上 下
9 / 10

第9話 「ホムンクルスの奪取」

しおりを挟む
 

 ——これは、エミリオが洞窟の最深部に潜んでいたエルダーオーガーを淘汰した翌日の話。



 とある霧のかかった不穏な屋敷、その門の前には体格差のある二つの人影が佇んでいた。

 高い身長、大柄の黒いフードを被った人影は門へと指をさし、魔術を発動する前兆である強力な魔力渦を周囲に漂わせる。

 人影は小さく呟いた後、魔法を解き放った。

「……《ヘレス》」

 指のさされた門は、まるで崖から投げ落とされた如くに大きく捻れながら、その原型を崩壊させた。

 門は敷地内の噴水にめがけて吹っ飛び、衝突すると周辺に石床の欠片が舞う。

 しかし、そんな事も気にせず通過可能となった屋敷を我が物顔で二つの影が足を踏み入れた。

 大柄の人影は、腰辺りにしか満たない小柄な身長の人影へと命令を下す。

「……中の奴らを一人残らず排除しろ」

 命令された方の人影は、なにも言い返すことなく小さな頭で頷く。

 そのまま大柄な人影の隣から消え去るように、瞬時に屋敷へと走り抜けていってしまう。

 大柄の人影は黒いローブを革の手袋で掴み、脱ぎ捨てた。
 どこにでもいる、中年のような多少老けた容貌の男は時間を確認することができる物珍しい代物の『時の針』を取り出す。

 ちょうど零時であることを確認すると、命令を下した人影を追うように小さな歩幅で屋敷へと向かった。

「………」

 無残に切り刻まれた扉を男は目の当たりにして、複雑な心境に蝕まれると呆れたように溜息を吐き捨ててしまう。

 そのまま内部へと侵入し、屋敷の裏へと出られる裏口を目指して歩く。

 途中、男は鼻を刺激してしまう鉄の臭いに何度も遭遇する。

 廊下を進んでいると、皮を剥がされたように容赦なく切り刻まれた死体が大量に転がっていた。

 進めば進むほど、丁寧になっていく肉塊を眺めていると博物館を連想させられる。

「た……助けてくれ」

 その中、死体に紛れて僅かに息のある者を発見する。

 苦痛に顔を歪め、穴という穴から血に混ざるように液体を流す生存者の醜い有様を見下ろし、必死に生へとすがろうとする姿に男は堪えきれずに嘲笑う。

「どうか助けてください……お願いします……死にたくない……」

 希望を抱く瞳に映り込んだ無慈悲な男は、なんの迷いもなく答えた。

「断る」

 何も知らずに自分へと救いを求めるだなんて、愚かで甚だしい。
 愉快そうに生存者へと近づき、男は素手で背中を貫きトドメを刺した。

 男がこの屋敷に訪れたのには理由がある。
 魔力を人族に与え、初代大賢者と謳われた『ミア』を教祖に信仰している『精霊教』の信徒を一人残らず殲滅するため。

 なにより大賢者自身が自分をベースにして残した『ホムンクルス』の実体を回収する為に男は『精霊教』の拠点を襲撃していた。

 この屋敷も狙いの拠点の一つだ。
 だから生き残りを発見すれば、生かすことはない。

 目撃されて逃げられれば、今まで外部にバレないよう隠していた素顔が明らかになってしまう。

「………ふむ」

 広い屋敷の中を数十分間、人の肉塊を避けながら彷徨い続けていると男は裏口へと辿りついた。

 沈黙しながら、扉を蹴り壊して屋敷の裏にある墓地へと出る。
 蔓延する霧のせいで視界が多少ボヤけてしまっているが、裏口から真正面をひたすら進めば目的の場所へと到着できる筈だ。

 男は地面を見下ろす。
 人間でも引きずって行ってたのか、血の跡が前方の地面にまで長く伸びている。

 混沌とした殺戮現場というべきか。
 血の線に沿って進んでいると、男はふたたび複数もの鋭利な凶器によって切り刻まれた死体と何度か遭遇してしまう。

「あ! ご主人様、やっとの到着ですか~?」

 男は足を止め、プレート型の墓石を前にする。
 血の付着したメスのよう小さな凶器を指で回転しながら、竿石の上に座り込む少女がいた。

 肩まで伸びた艶かな桃色の髪、純朴な瞳。
 いかにも影に潜みそうな黒と灰で統一したホットパンツ、貧相な胸を包んだチュープトップと短くてゴシックな雰囲気の上着。
 かなり露出度の高いを服装を少女は着ていた。

 使用した凶器が二本だけなのか、レッグホルスターに納められた刃物には返り血が付着していない。

 暗闇の中、猫を彷彿とさせるぐらい月光に反射する瞳を男に向けながら嬉しそうに手をふった。

 だが男は不機嫌そうに彼女へと近づき、頭を軽くコツンと叩く。

「いたっ!」

「連中を一人残らず排除しろと言ったはずだ。生き残りがまだチラホラ居たんだぞ」

「トドメは全員ちゃんと刺したつもりだったんだけどなぁ……なんて」

 頭を押さえながら、少女はまるで反省していないかのような気の抜けた声で返答をする。
 男は呆れたように肩を落とし、彼女をほっといて墓地の真ん中に佇む小屋へとむかう。

