4 / 236
veritas liberabit vos
quattuor
しおりを挟む
斎は机に向かい、部屋が暗くなるのにも気がつかずに花乃から預かった本を読んでいた。目にした文字が判断できなくなり、ようやく室内が暗いことを知る。すぐに立ち上がると、ドアの横にあるスイッチへと向かい明かりを点けた。
室内の様子がはっきりと分かるようになり、すぐ机に戻る。室内はベッドと机、クローゼットを除いた壁一面に備え付けられた本棚とそこに隙間なく並べられた本、そして本棚には入りきらなかった本が歩く場所も座る場所もないほどに、床に積み上げられていた。
机に置いた本に視線を落とす。本の造作は、遊びで作られたにしては手が込みすぎている。愛好家によって作られた、ネクロノミコン断章なら読んだことはあるが、それは現存する魔道書に匹敵するまでに、体裁が整えられたものだった。だが、これは少し違う。
そしてこの本の素材は、わざと年月の劣化を施されたものではなさそうに見える。もし本物なら、1228年、ギリシャ語からラテン語に翻訳され、1232年に教皇グレゴリウス9世により焚書処分にされていることから、七百年以上は経っているはずだ。
ゆっくりと手を伸ばし、机の上にある煙草の箱を掴む。赤地に金文字でGARAMと書かれた箱から煙草を一本取り出すと、シンプルなクロムのジッポーを手に取り、火を点ける。火が点いた煙草を吸うと中の丁子が爆ぜる音と共に、甘い香りが室内に広がった。
この本が本物かどうかなど、判断が出来ず、あまり気は進まないが、専門家に確認して貰おうかと考える。専門家とはいっても本職は数学者であり、趣味の範囲でのことである。この本を見せても何の役にも立たないかもしれない。そもそも、これに関しての専門家という者が存在するのだろうかと、ふと疑問が湧く。だが、知る限り、これに関して彼以上に詳しい人物はいない。
慣れた動作で、煙草の灰を灰皿へと落とした。
確認をして貰う前に、まずは持ち主である成瀬天弥の許可を取らないことには、他の相手に見せることも出来ない。今現在、持ち主の許可を取っているのかどうかも怪しい状態なのだ。
持ち主であるという成瀬天弥を思い浮かべる。知る限り、物静かで大人しい生徒だ。今まで特に問題を起こしたこともない。だが、周囲ではいざこざが絶える事は無く、教師達はいつも頭を痛めている。あの美しすぎる容貌は、女生徒に限らず男子生徒まで争い事を起こさせるのだ。そして天弥本人は、自分が揉め事の種に成っている事に気が付いていないの 手に持つ煙草を灰皿に押し付けると、新たな煙草を手にする。再び、丁子の爆ぜる音と、香りが部屋に満ちていく。
おそらく、天弥と話をするのは問題ないと考える。出来ればこの本の入手経路と、この本について何か知っているのかを確認したい。
この本は、H・P・ラヴクラフトが自らの創作の中で作り上げたものだ。熱狂的なファンにより再現されたことはあるが、実在するものではない。
である。
だがもし、これが本物だとしたら……ラブクラフトの創作世界の神々も実在するということになる。それは狂気と混沌の中、人が持つ善悪の価値観など何の価値もない、広漠な宇宙に存在するものたちだ。
創作の中に存在する封印された旧支配者や、封印をした旧神を思い浮かべた。これらは、ラブクラフトの死後にオーガスト・ダーレスによって神話として体系化されたものであり、ラブクラフトの創作世界は、一人で作り上げられたものではない。ダーレスはアーカムハウスという出版社を創設してまで、ラブクラフトの作品を広め伝えた。それには何か意味があったのだろうか。
深く吸い込んだ煙を、ゆっくりと吐き出す。
思い浮かんだ考えを振り払うかのように、軽く頭を振った。神など存在するはずがない、斎の中でそれらは否定される。もし神というものが存在するのなら、あの時の願いは叶ったはずだ。
軽くため息を吐くとメガネを外し、椅子の背もたれに身体を預けて天井へ視線を向けたのち、ゆっくりと目を閉じた。
室内の様子がはっきりと分かるようになり、すぐ机に戻る。室内はベッドと机、クローゼットを除いた壁一面に備え付けられた本棚とそこに隙間なく並べられた本、そして本棚には入りきらなかった本が歩く場所も座る場所もないほどに、床に積み上げられていた。
机に置いた本に視線を落とす。本の造作は、遊びで作られたにしては手が込みすぎている。愛好家によって作られた、ネクロノミコン断章なら読んだことはあるが、それは現存する魔道書に匹敵するまでに、体裁が整えられたものだった。だが、これは少し違う。
そしてこの本の素材は、わざと年月の劣化を施されたものではなさそうに見える。もし本物なら、1228年、ギリシャ語からラテン語に翻訳され、1232年に教皇グレゴリウス9世により焚書処分にされていることから、七百年以上は経っているはずだ。
ゆっくりと手を伸ばし、机の上にある煙草の箱を掴む。赤地に金文字でGARAMと書かれた箱から煙草を一本取り出すと、シンプルなクロムのジッポーを手に取り、火を点ける。火が点いた煙草を吸うと中の丁子が爆ぜる音と共に、甘い香りが室内に広がった。
この本が本物かどうかなど、判断が出来ず、あまり気は進まないが、専門家に確認して貰おうかと考える。専門家とはいっても本職は数学者であり、趣味の範囲でのことである。この本を見せても何の役にも立たないかもしれない。そもそも、これに関しての専門家という者が存在するのだろうかと、ふと疑問が湧く。だが、知る限り、これに関して彼以上に詳しい人物はいない。
慣れた動作で、煙草の灰を灰皿へと落とした。
確認をして貰う前に、まずは持ち主である成瀬天弥の許可を取らないことには、他の相手に見せることも出来ない。今現在、持ち主の許可を取っているのかどうかも怪しい状態なのだ。
