apocalypsis

さくら

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veritas liberabit vos

quattuor

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 斎は机に向かい、部屋が暗くなるのにも気がつかずに花乃から預かった本を読んでいた。目にした文字が判断できなくなり、ようやく室内が暗いことを知る。すぐに立ち上がると、ドアの横にあるスイッチへと向かい明かりを点けた。
 室内の様子がはっきりと分かるようになり、すぐ机に戻る。室内はベッドと机、クローゼットを除いた壁一面に備え付けられた本棚とそこに隙間なく並べられた本、そして本棚には入りきらなかった本が歩く場所も座る場所もないほどに、床に積み上げられていた。
 机に置いた本に視線を落とす。本の造作は、遊びで作られたにしては手が込みすぎている。愛好家によって作られた、ネクロノミコン断章なら読んだことはあるが、それは現存する魔道書に匹敵するまでに、体裁が整えられたものだった。だが、これは少し違う。
 そしてこの本の素材は、わざと年月の劣化を施されたものではなさそうに見える。もし本物なら、1228年、ギリシャ語からラテン語に翻訳され、1232年に教皇グレゴリウス9世により焚書処分にされていることから、七百年以上は経っているはずだ。
 ゆっくりと手を伸ばし、机の上にある煙草の箱を掴む。赤地に金文字でGARAMと書かれた箱から煙草を一本取り出すと、シンプルなクロムのジッポーを手に取り、火を点ける。火が点いた煙草を吸うと中の丁子が爆ぜる音と共に、甘い香りが室内に広がった。
 この本が本物かどうかなど、判断が出来ず、あまり気は進まないが、専門家に確認して貰おうかと考える。専門家とはいっても本職は数学者であり、趣味の範囲でのことである。この本を見せても何の役にも立たないかもしれない。そもそも、これに関しての専門家という者が存在するのだろうかと、ふと疑問が湧く。だが、知る限り、これに関して彼以上に詳しい人物はいない。
 慣れた動作で、煙草の灰を灰皿へと落とした。
 確認をして貰う前に、まずは持ち主である成瀬天弥の許可を取らないことには、他の相手に見せることも出来ない。今現在、持ち主の許可を取っているのかどうかも怪しい状態なのだ。
 持ち主であるという成瀬天弥を思い浮かべる。知る限り、物静かで大人しい生徒だ。今まで特に問題を起こしたこともない。だが、周囲ではいざこざが絶える事は無く、教師達はいつも頭を痛めている。あの美しすぎる容貌は、女生徒に限らず男子生徒まで争い事を起こさせるのだ。そして天弥本人は、自分が揉め事の種に成っている事に気が付いていないの 手に持つ煙草を灰皿に押し付けると、新たな煙草を手にする。再び、丁子の爆ぜる音と、香りが部屋に満ちていく。
 おそらく、天弥と話をするのは問題ないと考える。出来ればこの本の入手経路と、この本について何か知っているのかを確認したい。
 この本は、H・P・ラヴクラフトが自らの創作の中で作り上げたものだ。熱狂的なファンにより再現されたことはあるが、実在するものではない。
である。
 だがもし、これが本物だとしたら……ラブクラフトの創作世界の神々も実在するということになる。それは狂気と混沌の中、人が持つ善悪の価値観など何の価値もない、広漠な宇宙に存在するものたちだ。
 創作の中に存在する封印された旧支配者や、封印をした旧神を思い浮かべた。これらは、ラブクラフトの死後にオーガスト・ダーレスによって神話として体系化されたものであり、ラブクラフトの創作世界は、一人で作り上げられたものではない。ダーレスはアーカムハウスという出版社を創設してまで、ラブクラフトの作品を広め伝えた。それには何か意味があったのだろうか。
 深く吸い込んだ煙を、ゆっくりと吐き出す。
 思い浮かんだ考えを振り払うかのように、軽く頭を振った。神など存在するはずがない、斎の中でそれらは否定される。もし神というものが存在するのなら、あの時の願いは叶ったはずだ。
 軽くため息を吐くとメガネを外し、椅子の背もたれに身体を預けて天井へ視線を向けたのち、ゆっくりと目を閉じた。
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