「え、ちょっ、ご主人様?」

「反省をしないのなら、ここに置いていくぞ」

「えぇ、そんな! ご主人様と離れるなんて嫌だよ! 反省するから可愛いジャスちゃんを置いていかないで~!」

 少女は驚いたように口を開きながら墓石から飛び降り、困った小動物のように男を追いかけた。

 いま少女は自分のことを『ジャスちゃん』と呼んだのだが、単なるあだ名で実際の名前は『ジャスミン』。
 男とは師弟関係にあり、ジャスミンは肉眼では見えない大気の魔力を物質化せずに直接操作する魔術を習っていた。

 たとえば、敵が遠い距離にいる場合。
 魔法を解き放つには、まずは魔力を変質して物質化させなければいけない。

 単純に思えるような作業だが、必要分の魔力を体内へと吸収してから詠唱を行う。
 魔法を構成するまでの段階がハッキリ言って手間なのだ。

 そもそもジャスミンは魔術という分野自体が苦手なため、発動までに費やす時間が長い。

 なので大気の魔力を操作することにだけ専念。
 おかげか空中へと投げた刃物を大気の魔力で包み込み、応用することによってジャスミンは武器の遠隔操作を可能にしたのだ。

 いまでは投げた刃物を途中で加速させたり、飛ぶ方向を曲げたりするのが彼女の得意魔術となっていた。

「わぁ、不気味な小屋~」

「………」

 不自然と墓地佇む小屋の内部へと侵入すると、そこには地下へと続く階段が続いていた。
 まさか霊安室へと辿り着くのだろうか、ジャスミンのわざとっぽい演技を尻目にしながら男は静かに段差を踏みしめるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!

石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。 クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に! だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。 だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。 ※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

勇者に見捨てられて死んだ大賢者はゴブリンに転生したので、魔王の配下になって魔族の軍勢を率いる大賢者になる

灰色の鼠
ファンタジー
ある日を境に呪いによって魔力を弱体化されてしまった心優しき大賢者アルフォンスと、その仲間(仮)である勇者パーティと魔物討伐という依頼で洞窟に潜っていた。 しかし運悪く最奥部でドラゴンと遭遇してしまい、前々から「大賢者」の力に嫉妬していたクズ勇者にアルフォンスは囮にされてしまい、仲間たちは全員逃走。 弱体化された状態のアルフォンスは必死に抗うも、羽虫のようにドラゴンに喰われて死んでしまった。 だが、意識を取り戻すとゴブリンの姿になっていた!? それに、呪いで弱体化されていた『賢者の魔力』が使用可能になったアルフォンスは、魔族としての道を踏みしめるのであった。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

奴隷と呼ばれた俺、追放先で無双する

宮富タマジ
ファンタジー
「レオ、お前は奴隷なのだから、勇者パーティから追放する!」 王子アレンは鋭い声で叫んだ。 奴隷でありながら、勇者パーティの最強として君臨していたレオだったが。 王子アレンを中心とした新たな勇者パーティが結成されることになり レオは追放される運命に陥った。 王子アレンは続けて 「レオの身分は奴隷なので、パーティのイメージを損なう! 国民の前では王族だけの勇者パーティがふさわしい」 と主張したのだった。

勇者に大切な人達を寝取られた結果、邪神が目覚めて人類が滅亡しました。

レオナール D
ファンタジー
大切な姉と妹、幼なじみが勇者の従者に選ばれた。その時から悪い予感はしていたのだ。 田舎の村に生まれ育った主人公には大切な女性達がいた。いつまでも一緒に暮らしていくのだと思っていた彼女らは、神託によって勇者の従者に選ばれて魔王討伐のために旅立っていった。 旅立っていった彼女達の無事を祈り続ける主人公だったが……魔王を倒して帰ってきた彼女達はすっかり変わっており、勇者に抱きついて媚びた笑みを浮かべていた。 青年が大切な人を勇者に奪われたとき、世界の破滅が幕を開く。 恐怖と狂気の怪物は絶望の底から生まれ落ちたのだった……!? ※カクヨムにも投稿しています。

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)

異世界転生漫遊記

しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は 体を壊し亡くなってしまった。 それを哀れんだ神の手によって 主人公は異世界に転生することに 前世の失敗を繰り返さないように 今度は自由に楽しく生きていこうと 決める 主人公が転生した世界は 魔物が闊歩する世界! それを知った主人公は幼い頃から 努力し続け、剣と魔法を習得する! 初めての作品です! よろしくお願いします! 感想よろしくお願いします!

処理中です...