5 / 10
第5話 「譲られる討伐の依頼」
しおりを挟むラシル村。
『烏合の衆』という名の酒場。
「酒場もあったんだね、それもかなりの冒険者の数が……」
酒場内の隅の席で。馬鹿騒ぎをする冒険者らをノエルと共に呆然としながら眺める。
どれだけ飲めるのかを競争する者達。
拳で喧嘩をする者達。
反省会を行う冒険者パーティ一行。
村の住人の方が少ないような気がした。
店は冒険者の方々に占拠されてしまっている。
空寸前の財布を見ながら頭を抱えるノエル。
深刻そう形相を浮かべている。
金欠であることがあからさまだ。
「まさかお金で頭を悩ませる日がやってくるだなんて……」
「あの、ノエルちゃん?」
テーブルを叩きながら再び呼んでみると、眉をピクリとさせながら振り向いてきた。
涙目だったけど、僕の顔を見るわノエルは涙をすぐさま拭い、髪をかきあげながら微笑んできた。
「ひゃい、えっと、なぁに!」
作り笑いなのが見え見えだ。
あえてツッコまないでおこう。
「なんだか他の酒場と打って変わってここは騒がしいよね。なにかのイベントでもあるの?」
「んん、私もこの村に来たばかりだからさっぱり分からないけど、多分だけど大討伐が行われると思うよ?」
「え……大討伐だって?」
大討伐。
聞くだけで恐ろしい。
とある辛い記憶が蘇る。
あれは確か『荷物持ち』の僕が勇者ユーリス達と、ある大規模な依頼を受けたときのことだ。
討伐対象は洞窟の最奥を住まいにしている巨大なオロチとヒュドラの二匹。
総百人以上もの冒険者が集結し、大規模な討伐作戦戦を決起させたのだ。
そこはまさに地獄。
開始して五分という短時間で冒険者たちの三分の一が削られる。
何とかして敵を分断して各位で臨機応変に対応していたが、どこぞのバカ勇者の無茶のせいでさらに犠牲者が多発。
結局はそれすら帳消しするぐらいの活躍を見せたが、ユーリスが周囲にもっと気を遣って立ち回っていれば犠牲者を減らせるはずだった。
そう、大討伐というイベントは悪い記憶以外のなんでもない。
しかもそれが、この村の近くで開始するときた。
腰が抜けてしまいそうだ。
それでも僕には関係のない話か。
あまり触れないでおこう。
「まるで化け物にでも遭遇したような顔になっていますけど。エミリオさん大丈夫ですか?」
不思議そうにノエルが僕の顔を覗き込んできた。
僕も彼女の方に視線を向けると、真正面から目が合ってしまった。
「あっ」
途端、ノエルは視線に耐えきれずに恥ずかしそうに唇を震えさせながら顔を逸らしたのだった。
この年頃じゃ異性を意識するのは自然の摂理だけれど、来年で成人する僕まで恥ずかしくなっていた。
「———おおっと君たち、熱々のところを申し訳ないがっ!」
目の前のテーブルに酒の入ったグラスが叩きつけられる。
大剣を背負った赤髪の中年男性が割り込んできた。
僕とノエルを交互に見ながらニヤケている。
「あれま、あれま、あれま。見たとこ君たち新顔だね。冒険者やってんの?」
「ええ、まあ……新人なんですけど」
男性は席へと座り、笑いながら続けた。
馴れ馴れしいのは悪いことではない、けどこういった人柄はあまり好かない方だ。
嫌な予感がぷんぷんする。
口調と見た目がユーリスに似ているのもあるな。
「新人か、初心から始めるのって楽しいよな。知識のないまま冒険を始めてさ。未知の領域や隠された迷宮。そこを探索したり歩き回ったりするのが冒険者の醍醐味っていうか、ホレ、分かるだろ言ってることが」
男性は酒をグイッと飲み干した。
そして新しいのを注文する。
「しっかし、アンタさんの隣にいる女の子すげぇ可愛い顔をしてんなぁ」
「ひっ、へ? わ、私ですか!?」
男性に唐突に容姿のことを褒められ慌てだしてしまうノエル。
「ひゅ~可愛いね、名前なんて言うの?」
「は? えっと」
青年の問いに困ったような顔を浮かべるノエル。
「私、アイリンです……」
「おお、アイリンちゃんっていうのか。名前まで素敵だなんて、ますます俺ちゃんのタイプ♪」
真顔で偽名を口にするノエル。
おもわず彼女に関心してしまう自分がいた。
知らない大人には個人情報を話すな。
賢明なことだ、非常に。
「んで、君の方は?」
男性はピンっと指を差しながら僕に振ってきた。
ノエルが可愛い子なのは事実だ。
僕もそう思っている。
だからこそ男性が僕の方にはあまり興味を抱くことはないと思ったのだけれど、そうではないらしい。
「エミリオです」
勇者と同行していたのは伏せておく。
ノエルのような反応でもされたら困るし、誤解されても僕にはそれを証明するほどの実力がない。
荷物持ちだったことも口が裂けても言いたくない。
隣をみると、ノエルは小さな指を唇に当てながらこっちの方を見上げていた。
内緒という意味なのか、健気で可愛い。
「エミリオか、いい名前だなぁ。真っ直ぐで情熱的な感じがするぞ。あ、ちなみに俺の名前は『ロード』よろしくな新人さん達」
まさかの褒められるパターン。
さらにウィンクをかまされる。
どう見てもノエルをナンパしているようだったので多少の警戒をしていたものの、あの勇者ユーリスとは違って気さくで面白そうな人だ。
「そういや君たち、さっき話していた内容が偶然耳に入っちまったけどよ。アイリンちゃんの言う『大討伐』が開始されるかもしれないのは正解だ。だけれど必ずではない。この村周辺に『うろついていた』って情報だけで現在はまだ、対象は発見できていない行き止まり状態なんだよ」
