33 / 236
veritas liberabit vos
triginta tres
しおりを挟む
「親鸞ですか?」
胡桃沢は頷いた。
「そうじゃ……。これを相対的な善悪だと、三歳の子供が言っておった」
軽くため息を吐き、何かを考え込むように胡桃沢が答えた。
「あの子には、善も悪もなかった。知識や思想的にはもちろん知っておったが、善悪の向こう側、善も悪も超えた、別の所におったようじゃった」
「Es giebt gar keine moralischen Phanomene, sondern nur eine moralische Ausdeutung von Phanomenen.....」
昔の天弥のことを聞いているうちに、斎は思わず頭に浮かんだ言葉を口にする。
「あぁそうじゃ、まさしくそのニーチェのような存在だったのぉ」
斎は無言で俯き、手にした本を見つめる。
「二度、別人のような天弥と会いました」
ニーチェの言葉通り、絶対的に正しい道徳的基準など存在しない。確かにあの時の天弥は、絶対的真理や普遍的認識を否定したかのような存在であった。
本を持つ斎の手が微かに震える。
「一度目は分かりませんが、二度目はこの本を手にしたら現れました」
胡桃沢の視線が、本へと移る。
「この本は、何なんですか?」
少し震える声をした斎の問いに、胡桃沢がため息を吐いた。
「そこにタイトルが書いてあるじゃろ」
確かに、タイトルは書かれている。だが、これは書いてある通りに受け取ってもよい物ではない。
「しかし、これは!」
「存在しないものだと、なぜ言い切れるのかのぉ?」
斎の言葉を遮り、胡桃沢が問いかける。
「とは言え、わしも十七年前まではそれの存在を信じていなかったのは確かじゃし……」
軽く肩を落としながら、言葉を続けた。
「すべては二十五年前、羽角がその本を見つけたことから始まったんじゃ」
記憶を辿るように、胡桃沢がゆっくりと話し始めた。
「もちろん、わしはその本が本物だとは信じてはおらんかった。しかし羽角はずっとその本を調べ続けておった。そして十七年前、その本を使い、封印されたものを呼び出そうとしたんじゃ」
胡桃沢の言葉に、斎は驚きと戸惑いを隠せずにいた。そのような、創作の中の出来事にも似たことが現実で実際に行われたとは、俄には信じがたいものであった。
「呼び出すって……、そんな馬鹿なことが……」
斎の動揺にも構わず、胡桃沢は言葉を続ける。
「今、わしが言えるのは、それぐらいじゃのぉ」
「天弥は? 天弥は、この本とどう係わってるんですか?」
この話は終いと言える状況になり、斎は思わず問い詰める。
「すまないが、あの子の事はよく解らなくてのぉ……」
胡桃沢は、すまなそうな表情と声音を斎へと向けた。
「ただ、羽角は異様とも思える程の執着を、あの子には持っておったのぉ」
「執着……ですか?」
胡桃沢が頷いた。それを見て、一気に入ってきた情報の整理が追いつかず、斎は無言で考え込む。
「少し、考えてみます」
胡桃沢は頷いた。
「そうじゃ……。これを相対的な善悪だと、三歳の子供が言っておった」
軽くため息を吐き、何かを考え込むように胡桃沢が答えた。
「あの子には、善も悪もなかった。知識や思想的にはもちろん知っておったが、善悪の向こう側、善も悪も超えた、別の所におったようじゃった」
「Es giebt gar keine moralischen Phanomene, sondern nur eine moralische Ausdeutung von Phanomenen.....」
昔の天弥のことを聞いているうちに、斎は思わず頭に浮かんだ言葉を口にする。
「あぁそうじゃ、まさしくそのニーチェのような存在だったのぉ」
斎は無言で俯き、手にした本を見つめる。
「二度、別人のような天弥と会いました」
ニーチェの言葉通り、絶対的に正しい道徳的基準など存在しない。確かにあの時の天弥は、絶対的真理や普遍的認識を否定したかのような存在であった。
本を持つ斎の手が微かに震える。
「一度目は分かりませんが、二度目はこの本を手にしたら現れました」
胡桃沢の視線が、本へと移る。
「この本は、何なんですか?」
少し震える声をした斎の問いに、胡桃沢がため息を吐いた。
「そこにタイトルが書いてあるじゃろ」
確かに、タイトルは書かれている。だが、これは書いてある通りに受け取ってもよい物ではない。
「しかし、これは!」
「存在しないものだと、なぜ言い切れるのかのぉ?」
斎の言葉を遮り、胡桃沢が問いかける。
「とは言え、わしも十七年前まではそれの存在を信じていなかったのは確かじゃし……」
軽く肩を落としながら、言葉を続けた。
「すべては二十五年前、羽角がその本を見つけたことから始まったんじゃ」
記憶を辿るように、胡桃沢がゆっくりと話し始めた。
「もちろん、わしはその本が本物だとは信じてはおらんかった。しかし羽角はずっとその本を調べ続けておった。そして十七年前、その本を使い、封印されたものを呼び出そうとしたんじゃ」
胡桃沢の言葉に、斎は驚きと戸惑いを隠せずにいた。そのような、創作の中の出来事にも似たことが現実で実際に行われたとは、俄には信じがたいものであった。
