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第2章 主要人物として

第65話 「財布の中身」

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 二日目の朝。

 早朝、早起きしたラケル師匠に叩き起こされた。
 真夜中に起きてソーニャと話をしていたせいか、まだ眠かったのだが、ラケル師匠に足を引っ張られ強引にベッドから放りだされてしまう。

 ソーニャも床にゴロンと転がって、口元に涎を垂らしながら目を覚ました。

「おはよう二人とも」
「……おはようございます」
「……おはようっす」




 宿屋でのチェックアウトを済ませた後、適当にそこらへんで食事をとる。

 腹を満たしたあとに、劇団探しを再開する。
 入国した東門の付近でしか探していなかったので、今度は町のもっと奥を探すことにした。

 居住区でフードをずっと被っていると衛兵に怪しまれそうなので、三人で女魔術師がよく被っている尖がり帽子を被ることにした。
 面積広めの鍔で顔を覆えば、あながちバレないのかもしれない。

 ちなみに全部、ラケル師匠のスペアだ。
 あと五つは持っているらしい。

 これなら怪しまれることはないだろう。
 実際、俺も魔術見習いだし、怪しまれた場合は魔術の一つや二つを目の前で披露してやろう。

 しかし万が一、魔力を抑えるのを失敗して相手を怪我させてしまったら終わりだ。

 こういう時はあえて堂々としていた方が正解なのかもしれない。
それに道行く人々は、かなり奇抜な服装の人が多かった。花をコンセプトにした町なので女男限らず女々しい。
 花の髪留め、花模様の服などなど慣れない光景ばかりだ。

「あっ、すまない」

 誰かと肩をぶつけたラケル師匠は、反射的に相手に謝った。
 そしてキョトンと、目を見開いた。

 ここまで動揺しているラケル師匠を今まで見たことがないぐらいの表情だ。

 先ほど肩をぶつけた相手が走っていたからだ。
 別に、街中を走るぐらいなら何の問題はない。
 問題なのはその相手、男が手に持っているものだ。

 それは紛れもなくラケル師匠の所有物。
 俺たちの全財産が入った、彼女の財布である。

 ラケル師匠を、俺たちを小馬鹿にするように男は笑いながら走っていた。

 その瞬間、もう終わりだと思った。

 ちなみに『財布』がではなく、あの『スリ』のことである。


「ほほう……私から物を奪おうなんて……いい度胸じゃないか」

 ニッコリと笑っているが、目がまったく笑っていないラケル師匠は杖に魔力を込めた。
 すると、そこらの建物や地面に生えていた植物のツタが男を追う。

 男は腰に隠していた短剣で、一斉に襲いかかるツタを切り裂いた。

 短剣は炎に包まれていた、刃に魔術の影響を与える【魔術付与《ソーサリーエンチャント》】だ。
 魔術師が剣士より劣る要因の一つである。


 人混みに紛れ、見えなくなってしまった男を追うために走りだそうとするが、

「待て」

 ラケル師匠に呼び止められてしまう。
 とっさに足にブレーキをかけ、なんとも言えない表情のラケル師匠に「何故?」と言わんばかりの視線を向けた。
 このまま追いかければ捕まえられたかもしれないのに。

「かなり手練れたスリだな。人混みに紛れば魔術を無闇に使うことができない、という魔術師への対策。上級並みの剣術。追跡された場合のことも想定して返り討ちに遭うかもしれない」
「でも財布が……!」

「なぁに、私に任せたまえ」

 ベキッ、ゴキッ。
 指の関節を鳴らしながら終始笑顔でラケル師匠は言った。




 ———




 薄暗い、裏路地にて。
 スリの男は、汗だくになりながら勝利のガッツポーズをとっていた。

「ふっ、俺の手にかかれば魔術師相手だろうと盗むなんて簡単だっつーの」

 いつもは町の住人から財布を抜きとっていたが、飲み仲間の話によると旅人や観光客の方が金を持っている場合が多いらしい。
 旅人の多くは靴裏や帽子裏、体の中にも隠したりするので盗むのなら観光客がうってつけだと言っていた。

 五日後、有名な劇団による公演がこの町で行われるからか遥々ほかの国からやってくる観光客がわんさかだ。

 だからスリの男は、あの三人を選んだのだ。
 子供三人が危険な旅をしているはずがない。
 どうせ良いところの坊ちゃん嬢ちゃんが親の脛をかじって、この町に来たのだろう。
 植物のツタで捕まえてこようとした、特に年下であろうあの少女のほうは多少やるようだったが。

「さぁて、どれどれ……」

 子供から抜き取ったお金だろうと関係ない。
 世の中は弱肉強食だ。
 奪われた者が敗者で、奪えた者が勝者というのがこの世界の摂理。
 誰の金であろうと、これはもう自分のものだ。

「なっ」

 男は財布の中身を確認して、絶句した。




「……………………………少なっ」


 大金を期待して財布を開けば、飯屋の安い料理を一食しか食べられないぐらいの金額しか入っていなかったのだ。
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