ロードさんは右手をひょいと上げながらお手上げ、といった感じの表情を浮かべる。
「この領を治めている辺境伯が慌てて依頼を出したのはいいけどよ、三日前から調査しても発見出来ないってなると明日には中断しちまうかもしれない。まったく、ここまで来て割に合わねぇよな」
「え、調査ってどこのですか?」
「そりゃ、迷宮とか森とか洞窟をだよ。俺の予想だけど、たぶん未攻略の迷宮にいるかもと踏んで調査してんだ」
あれ? 他にも探すべき場所があるのでは?
そう、例えばだけど、
「攻略済みの迷宮とかを視野に入れたりは、しなかったんですか?」
「ああ?」
少し怪訝そうな表情を作るロードさんだったが、すぐに平常心を取り戻して言った。
「どの魔物が好き好んでそんな所を拠点にするんだよ? 丸裸状態も当然だぞ。いちいちそんな手間をかけてちゃ時間なんてあっというまだ」
つまり、まだ攻略済みの迷宮の探索はしていない、と解釈してもいいだろうか。
ノエルも同じことを考えているのか、ロードさんの言葉に少し驚いた様子をみせている。
「相手は『エルダーオーガー』だ。知っているだろ? 和の大国に生息している魔物、いわば鬼だよ」
鬼、その単語を聞いた途端にノエルが口を挟む。
「鬼って確か人の言葉をしゃべれる、あの魔物なんですよね?」
「ああ、アイリンちゃんの言うとおり言語を理解して使用する知識のある魔物なのさ。それだけじゃない。奴には周囲の魔物を統括しちゃう能力をも備わっている。ゴブリンやオーク、虫系の魔物だってなんでも言いなりにしちゃう」
「ずいぶんと厄介なのを調査しますね」
僕がそう言うと、そうだといわんばかりにロードさんは苦笑いした。
「おいおい、俺だって考えなしに依頼を受けた訳じゃねぇんだぜ? こう見えても、この村から東方に離れた都市では腕利きの良いベテランなんだって、超有名なのさ」
そう言いながら胸を叩くロードさん。
とてもそうとは見えないのが正直な印象だ。
「お、そうそう。アイリンちゃんが深刻そうな顔をしていたから声をかけたんだったな……!」
ロードさんはごそごそと自分の荷物の中をいじくると、紙のようなものを一枚取り出してソレをみせてきた。
「二人とも、駆け出しなんだから金欠だってことがすぐ分かったよ」
「ひぇ! どうしてソレを!?」
ノエルが目を大きく見開きながら驚いた。
まあ、痩せた財布を一点に見つめながら頭を抱えていたら……。
「こんな村には冒険者ギルドなんてねぇからよ、ついでに隣町で受けた討伐依頼があってな。お前らに譲ってやるよ」
「いいんですか!?」
真っ先にノエルが反応して大声を上げる。
隣町までの移動には金が必要だ。
それか徒歩で移動するしかない。
最悪、道中で盗賊や魔物が襲撃してくる可能性もあるけど。
冒険者に護衛を頼めばいいけどそれも金が………。
「おうよ、二人には見所がある。昔の俺みたいな目をしているよ。特に君、エミリオ」
ロードさんは僕を真っ直ぐに見つめながら言った。
「なにか大きな運命を背負っている瞳だ。それが何なのかは分かんねぇけど。君自身はもう自覚してんだろ?」
「……!」
まるで全てを見透かされているようだ。
あの時の後悔はまだ、ちゃんと拭えていないのは確かなんだ。
ユーリス、リール、ジュリア。
逢いたい、会ってきちんと話をしたい。
僕の過ちを、どうして自分を嫌いになったのかを本人たちから聞き出したい。
話を聞いて、そしてしっかり納得したいんだ。
「男のクセに、女の前で泣くんじゃねぇよ」
「え?」
頰に温かい涙が流れていた。
無意識でだ。
最近の涙腺が緩くなっているような気がする。
「ありがとう……ロードさん。ありがとうございます。会ったばかりの見ず知らずの僕たちに———」
「喜ぶのはまだ早いぞ。ホレこれも受け取りな」
そう言いロードはまた何か懐の方から取り出し、投げ渡してきた。
布袋。
中身を確認してみると十分と言えるほどの金が入っていた。
「えっ、ちょっとロードさん! 流石にコレを受けとるわけには……!」
「言っただろ、君らには見所があるってな。それを使ってその貧相な装備をどうにかしな。特に防具の方を硬くしろよなエミリオ。アイリンちゃんは魔術士だから武器なんて買い換えなくてもいいからね」
何度も頭を下げて感謝をした。
泣きそうになった、優しすぎるぞこの人。
「いや、気にしなくていいよ。俺もいいもんが見れたし何よりお前に興味がわいた」
ニシシと笑ってみせる表情が子供っぽい。
無謀だろうとどこまでも探求しようとする印象の人だ。
「それにアイリンちゃん!」
だらしない顔になった。
やはり先ほどの評価を撤回しよう。
「は、はい!」
「俺ってかわいい女の子が好きでさ、もしも困ったことがあるならいつでも声をかけてくれ」
「でも、私にはもうエミリオさんが……」
恥ずかしそうに言ってみせたノエル。
横目で見られ僕も心臓がバクバクとしていた。
「ヒュー朝っぱらからお熱い」
「「そんな事ないですよ!!」」
「息ぴったりで羨ましいね―――」
突然、ロードさんの後頭部にめがけて拳が放たれた。
メキッと立ててはならない音が聞こえた。
鼻血を放出しながらロードさんが吹っ飛んだ。
