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守りたい人

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 ルチアは、その言葉と同時に俺へと飛びかかってくる。

 素早い。やはり並の身のこなしではないな。

 ルチアの拳をよけるが、ルチアは地面に手をついて、すぐに蹴りをいれようと体勢を変えた。

 判断も早い。こいつの場合は、感覚に任せた攻撃というよりは、相手の攻撃を予測し、瞬時に一番いい攻撃方法を計算している。

 エリスと似ているな。

 しかし、まだまだ隙がある。攻撃が最大の防御とは言うが、それは俺には通用しない。

 俺は隙をついて、ルチアの腹部を殴った。

「くっ」

 体勢は崩れたが、すぐに立て直してルチアは攻撃を再会する。

 もう一発。

 太ももを、次は背中、その次はもう一度腹部へ拳を入れる。

 しかし一向に倒れこまない。なかなかしぶとい。久々に面白い奴と会えたかもしれないな。

 こちらも、やっと体が温まってきた。

「動きが鈍くなってるぞ」

「ッ」

 もう一発思い切りくらわせると、ルチアはその場に倒れ込んだ。

 士官学校を思い出す。こいつは教官から見た俺の姿だ。

 実際、倒れ込んでしまったら、教官から耳をつんざく程の罵声が飛んでくるのだが。

 やれやれ、嫌なことを思い出してしまった。

 すると、倒れ込んだルチアが、ゆっくりと口を開いた。

「世のことわりにより、聖なるつるぎを、我に授けたまえ!」

 苦しそうにルチアはその呪文を口にすると、黄金に輝く魔法陣が頭上に表れた。

「ほう、やる気か」

 その魔法陣から赤いオーラを放つ剣が表れ、ルチアの手に舞い降りる。

 ルチアは、その剣を手に取り思い切りかかってくる。

「チッ」

 カキンッという金属の交わる音。

「やっと、抜いてくれましたね」

 息を切らしながらルチアは笑った。

 こいつ……!

「俺に剣を抜かせたこと、後悔させてやる」

 俺はすぐにルチアへと剣を振り下ろす。ルチアは上手く防御しているが、どんどん後ろへと押されていく。

「くっ」

「遠慮はいらない。構わず反撃してこい」

 まぁ、出来るのならばな。ルチアは唇をかみ締め、俺を睨みつける。

 この程度の相手に剣を抜いたなんてエリスに知られたら、思い切りどやされるな。

「やめて、二人とも!」

 そんなトルテの小さな声は、刃の交える音でかき消される。

「くそっ」

 こいつはよく堪えている。

 城にいる兵でも、俺の攻撃を受け続けてここまで持ったものはいない。執事にしておくには勿体ない逸材だ。

 いい腕をしている。だが相手が悪かった。

「くっ!」

 ルチアの持っている剣を吹き飛ばし、転んだルチアの顔の前に刃を向ける。

「勝負あったな」

 勝利を確信した。しかし。

「まだだ!」

 上を見上げると、空に二つの大きな魔法陣が描かれている。そこから、何百もの矢が今、振り注ごうとしているのだった。

「これが狙いかっ」

「攻撃魔法発動!」

 すぐに防御の術式を張ろうとした時だ。

「やめてっ!」

 そう叫び、トルテが俺たちの前へ出てきた。

「なにやってる!」

「トルテさん! 危ない!」

 その瞬間、大きな防御の陣が張られ、俺を突き刺そうとしていた何百本の矢は、バラバラと威力を無くして落ちてきた。

 広範囲の防御術式だ。

「トルテ……これはいったい……」

 しかも、攻撃型魔法を無効化させた?

 トルテは、うつむいて何も話さない。そして、顔を上げたと思ったら、眉間に皺を寄せしかめっ面で腰に手を当てる。

「二人とも、夕飯は抜きです! 反省するまで、外にいて下さい!」

「ご、ごめんなさい。トルテさん」

 あっけに取られている俺の横で、ルチアは泣きそうになりながら必死にそう謝った。

「知りません!」

 トルテはムッとして家の中へと入って行き、ばたんっと扉を閉める。

「どうしよう……」

 ルチアは、この世の終わりのような様子で、地面に手をついた。

 いや、待て。そんな事よりも。

 さっきの事態に面をくらってしまって、こいつの絶望には付き合っていられない。

「おい。トルテが広範囲の防御術式を使える事、知っていたのか? それと、攻撃型魔法を無効化出来るなんて……」

「今はそれどころじゃありません! 早くトルテさんに謝らないと! 嫌われてしまったらどうする!」

「それどころじゃないのはこっちのセリフだ!」

「だいたい、あなたが勝負を仕掛けて来なかったら、トルテさんに怒られずにすんだ!」

「のってきたのはお前だ」

「ああ、もうだめだ……。トルテさんに嫌われたらお終いだ……」

 さっきの威勢が嘘のようだ。とりあえず、こいつが落ち着くまで待とう。話はそれからだ。

 しばらく、二人で扉の前に座り込んでいた。ただ、黙り込んだまま、夕日を眺める。

「……トルテさんは、学校の魔力測定で最高得点をたたき出しました」

 そう、おもむろにルチアは話始めた。

「でも、攻撃魔法は並かそれ以下。ただ、飛び抜けていたのは、防御。そして、高等魔法である、攻撃型魔法の無効化。なんていうか、トルテさんらしいですよね」

「じゃあ、お前は知っていたんだな」

「はい」

「まったく。攻撃型魔法の無効化なんて、まるでおとぎ話の世界じゃないか」

「細かく言えば完全無効化ではなく、限りなく威力をゼロにするというものですが」

「……どっちにしろ、オカルトだな」

「あなたも、その目で見たはずです」

 この事実が知られたら、間違いなくトルテは厄介なことに巻き込まれる。

 絶対に阻止しなければ、ならない。

 なにがあっても。エリスには、絶対に言えないな。

「僕、思ったんです。誰かを守ることに特化したトルテさんの能力。なら、彼女の事はいったい誰が守るというんでしょう?」

 本当にあの女は、危なっかしくて、放っておけない。

 俺が、守ってやるさ。
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