Vegetables

二一

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Vegetablesー1-

1日目 月曜日 3

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 そんなわけで、俺は今、女の格好で「葛西ツルさんのホームヘルパー」として、ここ葛西商店に来ている。

 女装といってもヘルパーの仕事だし下は普通にジーンズだ。トップスは小花模様のふんわりとしたチュニックとやらを着せられていて、胸元をみるたびゆらゆら揺れる裾にげんなりする。

「名前はなんていうの?」

「あ、ち……美晴みはるです」

 ここは美晴の名前を借りておくことにする。響きだけなら「ちあき」も女で通るだろうが、万が一ということもある。俺はここにいる間は「夏子の娘、美晴」であって、決して「息子の千章ちあき」ではないのだ。

「じゃあ、美晴ちゃん、申し訳ないんだけどお願いね。おばあちゃんは奥の和室でテレビ見てるわ」

「はい」

 そう返事をし、俺はどきどきしながらも、奥の間へと続く土間を抜けていった。




「ツルさん、おはようございます」

 テレビを見ながら座るツルさんの横に、膝をついて話しかける。小柄なツルさんがくるっと顔を向けてにんまりした。

「夏子さんの娘さんかえ? よぉきてくれたなぁ」

「美晴です。母のようにはいかないと思いますけど、その、よろしくお願いします」

 男っぽくならないようにしゃべるのは意外に難しく、自分で言っていてオカマにでもなった気分で気持ちが悪い。

 ツルさんは特に何も気にならないのか「はい、よろしく」と言ってまた視線をテレビに戻した。

 勤務時間は朝九時から昼の二時まで。仕事はツルさんの住居部分の掃除と、昼食の世話だ。あとはツルさんの話し相手……話し相手って何を話せばいいんだろう。

 とりあえず母に聞いたとおり、掃除道具を出して部屋の掃除から始めることにした。大学の四年間を一人暮らししたため、家事は一通りこなすことができる。炊事にいたっては大黒柱の母に代わって、小学生から台所のすべてを任されたためちょっとした自信すらある。母も最初は娘の美晴に仕込もうとしたのだが、まったくの料理音痴で匙を投げ、息子にお鉢がまわったというわけだ。

 まぁ、料理は好きだし別に苦にもならない。

 一通りの掃除が終わって、台所に入った。まだ昼食の準備にかかるには少し早い。少し悩んでから、熱い煎茶をいれてツルさんのところに持っていった。

「お茶、どうですか?」

「おや、ありがとうねぇ。ほれ、あんたも座りなぁよ」

 ツルさんに手招きされて、座卓の向かいに座った。ツルさんが座卓に乗っている煎餅の鉢を押してくる。

「あ、お……わたしは仕事中なので」

「そんなん、いいねぇ」

 これも話し相手のうちなんだろう。煎餅の袋をひとつ開いて口にする。ツルさんが満足そうに見ていた。どうしてお年寄りというのはこうも人に食べ物を勧めるのが好きなんだろうか。

「あんた、いくつね?」

「あ、二十二歳です」

「そろそろ、お嫁にいくころね?」

「そんな、まだ早いです」

 ツルさんの感覚ではこの年齢は結婚適齢期なのだろうが、さすがにいまどきは早すぎると言われるだろう。いや、そもそも俺は嫁にはいけないけど。

「早いこたないね。うちの孫なんざ、もう二十八になろうか言うのに、いまだ嫁の一人も連れてこやせん。あんた、うちに嫁にこんかね?」

 勘弁してほしい……もうちょっと一般的な話題はないものだろうか。いやでもお年寄りの話はたいがいが身内の話だ。多分、社交辞令というか時節のあいさつのようなものなんだろう。ここは笑って流しておくことにした。

「ツルさん、わたし、そろそろお昼の準備をしてきます」

 そういって半ば逃げるように台所に戻った。さて、今日のメニューはどうしようか。

 母からは冷蔵庫などにあるものを適当に使って作ればいいと聞いている。ツルさんは健啖家で、好き嫌いもほとんどないそうだ。ただ歯がないし飲み込む力が少し弱いため、細かく柔らかくが基本だと言う。

 本来の契約では昼食はツルさんの分だけだが、ついでだからと家族の分も一緒につくってあげていると言っていた。

 台所の配置を一通り確認して、冷蔵庫と食料庫を確認する。八百屋だけあって野菜の種類が豊富だ。

 なんだか楽しくなってきた。

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