「ねぇロードさぁ。あまり新人を虐めるなって言ってんのに早々に問題を起こそうとしやがって!!」
赤髪の、目が鋭い女性だ。
相当なイラつき具合がロードさんに向けられていた。
それでもロードさんは力ない声だが「ははは」と満面の笑顔だ。
「エミリオ君たちをお誘いしているだけだよ。いつものようなナンパじゃないぞ」
この人、なんでそんな爽やかでいられるのだ。
侮れない、さすがは冒険者だけある。
「あんた、またそうやって強引に勧誘をして人様に迷惑をかけやがって……!」
指の関節を鳴らしながら、顔を青ざめ震えるロードさんに赤髪の女性は距離を近づけた。
「ご、誤解だ! 俺がやっていたのは新人への支援活動だよ! そ、そうだろ君達!!」
「まだ何も知らないのに迷惑をかけてゴメンなさいね、お二人方。今度はこんな奴に騙されないよう、くれぐれも気をつけてよね?」
赤髪の女性はこちらに微笑みながら忠告すると、ロードさんの襟を掴んで酒場の外まで引きずっていってしまった。
「だから、誤解だぁぁぁぁああ!!」
悲鳴が木霊していくが次第に小さくなっていく。
ノエルと視線を交えながら無言で思った。
嵐が去ったんだと。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
勇者に見捨てられて死んだ大賢者はゴブリンに転生したので、魔王の配下になって魔族の軍勢を率いる大賢者になる
灰色の鼠
ファンタジー
ある日を境に呪いによって魔力を弱体化されてしまった心優しき大賢者アルフォンスと、その仲間(仮)である勇者パーティと魔物討伐という依頼で洞窟に潜っていた。
しかし運悪く最奥部でドラゴンと遭遇してしまい、前々から「大賢者」の力に嫉妬していたクズ勇者にアルフォンスは囮にされてしまい、仲間たちは全員逃走。
弱体化された状態のアルフォンスは必死に抗うも、羽虫のようにドラゴンに喰われて死んでしまった。
だが、意識を取り戻すとゴブリンの姿になっていた!?
それに、呪いで弱体化されていた『賢者の魔力』が使用可能になったアルフォンスは、魔族としての道を踏みしめるのであった。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。
モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。
日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。
今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。
そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。
特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。
これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅
聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。
ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語
ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。
変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。
ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。
タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)
【完結】家庭菜園士の強野菜無双!俺の野菜は激強い、魔王も勇者もチート野菜で一捻り!
鏑木 うりこ
ファンタジー
幸田と向田はトラックにドン☆されて異世界転生した。
勇者チートハーレムモノのラノベが好きな幸田は勇者に、まったりスローライフモノのラノベが好きな向田には……「家庭菜園士」が女神様より授けられた!
「家庭菜園だけかよーー!」
元向田、現タトは叫ぶがまあ念願のスローライフは叶いそうである?
大変!第2回次世代ファンタジーカップのタグをつけたはずなのに、ついてないぞ……。あまりに衝撃すぎて倒れた……(;´Д`)もうだめだー
異世界でネットショッピングをして商いをしました。
ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。
それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。
これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ)
よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m
hotランキング23位(18日11時時点)
本当にありがとうございます
誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる