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veritas liberabit vos
tres
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夕食前、花乃は机に向かいながら広げた宿題を見つめる。だが意識は宿題に向けられてはおらず、教科書の同じ文章を何度も目が繰り返し捉えた。あの本を、兄の部屋から持ち出したことが知れてしまうのも時間の問題だ。普段の天弥ならばよいが、もしここ最近の人が変わったような状態だったらと考えると、身体中に不安と恐怖が広がっていく。
天弥が本の所在に気が付かないようにと、花乃が祈るように息を潜めているなか、静けさを破るように室内にドアをノックする音が響いた。思わず身体が恐怖と驚きで小さくびくつく。
「はい……」
答える声が小さく震えているのが自分でもよく分かり、ドアに視線を向けることが出来ずにそのまま俯く。すぐにドアが開き、誰かが部屋へと入ってくる気配がした。
「花乃、僕の本を知りませんか?」
普段とは違う話し方に、鼓動が早くなる。この感じは、いつもの天弥ではないとすぐに理解でき、更に恐怖に身体が強張り出す。
「本って、何のこと?」
震える声が、嘘を吐いていると自分から言っているようなものだと思いながらも、そう答えるしかなかった。
「古い革張りの本です」
近づいてくるのが気配で分かる。痛いほどの鼓動に加え、身体の震えも大きくなる。
「花乃、なぜ僕を見ないのですか?」
何も答えずに俯き続けていると、すぐ背後から咎めるような声がかかる。それでも何も答えいると、いきなりなにかが髪に触れた。その瞬間、反射的に身体が大きく飛び上がり、その手から逃れるように立ち上がった。
「し、知らない……」
なんとか否定を口にすると、天弥から距離を取るように後退さり離れる。それを許さんと言わんばかりにその腕を掴まれ、身体を引き寄せられた。
「なぜ、逃げるのですか?」
天使の囁きのような声が耳元で響く。その声に逆らうよう首を横に振ると、その姿を視界から排除するように俯き、硬く目を閉じた。掴まれている腕から伝わる熱と声だけでも、おかしくなりそうなのに、その姿を見たら確実に囚われてしまうと思い、逃れつための抵抗を試みたのだ。
「まあ、そんな事はどうでも良いのですが」
今度は耳元で囁かれ、声と共に吐息がの耳にかかる。
「最初の質問に戻りますが、僕の本はどこですか?」
「知らない……」
返答をしたが、なにも言葉が返って来ず、永遠とも思える沈黙に恐怖する。考えるまでもなく、自分が持ち出したことは知れている。だがそれでも、花知らないと答えるしかなかった。
「言いたくないのなら、言いたくなるようにしましょうか?」
同じ言葉を繰り返す相手に対し対話を諦めたのか、さらなる恐怖が言葉となって身体に侵入してきた。すぐに指先が鎖骨に触れる感触がして身体が固くなる。
「僕は穏やかな話し合いを望んでいるのですが、どうしますか?」
鎖骨に触れる指が、ゆっくりと身体のラインに沿って下へと動く。どれだけの時間が経ったのか、胸の高みで指先が止まると、両腕で身体を抱え込みその場にしゃがみ込んだ。
「先生に……、御神本先生に渡したの……」
今の状況から逃れたくて、必死に声を絞り出し、本の行方を口にする。
「ごめんなさい」
天弥はようやく目的の言葉と謝罪を口に花乃に興味をなくしたかのように背を向け、ドアへと向かった。そのまま部屋の外へ出ようとして、ふと何かを思い出したように足を止める。
「忘れるところだった。ご飯だって」
普段と同じ口調で振り返りもせずにそう言うと、そのまま部屋を出て行った。
天弥が本の所在に気が付かないようにと、花乃が祈るように息を潜めているなか、静けさを破るように室内にドアをノックする音が響いた。思わず身体が恐怖と驚きで小さくびくつく。
「はい……」
答える声が小さく震えているのが自分でもよく分かり、ドアに視線を向けることが出来ずにそのまま俯く。すぐにドアが開き、誰かが部屋へと入ってくる気配がした。
「花乃、僕の本を知りませんか?」
普段とは違う話し方に、鼓動が早くなる。この感じは、いつもの天弥ではないとすぐに理解でき、更に恐怖に身体が強張り出す。
「本って、何のこと?」
震える声が、嘘を吐いていると自分から言っているようなものだと思いながらも、そう答えるしかなかった。
「古い革張りの本です」
近づいてくるのが気配で分かる。痛いほどの鼓動に加え、身体の震えも大きくなる。
「花乃、なぜ僕を見ないのですか?」
何も答えずに俯き続けていると、すぐ背後から咎めるような声がかかる。それでも何も答えいると、いきなりなにかが髪に触れた。その瞬間、反射的に身体が大きく飛び上がり、その手から逃れるように立ち上がった。
「し、知らない……」
なんとか否定を口にすると、天弥から距離を取るように後退さり離れる。それを許さんと言わんばかりにその腕を掴まれ、身体を引き寄せられた。
「なぜ、逃げるのですか?」
天使の囁きのような声が耳元で響く。その声に逆らうよう首を横に振ると、その姿を視界から排除するように俯き、硬く目を閉じた。掴まれている腕から伝わる熱と声だけでも、おかしくなりそうなのに、その姿を見たら確実に囚われてしまうと思い、逃れつための抵抗を試みたのだ。
「まあ、そんな事はどうでも良いのですが」
今度は耳元で囁かれ、声と共に吐息がの耳にかかる。
「最初の質問に戻りますが、僕の本はどこですか?」
「知らない……」
返答をしたが、なにも言葉が返って来ず、永遠とも思える沈黙に恐怖する。考えるまでもなく、自分が持ち出したことは知れている。だがそれでも、花知らないと答えるしかなかった。
「言いたくないのなら、言いたくなるようにしましょうか?」
同じ言葉を繰り返す相手に対し対話を諦めたのか、さらなる恐怖が言葉となって身体に侵入してきた。すぐに指先が鎖骨に触れる感触がして身体が固くなる。
「僕は穏やかな話し合いを望んでいるのですが、どうしますか?」
鎖骨に触れる指が、ゆっくりと身体のラインに沿って下へと動く。どれだけの時間が経ったのか、胸の高みで指先が止まると、両腕で身体を抱え込みその場にしゃがみ込んだ。
「先生に……、御神本先生に渡したの……」
今の状況から逃れたくて、必死に声を絞り出し、本の行方を口にする。
「ごめんなさい」
天弥はようやく目的の言葉と謝罪を口に花乃に興味をなくしたかのように背を向け、ドアへと向かった。そのまま部屋の外へ出ようとして、ふと何かを思い出したように足を止める。
「忘れるところだった。ご飯だって」
普段と同じ口調で振り返りもせずにそう言うと、そのまま部屋を出て行った。
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