「呼び出すって……、そんな馬鹿なことが……」
斎の動揺にも構わず、胡桃沢は言葉を続ける。
「今、わしが言えるのは、それぐらいじゃのぉ」
「天弥は? 天弥は、この本とどう係わってるんですか?」
この話は終いと言える状況になり、斎は思わず問い詰める。
「すまないが、あの子の事はよく解らなくてのぉ……」
胡桃沢は、すまなそうな表情と声音を斎へと向けた。
「ただ、羽角は異様とも思える程の執着を、あの子には持っておったのぉ」
「執着……ですか?」
胡桃沢が頷いた。それを見て、一気に入ってきた情報の整理が追いつかず、斎は無言で考え込む。
「少し、考えてみます」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
やってはいけない危険な遊びに手を出した少年のお話
山本 淳一
ホラー
あるところに「やってはいけない危険な儀式・遊び」に興味を持った少年がいました。
彼は好奇心のままに多くの儀式や遊びを試し、何が起こるかを検証していました。
その後彼はどのような人生を送っていくのか......
初投稿の長編小説になります。
登場人物
田中浩一:主人公
田中美恵子:主人公の母
西藤昭人:浩一の高校時代の友人
長岡雄二(ながおか ゆうじ):経営学部3年、オカルト研究会の部長
秋山逢(あきやま あい):人文学部2年、オカルト研究会の副部長
佐藤影夫(さとうかげお)社会学部2年、オカルト研究会の部員
鈴木幽也(すずきゆうや):人文学部1年、オカルト研究会の部員
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける
気ままに
ホラー
家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!
しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!
もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!
てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。
ネタバレ注意!↓↓
黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。
そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。
そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……
"P-tB"
人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……
何故ゾンビが生まれたか……
何故知性あるゾンビが居るのか……
そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
霊能力者レイの復讐代行
joker
ホラー
舞台は現代日本。
生まれつき霊や人の感情等が見える目を持つ高校生レイゴはそのことが周りに信じられず孤立していた。
そんな彼の事も受け入れてくれる親友がいたのだが親友は不良たちにいじめられた。。
彼をいじめたグループに対する復讐方法を考えていた時にレイゴはネットでとある霊能力者が営む復讐代行の記事を見つけた。
霊能力者の少女と出会ったその日から彼の人生は一変した。
気軽に感想をくださるとうれしいです。
<a href="https://www.tugikuru.jp/colink/link?cid=58751" target="_blank"><img src="https://www.tugikuru.jp/colink?cid=58751&size=s" alt="ツギクルバナー"></a>
【完結】本当にあった怖い話 ~実話怪談集『図書館の“あれ”』・『旅先の怪』・『負のパワースポット』~
悠月
ホラー
実話怪談のショートショートを集めた短編集。
『図書館の“あれ”』
私の出身大学の図書館、閉架書庫には“あれ”がいる。私以外のほとんどの人が遭遇したという“あれ”。
しかし、“あれ”に遭遇した人たちの人生が、少しずつ壊れていく……。
『旅先の怪』
非日常の体験がしたくて、人は旅に出る。ときに、旅先では異界を覗くような恐怖を体験してしまうこともあるのです。
京都、遠野、青森……。
そんな、旅先で私が出遭ってしまった恐怖。旅先での怪異譚を集めました。
『負のパワースポット』
とある出版社からパワースポット本の取材と執筆を請け負った、フリーランスライターのN。「ここは、とてもいいスポットだから」と担当編集者から言われて行った場所には……?
この話、読んだ方に被害が及ばないかどうかの確認は取れていません。
最後まで読まれる方は、どうか自己責任でお願いいたします。
※カクヨムに掲載していたものの一部を修正して掲載しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる