3 / 160
Vegetablesー1-
1日目 月曜日 3
しおりを挟む
そんなわけで、俺は今、女の格好で「葛西ツルさんのホームヘルパー」として、ここ葛西商店に来ている。
女装といってもヘルパーの仕事だし下は普通にジーンズだ。トップスは小花模様のふんわりとしたチュニックとやらを着せられていて、胸元をみるたびゆらゆら揺れる裾にげんなりする。
「名前はなんていうの?」
「あ、ち……美晴です」
ここは美晴の名前を借りておくことにする。響きだけなら「ちあき」も女で通るだろうが、万が一ということもある。俺はここにいる間は「夏子の娘、美晴」であって、決して「息子の千章」ではないのだ。
「じゃあ、美晴ちゃん、申し訳ないんだけどお願いね。おばあちゃんは奥の和室でテレビ見てるわ」
「はい」
そう返事をし、俺はどきどきしながらも、奥の間へと続く土間を抜けていった。
「ツルさん、おはようございます」
テレビを見ながら座るツルさんの横に、膝をついて話しかける。小柄なツルさんがくるっと顔を向けてにんまりした。
「夏子さんの娘さんかえ? よぉきてくれたなぁ」
「美晴です。母のようにはいかないと思いますけど、その、よろしくお願いします」
男っぽくならないようにしゃべるのは意外に難しく、自分で言っていてオカマにでもなった気分で気持ちが悪い。
ツルさんは特に何も気にならないのか「はい、よろしく」と言ってまた視線をテレビに戻した。
勤務時間は朝九時から昼の二時まで。仕事はツルさんの住居部分の掃除と、昼食の世話だ。あとはツルさんの話し相手……話し相手って何を話せばいいんだろう。
とりあえず母に聞いたとおり、掃除道具を出して部屋の掃除から始めることにした。大学の四年間を一人暮らししたため、家事は一通りこなすことができる。炊事にいたっては大黒柱の母に代わって、小学生から台所のすべてを任されたためちょっとした自信すらある。母も最初は娘の美晴に仕込もうとしたのだが、まったくの料理音痴で匙を投げ、息子にお鉢がまわったというわけだ。
まぁ、料理は好きだし別に苦にもならない。
一通りの掃除が終わって、台所に入った。まだ昼食の準備にかかるには少し早い。少し悩んでから、熱い煎茶をいれてツルさんのところに持っていった。
「お茶、どうですか?」
「おや、ありがとうねぇ。ほれ、あんたも座りなぁよ」
ツルさんに手招きされて、座卓の向かいに座った。ツルさんが座卓に乗っている煎餅の鉢を押してくる。
「あ、お……わたしは仕事中なので」
「そんなん、いいねぇ」
これも話し相手のうちなんだろう。煎餅の袋をひとつ開いて口にする。ツルさんが満足そうに見ていた。どうしてお年寄りというのはこうも人に食べ物を勧めるのが好きなんだろうか。
「あんた、いくつね?」
「あ、二十二歳です」
「そろそろ、お嫁にいくころね?」
「そんな、まだ早いです」
ツルさんの感覚ではこの年齢は結婚適齢期なのだろうが、さすがにいまどきは早すぎると言われるだろう。いや、そもそも俺は嫁にはいけないけど。
「早いこたないね。うちの孫なんざ、もう二十八になろうか言うのに、いまだ嫁の一人も連れてこやせん。あんた、うちに嫁にこんかね?」
勘弁してほしい……もうちょっと一般的な話題はないものだろうか。いやでもお年寄りの話はたいがいが身内の話だ。多分、社交辞令というか時節のあいさつのようなものなんだろう。ここは笑って流しておくことにした。
「ツルさん、わたし、そろそろお昼の準備をしてきます」
そういって半ば逃げるように台所に戻った。さて、今日のメニューはどうしようか。
母からは冷蔵庫などにあるものを適当に使って作ればいいと聞いている。ツルさんは健啖家で、好き嫌いもほとんどないそうだ。ただ歯がないし飲み込む力が少し弱いため、細かく柔らかくが基本だと言う。
本来の契約では昼食はツルさんの分だけだが、ついでだからと家族の分も一緒につくってあげていると言っていた。
台所の配置を一通り確認して、冷蔵庫と食料庫を確認する。八百屋だけあって野菜の種類が豊富だ。
なんだか楽しくなってきた。
女装といってもヘルパーの仕事だし下は普通にジーンズだ。トップスは小花模様のふんわりとしたチュニックとやらを着せられていて、胸元をみるたびゆらゆら揺れる裾にげんなりする。
「名前はなんていうの?」
「あ、ち……美晴です」
ここは美晴の名前を借りておくことにする。響きだけなら「ちあき」も女で通るだろうが、万が一ということもある。俺はここにいる間は「夏子の娘、美晴」であって、決して「息子の千章」ではないのだ。
「じゃあ、美晴ちゃん、申し訳ないんだけどお願いね。おばあちゃんは奥の和室でテレビ見てるわ」
「はい」
そう返事をし、俺はどきどきしながらも、奥の間へと続く土間を抜けていった。
「ツルさん、おはようございます」
テレビを見ながら座るツルさんの横に、膝をついて話しかける。小柄なツルさんがくるっと顔を向けてにんまりした。
「夏子さんの娘さんかえ? よぉきてくれたなぁ」
「美晴です。母のようにはいかないと思いますけど、その、よろしくお願いします」
男っぽくならないようにしゃべるのは意外に難しく、自分で言っていてオカマにでもなった気分で気持ちが悪い。
ツルさんは特に何も気にならないのか「はい、よろしく」と言ってまた視線をテレビに戻した。
勤務時間は朝九時から昼の二時まで。仕事はツルさんの住居部分の掃除と、昼食の世話だ。あとはツルさんの話し相手……話し相手って何を話せばいいんだろう。
とりあえず母に聞いたとおり、掃除道具を出して部屋の掃除から始めることにした。大学の四年間を一人暮らししたため、家事は一通りこなすことができる。炊事にいたっては大黒柱の母に代わって、小学生から台所のすべてを任されたためちょっとした自信すらある。母も最初は娘の美晴に仕込もうとしたのだが、まったくの料理音痴で匙を投げ、息子にお鉢がまわったというわけだ。
まぁ、料理は好きだし別に苦にもならない。
一通りの掃除が終わって、台所に入った。まだ昼食の準備にかかるには少し早い。少し悩んでから、熱い煎茶をいれてツルさんのところに持っていった。
「お茶、どうですか?」
「おや、ありがとうねぇ。ほれ、あんたも座りなぁよ」
ツルさんに手招きされて、座卓の向かいに座った。ツルさんが座卓に乗っている煎餅の鉢を押してくる。
「あ、お……わたしは仕事中なので」
「そんなん、いいねぇ」
これも話し相手のうちなんだろう。煎餅の袋をひとつ開いて口にする。ツルさんが満足そうに見ていた。どうしてお年寄りというのはこうも人に食べ物を勧めるのが好きなんだろうか。
「あんた、いくつね?」
「あ、二十二歳です」
「そろそろ、お嫁にいくころね?」
「そんな、まだ早いです」
ツルさんの感覚ではこの年齢は結婚適齢期なのだろうが、さすがにいまどきは早すぎると言われるだろう。いや、そもそも俺は嫁にはいけないけど。
「早いこたないね。うちの孫なんざ、もう二十八になろうか言うのに、いまだ嫁の一人も連れてこやせん。あんた、うちに嫁にこんかね?」
勘弁してほしい……もうちょっと一般的な話題はないものだろうか。いやでもお年寄りの話はたいがいが身内の話だ。多分、社交辞令というか時節のあいさつのようなものなんだろう。ここは笑って流しておくことにした。
「ツルさん、わたし、そろそろお昼の準備をしてきます」
そういって半ば逃げるように台所に戻った。さて、今日のメニューはどうしようか。
母からは冷蔵庫などにあるものを適当に使って作ればいいと聞いている。ツルさんは健啖家で、好き嫌いもほとんどないそうだ。ただ歯がないし飲み込む力が少し弱いため、細かく柔らかくが基本だと言う。
本来の契約では昼食はツルさんの分だけだが、ついでだからと家族の分も一緒につくってあげていると言っていた。
台所の配置を一通り確認して、冷蔵庫と食料庫を確認する。八百屋だけあって野菜の種類が豊富だ。
なんだか楽しくなってきた。
0
お気に入りに追加
415
あなたにおすすめの小説
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
すてきな後宮暮らし
トウ子
BL
後宮は素敵だ。
安全で、一日三食で、毎日入浴できる。しかも大好きな王様が頭を撫でてくれる。最高!
「ははは。ならば、どこにも行くな」
でもここは奥さんのお部屋でしょ?奥さんが来たら、僕はどこかに行かなきゃ。
「お前の成長を待っているだけさ」
意味がわからないよ、王様。
Twitter企画『 #2020男子後宮BL 』参加作品でした。
※ムーンライトノベルズにも掲載
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話
ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。
悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。
本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
少年売買契約
眠りん
BL
殺人現場を目撃した事により、誘拐されて闇市場で売られてしまった少年。
闇オークションで買われた先で「お前は道具だ」と言われてから自我をなくし、道具なのだと自分に言い聞かせた。
性の道具となり、人としての尊厳を奪われた少年に救いの手を差し伸べるのは──。
表紙:右京 梓様
※胸糞要素がありますがハッピーエンドです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる