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Vegetables―スピンオフ―
St. Valentine's Day 14
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「おい、律って――いい加減説明しろよ」
土曜日の昼時ということもあってショッピングセンターないの飲食店は軒並み客であふれ返っていた。ごちゃごちゃした中での食事はどちらも願い下げで、暗黙の了解というかショッピングセンター内の食品売り場で弁当なんかを買い込んで車を走らせる。
律はこの辺りの地理にも多少通じているらしく、迷うことなくハンドルを切っていた。海岸沿いの待避所に車を停めると、松林を抜けゴツゴツとした白っぽい岩がそびえる砂浜へと下りる。
ここに来るまで律はというとおれの問いかけを見事にかわしてくれていた。
おれの左手にはシルバーのリングがはめられていて、リングに光が反射するたび気恥ずかしく落ち着かない気分になってしまう。
着けて帰るからと、律が箱すらも断ったから外すわけにもいかないんだ――。
「なあって――律」
周りにひと気がないのをいいことに、おれは律の胸元を引っぱって逃げられないように正面から睨みつけた。律はというとそんなおれを困ったように、でもちょっと面白がってるように見下ろしている。
「マーキング」
「は?」
「危なっかしい千章には所有権を主張しておかないとな」
律がやや腰をかがめ顔を近づける。
「見えるトコにこういうの付けてもいいってんなら別に構わねぇんだけど?」
そう言いながら今は服に隠れた首筋を引っぱる。そこにあるのは紛れもないキスマークな訳で――。所有権って……。
「女装とかもうしないから」
苦し紛れの抵抗に律が呆れたように目を細めた。
「ばぁか。普段もだろが。社長から聞いたぞ――この前客に……」
言いかけた律の口を慌てて塞ぐ。周りには誰もいないんだけどおれが聞きたくない。だけどそんなおれの手はアッサリと振り払われ逆に捉えられてしまう。
「閉店後に待ち伏せされて口説かれてたってな?」
「――っ断ったぞ」
「当たり前だ。おまえそんなことがあったって一言も云わなかったよな?」
ってか言わなきゃダメなところなのか? 断ったんだからそれで終わりだとおれは思うんだけど……。
確かに2~3週間ほど前、仕事帰りに常連客の女性から告白されたことはあった。付き合ってる人がいるって正直に言って断って――それってわざわざ言わなきゃダメだったんだろうか。
「言っただろ? おまえに関しては心が狭いって――仕事中に客にヘラヘラ愛想振りまくのもムカついてんだ」
「ヘラヘラ……って。一応接客業なんだし」
「おまえの愛想は気のあるヤツなら勘違いすんだよ」
どう考えても嫉妬としか思えない律の言葉におれは一気に肩の力が抜け落ちた。そういえば事あるごとにおれの営業スマイルは本気に見えるって言われたっけ……。いや、そもそも律自身が最初に勘違いして暴走したんだっけか――。
「だから今日は女のカッコさせたのかよ……」
「俺は別にどっちでもいいけどな。おまえが女のカッコしてるほうが話が早いだろ」
脱力だ――。律ってこういうキャラだったか? それでも意外な一面を垣間見て、それがうれしいとつい思ってしまう。ここまで惚れてもらえてたらそりゃ最高じゃないか。
だからって――。
「仕事中は付けれないぞ」
曲がりなりにも食材を扱う仕事だ。衛生的に指輪なんかとんでもない。
「そのくらい知ってる」
「……かなり恥ずかしいんだけど」
うれしくないわけじゃ決してないけどさすがに恥ずかしさは別問題だ。
でも――。
多分これが律の精一杯なんだと思う。おれは未だに人目が気になるし、堂々と律と並ぶことも躊躇してしまう。律はそんなおれにいつだって合わせてくれてるんだ。
おれが胸を張って律のことを「自分の恋人なんだ」と宣言できるようなタイプなら、きっとこんなものは必要ないんだろうと思う。
これで律が少しでも安心できるなら恥ずかしいくらいどうってことないよな。
「――嫌か?」
少しだけトーンの落ちた律の声にハッと我に返る。
「嫌じゃない。けど指輪とか初めてだから落ちつかない」
「初めてなのか?」
あ、以前の恋人とかのことを言ってるんだ。
「初めてだよ」
こんだけ恥ずかしいと思ってしまうおれがペアリングなんかしてる訳ないじゃないか。催促されて贈ったことならないこともないけど――。
おれの返答に律が心なしかうれしそうにしている。律はいつだって真っ直ぐで飾らない。
「律、ありがとうな――」
「言葉だけか?」
ニヤリと笑う律におれも苦笑を返して――。律の首を抱えて唇を重ねた。
こういうことなんだろ――? 少しだけ唇を離して囁く。
「それじゃ、まだ足りない」
今度は律がおれを引き寄せて唇を合わせる。噛み付くような息苦しいキス――。
――千章、俺はそのままの千章が好きなんだ――
