apocalypsis

さくら

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quaecunque sunt vera

novem

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 斎の問いに構わず、少年は空を飛ぶものを追う。息一つ乱さず走る少年に斎は追いつく事が出来ずに、足を止めた。六年の間、何も鍛錬をしておらず、さらには煙草漬けの日々を送っていたのだ。体力が持たず、すぐに息が上がってしまった。
 乱れた呼吸を整えながら、先ほど見たものと少年の言葉を思い出す。バイアキーと言っていた。そしてそう呼ばれたものは、創作の中で形容されている邪神の眷属の姿そのものであった。
 シャツの胸ポケットから煙草の箱を取り出し、中を確認する。そして一本だけ残っていたそれを取り出し咥えると、空になった箱を握りつぶした。何が起きているのかまるで解らない苛立ちを押さえ込むかのように、煙草に火を点け深くその煙を吸い込んだ。

 窮極の門の向こう、最極の虚空にて全にして一、一にして全なる者が蠢く。それは、漆黒の闇に永遠に幽閉される知識であり、総ての時間と空間に偏在する。無限の知識を求める者たちは、虚空の門を目指し崇める。

 漆黒の闇が冷笑を浮かべた。
 
 昼休みが始まると斎は、教科室のソファーに腰を下ろし昨夜の事を考え始めた。
 とりあえず昨夜、姉の神楽に電話をしようと考えたが、死んだはずの人間が居たと言えばまたバカにされるのは目に見えており断念することにした。それに、絢子は神楽と会ったと言っていたが、昨日の神楽は何も言ってはおらず、もし何も知らないのだとしたら、わざわざ伝える事も無いと思ったのだ。
 その後、胡桃沢に電話をしたが出なかった。メールを送っておいたが、未だに返事は来ない。とりあえず、胡桃沢には夕方にでも改めて連絡を取ってみようと考える。
 白衣の胸ポケットから煙草の箱を取り出し、その中の一本を手にする。
 あれは、本当に絢子だったのだろうかと、考える。生きていたのならなぜ六年もの間、姿を現さなかったのか、なぜ死んだ事にされたのか、解らない事だらけである。
 咥えた煙草に火をつけると、紫煙をゆっくりと味わう。肺を満たした煙がゆっくりと吐き出される頃、ドアを静かにノックする音が響いた。すぐに、ドアが開く気配がする。
「失礼します」
 嬉しそうな天弥の声が室内に響き、ドアへと視線を向けた。
「持ってきたか?」
 そう聞かれ、天弥は嬉しそうに片手で持った弁当を掲げた。
「それじゃなくて、教科書だ」
 天弥は慌てて弁当を下げて教科書とノートを見せる。
「じゃあ、食ったら始めるか」
 斎の言葉に、天弥は少しがっかりとした表情を浮かべると、少し肩を落としながらソファーに座る斎の隣へと向かった。少し距離をおき横へ座ると、手に持っている教科書や弁当などを目の前のテーブルへと置く。すぐに、斎が空いた距離を詰めてきた
「先生もお弁当なんですか?」
 詰められた距離を少し気にしながら、テーブルに置かれている斎のと思われる弁当を見る。
「ああ」
 答えながら、斎はテーブルの上にある弁当を手に取った。
「先生が作ってるんですか?」
 天弥も自分の弁当を手に取り、尋ねる。
「まさか、親が作ってくれる」
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