apocalypsis

さくら

文字の大きさ
上 下
3 / 236
veritas liberabit vos

tres

しおりを挟む
 夕食前、花乃は机に向かいながら広げた宿題を見つめる。だが意識は宿題に向けられてはおらず、教科書の同じ文章を何度も目が繰り返し捉えた。あの本を、兄の部屋から持ち出したことが知れてしまうのも時間の問題だ。普段の天弥ならばよいが、もしここ最近の人が変わったような状態だったらと考えると、身体中に不安と恐怖が広がっていく。
 天弥が本の所在に気が付かないようにと、花乃が祈るように息を潜めているなか、静けさを破るように室内にドアをノックする音が響いた。思わず身体が恐怖と驚きで小さくびくつく。
「はい……」
 答える声が小さく震えているのが自分でもよく分かり、ドアに視線を向けることが出来ずにそのまま俯く。すぐにドアが開き、誰かが部屋へと入ってくる気配がした。
「花乃、僕の本を知りませんか?」
 普段とは違う話し方に、鼓動が早くなる。この感じは、いつもの天弥ではないとすぐに理解でき、更に恐怖に身体が強張り出す。
「本って、何のこと?」
 震える声が、嘘を吐いていると自分から言っているようなものだと思いながらも、そう答えるしかなかった。
「古い革張りの本です」
 近づいてくるのが気配で分かる。痛いほどの鼓動に加え、身体の震えも大きくなる。
「花乃、なぜ僕を見ないのですか?」
 何も答えずに俯き続けていると、すぐ背後から咎めるような声がかかる。それでも何も答えいると、いきなりなにかが髪に触れた。その瞬間、反射的に身体が大きく飛び上がり、その手から逃れるように立ち上がった。
「し、知らない……」
 なんとか否定を口にすると、天弥から距離を取るように後退さり離れる。それを許さんと言わんばかりにその腕を掴まれ、身体を引き寄せられた。
「なぜ、逃げるのですか?」
 天使の囁きのような声が耳元で響く。その声に逆らうよう首を横に振ると、その姿を視界から排除するように俯き、硬く目を閉じた。掴まれている腕から伝わる熱と声だけでも、おかしくなりそうなのに、その姿を見たら確実に囚われてしまうと思い、逃れつための抵抗を試みたのだ。
「まあ、そんな事はどうでも良いのですが」
 今度は耳元で囁かれ、声と共に吐息がの耳にかかる。
「最初の質問に戻りますが、僕の本はどこですか?」
「知らない……」
 返答をしたが、なにも言葉が返って来ず、永遠とも思える沈黙に恐怖する。考えるまでもなく、自分が持ち出したことは知れている。だがそれでも、花知らないと答えるしかなかった。
「言いたくないのなら、言いたくなるようにしましょうか?」
 同じ言葉を繰り返す相手に対し対話を諦めたのか、さらなる恐怖が言葉となって身体に侵入してきた。すぐに指先が鎖骨に触れる感触がして身体が固くなる。
「僕は穏やかな話し合いを望んでいるのですが、どうしますか?」
 鎖骨に触れる指が、ゆっくりと身体のラインに沿って下へと動く。どれだけの時間が経ったのか、胸の高みで指先が止まると、両腕で身体を抱え込みその場にしゃがみ込んだ。
「先生に……、御神本先生に渡したの……」
 今の状況から逃れたくて、必死に声を絞り出し、本の行方を口にする。
「ごめんなさい」
 天弥はようやく目的の言葉と謝罪を口に花乃に興味をなくしたかのように背を向け、ドアへと向かった。そのまま部屋の外へ出ようとして、ふと何かを思い出したように足を止める。
「忘れるところだった。ご飯だって」
 普段と同じ口調で振り返りもせずにそう言うと、そのまま部屋を出て行った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

祓ってはいけない

牧神堂
ホラー
絵美さん(仮名)は小学生の時に母親を亡くしている。 その母の死を起点として起こった一連の忌まわしい出来事。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

ホラー短編集【キグルミ】

AAKI
ホラー
SSや短編のホラー小説です。 1篇目【ガールフレンド?(仮)】もし貴方に、何者なのかわからないガールフレンドがいたとしたら  2篇目【お前たちは誰だ?】少しずつ身の回りの人たちが記憶にない者たちに置き換わっていく  3篇目【キグルミ】人間に成り代わろうとする山の物の怪  4篇目【蘇生の回廊】6人の大学生が避暑地の別荘で巻き込まれた邪悪な儀式の結末は――   順次更新予定

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

6畳間のお姫さま

黒巻雷鳴
ホラー
そのお姫さまの世界は、6畳間です。6畳間のお部屋が、お姫さまのすべてでした。けれども、今日はなんだか外の様子がおかしいので、お姫さまはお部屋の外へ出てみることにしました。 ※無断転載禁止

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...