後日、目ざとく見つけた美晴から盛大なからかいを受けたことは言うまでもない……。
<おわり>
土曜日の昼時ということもあってショッピングセンターないの飲食店は軒並み客であふれ返っていた。ごちゃごちゃした中での食事はどちらも願い下げで、暗黙の了解というかショッピングセンター内の食品売り場で弁当なんかを買い込んで車を走らせる。
律はこの辺りの地理にも多少通じているらしく、迷うことなくハンドルを切っていた。海岸沿いの待避所に車を停めると、松林を抜けゴツゴツとした白っぽい岩がそびえる砂浜へと下りる。
ここに来るまで律はというとおれの問いかけを見事にかわしてくれていた。
おれの左手にはシルバーのリングがはめられていて、リングに光が反射するたび気恥ずかしく落ち着かない気分になってしまう。
着けて帰るからと、律が箱すらも断ったから外すわけにもいかないんだ――。
「なあって――律」
周りにひと気がないのをいいことに、おれは律の胸元を引っぱって逃げられないように正面から睨みつけた。律はというとそんなおれを困ったように、でもちょっと面白がってるように見下ろしている。
「マーキング」
「は?」
「危なっかしい千章には所有権を主張しておかないとな」
律がやや腰をかがめ顔を近づける。
「見えるトコにこういうの付けてもいいってんなら別に構わねぇんだけど?」
そう言いながら今は服に隠れた首筋を引っぱる。そこにあるのは紛れもないキスマークな訳で――。所有権って……。
「女装とかもうしないから」
苦し紛れの抵抗に律が呆れたように目を細めた。
「ばぁか。普段もだろが。社長から聞いたぞ――この前客に……」
言いかけた律の口を慌てて塞ぐ。周りには誰もいないんだけどおれが聞きたくない。だけどそんなおれの手はアッサリと振り払われ逆に捉えられてしまう。
「閉店後に待ち伏せされて口説かれてたってな?」
「――っ断ったぞ」
「当たり前だ。おまえそんなことがあったって一言も云わなかったよな?」
ってか言わなきゃダメなところなのか? 断ったんだからそれで終わりだとおれは思うんだけど……。
確かに2~3週間ほど前、仕事帰りに常連客の女性から告白されたことはあった。付き合ってる人がいるって正直に言って断って――それってわざわざ言わなきゃダメだったんだろうか。
「言っただろ? おまえに関しては心が狭いって――仕事中に客にヘラヘラ愛想振りまくのもムカついてんだ」
「ヘラヘラ……って。一応接客業なんだし」
「おまえの愛想は気のあるヤツなら勘違いすんだよ」
どう考えても嫉妬としか思えない律の言葉におれは一気に肩の力が抜け落ちた。そういえば事あるごとにおれの営業スマイルは本気に見えるって言われたっけ……。いや、そもそも律自身が最初に勘違いして暴走したんだっけか――。
「だから今日は女のカッコさせたのかよ……」
「俺は別にどっちでもいいけどな。おまえが女のカッコしてるほうが話が早いだろ」
脱力だ――。律ってこういうキャラだったか? それでも意外な一面を垣間見て、それがうれしいとつい思ってしまう。ここまで惚れてもらえてたらそりゃ最高じゃないか。
だからって――。
「仕事中は付けれないぞ」
曲がりなりにも食材を扱う仕事だ。衛生的に指輪なんかとんでもない。
「そのくらい知ってる」
「……かなり恥ずかしいんだけど」
うれしくないわけじゃ決してないけどさすがに恥ずかしさは別問題だ。
でも――。
多分これが律の精一杯なんだと思う。おれは未だに人目が気になるし、堂々と律と並ぶことも躊躇してしまう。律はそんなおれにいつだって合わせてくれてるんだ。
おれが胸を張って律のことを「自分の恋人なんだ」と宣言できるようなタイプなら、きっとこんなものは必要ないんだろうと思う。
これで律が少しでも安心できるなら恥ずかしいくらいどうってことないよな。
「――嫌か?」
少しだけトーンの落ちた律の声にハッと我に返る。
「嫌じゃない。けど指輪とか初めてだから落ちつかない」
「初めてなのか?」
あ、以前の恋人とかのことを言ってるんだ。
「初めてだよ」
こんだけ恥ずかしいと思ってしまうおれがペアリングなんかしてる訳ないじゃないか。催促されて贈ったことならないこともないけど――。
おれの返答に律が心なしかうれしそうにしている。律はいつだって真っ直ぐで飾らない。
「律、ありがとうな――」
「言葉だけか?」
ニヤリと笑う律におれも苦笑を返して――。律の首を抱えて唇を重ねた。
こういうことなんだろ――? 少しだけ唇を離して囁く。
「それじゃ、まだ足りない」
今度は律がおれを引き寄せて唇を合わせる。噛み付くような息苦しいキス――。
――千章、俺はそのままの千章が好きなんだ――
後日、目ざとく見つけた美晴から盛大なからかいを受けたことは言うまでもない……。
<おわり>
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