持ち主であるという成瀬天弥を思い浮かべる。知る限り、物静かで大人しい生徒だ。今まで特に問題を起こしたこともない。だが、周囲ではいざこざが絶える事は無く、教師達はいつも頭を痛めている。あの美しすぎる容貌は、女生徒に限らず男子生徒まで争い事を起こさせるのだ。そして天弥本人は、自分が揉め事の種に成っている事に気が付いていないの 手に持つ煙草を灰皿に押し付けると、新たな煙草を手にする。再び、丁子の爆ぜる音と、香りが部屋に満ちていく。
おそらく、天弥と話をするのは問題ないと考える。出来ればこの本の入手経路と、この本について何か知っているのかを確認したい。
この本は、H・P・ラヴクラフトが自らの創作の中で作り上げたものだ。熱狂的なファンにより再現されたことはあるが、実在するものではない。
である。
だがもし、これが本物だとしたら……ラブクラフトの創作世界の神々も実在するということになる。それは狂気と混沌の中、人が持つ善悪の価値観など何の価値もない、広漠な宇宙に存在するものたちだ。
創作の中に存在する封印された旧支配者や、封印をした旧神を思い浮かべた。これらは、ラブクラフトの死後にオーガスト・ダーレスによって神話として体系化されたものであり、ラブクラフトの創作世界は、一人で作り上げられたものではない。ダーレスはアーカムハウスという出版社を創設してまで、ラブクラフトの作品を広め伝えた。それには何か意味があったのだろうか。
深く吸い込んだ煙を、ゆっくりと吐き出す。
思い浮かんだ考えを振り払うかのように、軽く頭を振った。神など存在するはずがない、斎の中でそれらは否定される。もし神というものが存在するのなら、あの時の願いは叶ったはずだ。
軽くため息を吐くとメガネを外し、椅子の背もたれに身体を預けて天井へ視線を向けたのち、ゆっくりと目を閉じた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
月のない夜 終わらないダンスを
薊野ざわり
ホラー
イタリアはサングエ、治安は下の下。そんな街で17歳の少女・イノリは知人宅に身を寄せ、夜、レストランで働いている。
彼女には、事情があった。カーニバルのとき両親を何者かに殺され、以降、おぞましい姿の怪物に、付けねらわれているのだ。
勤務三日目のイノリの元に、店のなじみ客だというユリアンという男が現れる。見た目はよくても、硝煙のにおいのする、関わり合いたくないタイプ――。逃げるイノリ、追いかけるユリアン。そして、イノリは、自分を付けねらう怪物たちの正体を知ることになる。
ソフトな流血描写含みます。改稿前のものを別タイトルで小説家になろうにも投稿済み。
甘いマスクは、イチゴジャムがお好き
猫宮乾
ホラー
人間の顔面にはり付いて、その者に成り代わる〝マスク〟という存在を、見つけて排除するのが仕事の特殊捜査局の、梓藤冬親の日常です。※サクサク人が死にます。【完結済】
社宅
ジョン・グレイディー
ホラー
寂れた社宅
3連列の棟に形成された大規模な敷地
両脇の2連の棟は廃墟となり、窓ガラスには板が打ち付けられ、黒いビニールシートで覆われている。
ある家族がこの社宅の5号棟に引っ越して来た。
初めての経験
初めての恐怖
どこまでも続く憎しみ
怨霊に満ちた呪縛
ほぼ実話に基づく心霊現象を描くホラー小説
姉らぶるっ!!
藍染惣右介兵衛
青春
俺には二人の容姿端麗な姉がいる。
自慢そうに聞こえただろうか?
それは少しばかり誤解だ。
この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ……
次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。
外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん……
「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」
「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」
▼物語概要
【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】
47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在)
【※不健全ラブコメの注意事項】
この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。
それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。
全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。
また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。
【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】
【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】
【2017年4月、本幕が完結しました】
序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。
【2018年1月、真幕を開始しました】
ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)
夜通しアンアン
戸影絵麻
ホラー
ある日、僕の前に忽然と姿を現した謎の美少女、アンアン。魔界から家出してきた王女と名乗るその少女は、強引に僕の家に住みついてしまう。アンアンを我が物にせんと、次から次へと現れる悪魔たちに、町は大混乱。僕は、ご先祖様から授かったなけなしの”超能力”で、アンアンとともに魔界の貴族たちからの侵略に立ち向かうのだったが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる