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あなたとワルツを

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 いよいよ、舞踏会の日がやってきました。

 日が沈み、紳士淑女の皆様が広いフロアに集まる。美しいドレスで着飾ったお嬢さま方は、さながら蝶々の群れのよう。

 私が仕立てて貰ったドレスは、薄い青を基調としたもので、袖にはレースがあしらわれている。

 首元には、アマーリエ夫人が宝石商から買ったルビーのネックレス。こんなに高価なもの、生まれて初めて身につける。

「きゃあ! やっぱり、この生地で正解だったわ!」

 アマーリエ夫人は、まるで女子高生のような反応で抱き着いてくる。女王の振る舞いにしてはフランクすぎる。

「アマーリエ夫人、皆が見ています」

 少し目立ってしまったけれど、なんだか緊張が和らいだ。

「ごめんなさいね、あまりに愛らしくて」

 リリー様のような無邪気なお姿に、やはり姉妹なのだと感じた。

「こんなに高価なもの着たことがなくて……なんだか恥ずかしいです」

「とっても似合ってるわ! 私が見立てたのだから間違いないわよ。あなたがメイドだなんて、誰も気づかない」

 小声でそう耳打ちするアマーリエ夫人。そうであって欲しい。いや、そうでなくてはならない。

「そうだと、よろしいのですが」

 どうも不安だ。

「ごきげんよう、アマーリエ夫人」

 すると、二人のお嬢さま方が扇子をヒラヒラ揺らしながら、こちらにやってきた。

「あら。ごきげんよう、皆さん」

 アマーリエ夫人は、彼女たちに笑顔で挨拶をする。

「そちらの可愛らしい方はどなたですの?」

「お友達のトルテよ」

「お初にお目にかかります、トルテ・シンクレアと申します」

「こちらは、グレイ伯爵のご令嬢のアンジュさんと、ルーズベルト伯爵のご令嬢のメープルさん」

 アマーリエ夫人に紹介された後に、二人は頭を下げる。

「そういえば、今日はミハイル王子がいらっしゃるのだとか。楽しみですわ」

「王子はいったい誰と踊るのかしら?」

「私とも是非踊って頂きたいわ」

 舞踏会の注目の的は、ミハイル様だ。王宮から出ない王子を、お目にかかれる機会はなかなか無いものね。

「トルテさんもそう思わなくて?」

 急に話しかけられて、どきりとする。

 正体がメイドだと悟られないように、受け答えには注意しなければ。

「そ、そうですわね」

 そうしているうちに、オーケストラのワルツが会場に流れる。その美しい音色に思わず聞き入っていると、アンジュさんに肩を叩かれる。

「ご覧なさいませ。ミハイル王子ですわ」

「え?」

  フロアを見ると、ミハイル王子がアマーリエ夫人と手と手を取り合い踊っているお姿。豪華なシャンデリアの下で、キラキラ輝く姿はまさしく童話に出てくる王子様だ。

「なんて素敵なんでしょう、お噂通りですわね」

 メープルさんもその様子をうっとりと眺めている。

「もし。私と一曲、よろしいですか?」

 突然、見知らぬ男の人にそう声をかけられ、手を差し出された。

「えっ?」

 メープルさんとアンジュさんは、顔を見合わせて私にほほ笑みかけると、どこかへと行ってしまう。

「いえ、僕と一緒に」

 また横から、もう一人男性が出てくる。

「最初に声を掛けたのは私だ」

「僕も声をかけようとしていた」

「そ、その……私は……」

 どうしよう。私は出来るだけ目立ちたくは無いのだけど。

「すまない。彼女は僕と一緒に踊る約束なんだ」

 目の前に現れたのは、さっきまでアマーリエ夫人と踊っていたミハイル王子だった。

「ミッ、ミハイル王子っ」

 二人の男性は、顔を強ばらせながらすぐに身を引いた。

「ミハイル様、どうして」

「一曲、お相手して下さいませんか?」

 手を差し出す王子は、まっすぐ私を見つめる。透き通るように綺麗な青い瞳の色。

 いつもの内気な王子はどこへ行ってしまったのだろう。堂々としていてまるで別人のよう。

「はい」

 お断りなど出来るわけがない。私は差し出された手に、そっと右手を置いた。

 養成学校で、もちろんダンスも教えられたけれど、メイドがダンスを習ったところで役立つのだろうかと思っていた。

 今やっと、役に立った。

 社交的でないと言われていたミハイル王子だけれど、小さい頃からきちんと教育を受けているだけあって、とても上手だ。

「トルテさん」

「はい」

「その、ドレス……」

「アマーリエ様が見立てて下さって……やっぱり、変ですか?」

「いいえ! その……とても似合っています。いつものトルテさんも素敵ですが、今日は一段とお美しい」

 あ、やっぱりいつもの優しいミハイル王子だ。

「ありがとうございます」

「出来るなら……ずっと、こうしてあなたを独り占めしていたい」

「え?」

 とても小さな声で、何をおっしゃったのかのか、聞き取れなかった。

「いいえ。なんでもありません」

 王子の顔が赤い。

 慣れない場所で、緊張しているのだろうか?

 ミハイル様の手に少し力が入った事が、繋がれた手から伝わる。

「あの娘は、誰だ?」

「あんな美女、そうそうお目にかかれない」

「王子に許嫁はいないと聞いたが、婚約者なのか?」

「お似合いの二人だわ」

 目立つ事は避けなければと思ったのに。どうもフロアは王子と踊った謎の女の話でもちきりだ。
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