apocalypsis

さくら

文字の大きさ
上 下
76 / 236
emitte lucem et veritatem

tredecim

しおりを挟む
 神楽の声に何も反応する様子もなく、天弥はただ一点を見つめ続けた。
「たかみくん?」
 手を伸ばし天弥の肩に触れた。
「あの」
 突然かけられた声に、神楽は視線を移した。そして初めて、金髪に翠の瞳の少年に気がつく。
「あ……、斎の生徒さん?」
 戸惑いの表情で尋ねる神楽に、サイラスは頷いた。
「天弥、ずっと反応しないんや……」
 その話し方と見た目とのギャップに、違和感を覚える。
「そう……」
 神楽は、天弥へと視線を戻す。
「それで、斎の様子は? 一体なにがあったの?」
 斎が怪我で病院へと運ばれた。神楽と母親は、それしか聞いていなかった。詳細は何も分からずに、ここまで来たのだ。目の前の少年に尋ねても分からないかもしれない。だが何もせずにじっとしてはいられなかった。
「俺が駆けつけた時には、先生はもう血まみれで倒れとって……」
 サイラスは、慎重に言葉を選び、何も分からない、何も知らない、ただの一生徒を装う。
「そんで、慌てて救急車を呼んだんやけど……」
 そう言いながら、目を伏せた。
 サイラスが次の言葉を選んでいると、表示灯の明かりが消え、その場の視線を独占した。ふらりと、天弥が立ち上がる。
 ドアが開き、中から人影が出てくると天弥がゆっくりと足を踏み出した。サイラスはその腕を掴み、引き止める。
 医師と母親の会話から、斎の無事を確認できたとたん、天弥の足元から力が抜け崩れ落ちそうになる。サイラスは天弥の身体に腕を回し、それを支えた。天弥の手がサイラスのワイシャツを掴み、何とか身体を支えようとする。
 なんとか身体を支え、天弥は視線を上げた。その視界に、ストレッチャーに乗せられ運ばれていく斎の姿が映る。
「せん……せ……」
 天弥は斎に向かって手を伸ばし、その傍へ近づこうとした。サイラスは、すぐに天弥の身体に回している腕に力を込める。
「先生!」
 身体に回された腕を振り解こうと、天弥はもがきだす。
「天弥、ここは病院や」
 涙を流しながらもがき続けるその身体を押さえ込み、落ち着かせようと天弥に言い聞かせる。
「離して! 先生!」
 遠ざかるストレッチャーに向かって手を伸ばし、天弥は何度も斎を呼ぶ。激しくもがく天弥を必死に抑えながら、この細くて華奢な身体のどこに、こんな力があるのかと不思議に思う。
「先生は無事や」
 見えなくなった斎の姿のせいなのか、サイラスの言葉のせいなのか、天弥の動きが止まり、力が抜けていく。
「天弥?」
 涙で滲む視界が白け、自分を呼ぶサイラスの声が遠くに響くのを感じながら、天弥の意識が途切れた。

 天弥は自分の腕の中にある大切なものが徐々に失われていくのを感じた。手のひらに感じる生温かいぬめりとした感触が、余計に不安を駆り立てる。それを確認しようと、ゆっくりと手のひらを見る。手のひらを染めている赤い液体が、重力に引かれ筋を作りながら雫となり落ちていく。
 慌てて腕の中の大切なものを強く抱きしめた。変わらず流れ続けるそれは、天弥だけでなく辺りもゆっくりと赤く染めていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

月のない夜 終わらないダンスを

薊野ざわり
ホラー
イタリアはサングエ、治安は下の下。そんな街で17歳の少女・イノリは知人宅に身を寄せ、夜、レストランで働いている。 彼女には、事情があった。カーニバルのとき両親を何者かに殺され、以降、おぞましい姿の怪物に、付けねらわれているのだ。  勤務三日目のイノリの元に、店のなじみ客だというユリアンという男が現れる。見た目はよくても、硝煙のにおいのする、関わり合いたくないタイプ――。逃げるイノリ、追いかけるユリアン。そして、イノリは、自分を付けねらう怪物たちの正体を知ることになる。 ソフトな流血描写含みます。改稿前のものを別タイトルで小説家になろうにも投稿済み。

甘いマスクは、イチゴジャムがお好き

猫宮乾
ホラー
 人間の顔面にはり付いて、その者に成り代わる〝マスク〟という存在を、見つけて排除するのが仕事の特殊捜査局の、梓藤冬親の日常です。※サクサク人が死にます。【完結済】

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

社宅

ジョン・グレイディー
ホラー
 寂れた社宅  3連列の棟に形成された大規模な敷地  両脇の2連の棟は廃墟となり、窓ガラスには板が打ち付けられ、黒いビニールシートで覆われている。  ある家族がこの社宅の5号棟に引っ越して来た。  初めての経験  初めての恐怖  どこまでも続く憎しみ  怨霊に満ちた呪縛  ほぼ実話に基づく心霊現象を描くホラー小説

処理中です...