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suggestio veri, suggestio falsi
quattuor
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その言葉に、ようやく斎の表情が変わる。
「何かあるんやったら、見舞いに持ってくるで」
一瞬、深く考え身構えてしまったが、その言葉に特に他意はないと知り、表情が戻る。
「煙草」
そして、天弥を除けば今一番欲しいものを口にする。
「それかい。ええ機会なんやし、禁煙したほうがええんとちゃう?」
少し意地悪そうな表情を浮かべ、サイラスが答える。
「余計なお世話だ」
サイラスは再び肩をすくめて見せる。
「GARAMやっけ?」
吸っている煙草の銘柄まで知っているのかと考え、どこまで知られているのかと不安を覚えた。
「ああ」
返事を聞くとドアの取っ手に手を掛け、サイラスは一気にドアを開ける。
「ほな、またな」
そう言い残し、病室を後にした。ドアが閉まった瞬間、天弥は斎の首に腕を回し抱きつく。
「先生」
斎の肩に顔を埋め、天弥は何度も繰り返し斎を呼ぶ。今、全身で感じているこの温もりが、夢や幻でないことを確かめるかのように、その存在を何度も確認する。
「天弥」
再び膝の上に天弥を座らせ、その細くて華奢な身体を腕の中に収める。気が済むまで、斎は自分を何度も呼ぶ声を聞きながら、黙ってその身体を抱きしめた。
少しずつ斎を呼ぶ間隔が長くなり、やがて天弥の声が聞こえなくなる。だが、二度とこの温もりを手放さないと言わんばかりに、強く抱きついたままでいる。
腕の中に天弥の存在を感じながら、斎は自分に起こっている事を考え始めた。縫合が必要な程の裂傷が三ヶ所、細かい傷跡が多数あったと聞いた。
意識が戻った時には、多数あったという細かい傷跡はどこにもなく、縫合をしたという三ヶ所の傷跡も痛みは無く、引きつったような感じがしただけで、それも今は殆ど感じない。
意識がなかったため、聞いた事でしか判断できないが、怪我をする以前と現在との大きな違いは、天弥の血による全血輸血だ。
新鮮血による全血輸血はリスクが高いのは当然だが、今、自分に起こっているような事例は聞いたこともない。もしかすると、自分が知らないだけで、こういうケースはあるのかもしれない。だが、例えあったとしても稀なことであることに変わりはない。
それとも、これは偶然や稀なケースではなく、サイラスが言った天弥を確保するという事と関係しているのかと、斎考える。
天弥に何があるのかは分からないが、わざわざアメリカから来るぐらいなのだ。それなりの価値があるのだと考えつくのが自然である。
斎は、自分を見つめる天弥の視線に気がつき、その顔を見る。一瞬で心を奪われ、囚われた。それだけで十分だと思う。他に何が有ろうと無かろうと、自分の中で天弥の存在に変化があるわけではない。
斎はメガネを外すと、静かに天弥と唇を重ねた。
唇が離れると天弥は、再び斎の肩に顔を埋める。斎は、天弥を腕に抱きながら、頭の中でヒルベルトの23の問題を解き始める。冷静になれば、今現在ベッドの上で天弥を抱きしめている。ここが病院でなかったら、とっくに押し倒しているところだ。
「何かあるんやったら、見舞いに持ってくるで」
一瞬、深く考え身構えてしまったが、その言葉に特に他意はないと知り、表情が戻る。
「煙草」
そして、天弥を除けば今一番欲しいものを口にする。
「それかい。ええ機会なんやし、禁煙したほうがええんとちゃう?」
少し意地悪そうな表情を浮かべ、サイラスが答える。
「余計なお世話だ」
サイラスは再び肩をすくめて見せる。
「GARAMやっけ?」
吸っている煙草の銘柄まで知っているのかと考え、どこまで知られているのかと不安を覚えた。
「ああ」
返事を聞くとドアの取っ手に手を掛け、サイラスは一気にドアを開ける。
「ほな、またな」
そう言い残し、病室を後にした。ドアが閉まった瞬間、天弥は斎の首に腕を回し抱きつく。
「先生」
斎の肩に顔を埋め、天弥は何度も繰り返し斎を呼ぶ。今、全身で感じているこの温もりが、夢や幻でないことを確かめるかのように、その存在を何度も確認する。
「天弥」
再び膝の上に天弥を座らせ、その細くて華奢な身体を腕の中に収める。気が済むまで、斎は自分を何度も呼ぶ声を聞きながら、黙ってその身体を抱きしめた。
少しずつ斎を呼ぶ間隔が長くなり、やがて天弥の声が聞こえなくなる。だが、二度とこの温もりを手放さないと言わんばかりに、強く抱きついたままでいる。
腕の中に天弥の存在を感じながら、斎は自分に起こっている事を考え始めた。縫合が必要な程の裂傷が三ヶ所、細かい傷跡が多数あったと聞いた。
意識が戻った時には、多数あったという細かい傷跡はどこにもなく、縫合をしたという三ヶ所の傷跡も痛みは無く、引きつったような感じがしただけで、それも今は殆ど感じない。
意識がなかったため、聞いた事でしか判断できないが、怪我をする以前と現在との大きな違いは、天弥の血による全血輸血だ。
新鮮血による全血輸血はリスクが高いのは当然だが、今、自分に起こっているような事例は聞いたこともない。もしかすると、自分が知らないだけで、こういうケースはあるのかもしれない。だが、例えあったとしても稀なことであることに変わりはない。
それとも、これは偶然や稀なケースではなく、サイラスが言った天弥を確保するという事と関係しているのかと、斎考える。
天弥に何があるのかは分からないが、わざわざアメリカから来るぐらいなのだ。それなりの価値があるのだと考えつくのが自然である。
斎は、自分を見つめる天弥の視線に気がつき、その顔を見る。一瞬で心を奪われ、囚われた。それだけで十分だと思う。他に何が有ろうと無かろうと、自分の中で天弥の存在に変化があるわけではない。
斎はメガネを外すと、静かに天弥と唇を重ねた。
唇が離れると天弥は、再び斎の肩に顔を埋める。斎は、天弥を腕に抱きながら、頭の中でヒルベルトの23の問題を解き始める。冷静になれば、今現在ベッドの上で天弥を抱きしめている。ここが病院でなかったら、とっくに押し倒しているところだ。
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