apocalypsis

さくら

文字の大きさ
上 下
32 / 236
veritas liberabit vos

triginta duo

しおりを挟む
 胡桃沢は、本から斎へと視線を移した。
「天弥は、祖父の羽角恭一郎から贈られたと言っていました」
 何かを考え込むように胡桃沢は視線を伏せた。
「そういえば、あの子は成瀬って名乗っておったのぉ」
 再び視線を本へと戻し、胡桃沢は黙り込んでしまった。
 これはどういう事なのかと、斎はいきなりの状況に対し、それらを整理しようとする。先ほどの言動から、胡桃沢が天弥の祖父の羽角恭一郎と知り合いだということは、すぐに理解できた。そして、胡桃沢はあの本を以前にも手にした事があるということも知り得た。本物だとは思えないが、何か訳有りの物なのかも知れない。
「何の因果なのかのぉ……。御神本くんの彼女が、あの時の子供とはのぉ……」
 胡桃沢が小さく呟く。
「んー?」
 呟いた後、何かが引っかかるというような感じで、小首を傾げた。
「あの時の子供は、確か男の子だったはずじゃが?」
 疑問を斎へと投げかける。
「天弥は男です」
 斎の答えに、胡桃沢は納得した表情を浮かべ、軽く頷いた。
「女っ気がまるでない奴と思っておったら、そういう趣味だったとはのぉ」
 納得したような表情を浮かべる胡桃沢に、斎はため息を吐いた。そう思われても仕方がない状況ではあるが、それでも胡桃沢の言葉を否定する。
「俺はノーマルです」
 だが、胡桃沢は斎の抗議にさして興味を示すことなく、再び本を見つめだした。
「それよりも、教授はその本と天弥の事を知っているのですか?」
 あの、自分が心を奪われた天弥の事を知っているのか。もしそうなら、総てを知りたい、そう斎は思う。
「十三年前に、あの子とは何度か会っておる……」
 重い口を開くかのように、胡桃沢が話し始めた。
「とは言っても、あの時と今では別人かもしれんがのぉ……」
「別人?」
 一番知りたいと思う言葉に、斎は反応する。
「別人って、どういうことですか?」
 望む答えを得られるかもしれないと逸る心を抑えながら、本を見つめ続ける胡桃沢に、思わず詰め寄る。
「なぜなのかは知らんのだが、最後に会った時のあの子は、人形のように何も反応しなくなっておったんじゃ」
 言い終わると同時に手にした本を閉じ、斎に向かって差し出した。
「その後、あの子の父親からの手紙には、以前とは別人のようだと書いてあってのぉ」
 斎は差し出された本を受け取る。
「元々の天弥は、どんな子供だったんですか?」
 胡桃沢が言っているのは、自分が知っている、あの天弥なのだろうかと、斎の中に少し期待が持ち上がる。それと同時に、まだ他にも人格がある可能性も浮かぶ。
「恐ろしいぐらいに、聡い子供じゃったのぉ」
 記憶をたどり、胡桃沢は疑問に答える。
「聡い?」
 確かにあの天弥はラテン語を理解していた。聡いという表現はふさわしく思える。だが、胡桃沢が言っているのは、それとは何か別のことのように思えてならない。
「是非しらず、邪正もわかぬこの身なり」
 どこか遠くを見つめるように、胡桃沢が呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

月のない夜 終わらないダンスを

薊野ざわり
ホラー
イタリアはサングエ、治安は下の下。そんな街で17歳の少女・イノリは知人宅に身を寄せ、夜、レストランで働いている。 彼女には、事情があった。カーニバルのとき両親を何者かに殺され、以降、おぞましい姿の怪物に、付けねらわれているのだ。  勤務三日目のイノリの元に、店のなじみ客だというユリアンという男が現れる。見た目はよくても、硝煙のにおいのする、関わり合いたくないタイプ――。逃げるイノリ、追いかけるユリアン。そして、イノリは、自分を付けねらう怪物たちの正体を知ることになる。 ソフトな流血描写含みます。改稿前のものを別タイトルで小説家になろうにも投稿済み。

甘いマスクは、イチゴジャムがお好き

猫宮乾
ホラー
 人間の顔面にはり付いて、その者に成り代わる〝マスク〟という存在を、見つけて排除するのが仕事の特殊捜査局の、梓藤冬親の日常です。※サクサク人が死にます。【完結済】

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

社宅

ジョン・グレイディー
ホラー
 寂れた社宅  3連列の棟に形成された大規模な敷地  両脇の2連の棟は廃墟となり、窓ガラスには板が打ち付けられ、黒いビニールシートで覆われている。  ある家族がこの社宅の5号棟に引っ越して来た。  初めての経験  初めての恐怖  どこまでも続く憎しみ  怨霊に満ちた呪縛  ほぼ実話に基づく心霊現象を描くホラー小説

処理中です...