、どこまで知り得ているのか斎の中で疑問が浮かぶ。もしかすると、胡桃沢もサイラスと同じ教団の人間だということも有り得る。
 胡桃沢と関わるようになった事を記憶から掘り起こす。
 六年前、絢子が死んだと聞かされたが、その事実を確認できず、斎はただひたすら自分を支配する虚無を埋めようとしていた。
 絢子の最後の一年は殆どが病室で、日々、確実に衰弱していくその姿に、何も出来ないことが歯がゆかった。
 二十歳になったばかりで、しかもまだ学生の身では何も出来る事は無く、毎日、絢子に会いに行くことしか出来なかった。
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