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第6話 「それは前触れもなく現れる」

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 天体の魔術の習得は一応、なんとか。
 未熟ながらも断片的なものは使えるようになった。

「これでなら虚無の孔とやらに対抗できるようになったぞ! いやぁ、長いようで短かったぞい!」

 汗だくになりながら草むらの上で横たわり、まるで大陸を横断したかのようにアリアンロッドは疲れ果てていた。

「世話になったなアルフレッド……さん。何からなにまで手を貸してもらって」

 早朝に目を覚ました老人アルフレッドが、頼んでもいない旅支度をしてくれていた。
 一晩だけ泊めてもらう約束だったので、人に目撃されてしまう前に早くトンズラしなければならない。

「いいんじゃよ。短い間じゃったが儂も話し相手ができて、充実した時間を過ごせた。感謝したいのは儂の方じゃ」
「…………まあ、借りを作るだけじゃ、あれだしな。なにか役に立てることはないか? できる範囲なら協力をしてやる」
「そうさな、なら一つだけ頼みをしよう」

 渡されたのは包みだった。
 不思議な力を纏っており、触れるだけで感じられる。

「ここから東にある農村アグニスに届けてくれんかのぉ? 出来れば今日中に村長に渡して欲しんじゃ」
「別に構わないが、中身はなんだ?」
「それは着いてからの楽しみじゃ」

 怪しげな薬ではないだろうか。
 いや、もっと神秘的な雰囲気なので違うだろう。

 老人アルフレッドに別れを告げ、俺とアリアンロッドはアグニス村に向かうのだった。







 ————






 五時間して村に辿り着く。
 噂がここまで流れてきていたのか、訪れるなり視線が痛い。
 外で遊んでいる子供たちから罵声が聞こえる。
 ムカつきながらも気にしない振りをして、村長である人物に話しかける。

「アルフレッドって老人に依頼されて届けにきた包みだ、これで良かったか?」
「すまないのぉ、わざわざ来てくださって」

 村長だけは怪訝とは真逆だ。
 もしかして俺が誰なのかを認識していないのか。

「もてなしなら必要ない、報酬だけを頂く。他にも依頼があるのなら言え」

 冷たい態度に村人たちは嫌悪感を抱かせたのか、ものすごい眼光があっちこっちから刺さってくる。
 失礼も承知だが、歓迎されないのならこっちも同様の接し方をするまでだ。

 他の町に移動するのには金がいる。
 手当たり次第いろんな連中から依頼を受けて稼ごう。
 ま、こんな小さな村の報酬なんてたかが知れているがな。

「おお、ちょうど頼みごとがあったのじゃよ」
「魔物討伐かなにかか? それとも採取か?」
「いえいえ、違いますよ。私が頼みたいのはですね———」





 斧を手にして、ふり絞る。
 刃が樹木に叩きつけられ、何百も繰り返されたであろう痕の中心部に命中した瞬間、樹木が倒れ始めた。

「森林伐採の依頼かよ…………」

 さすがに予想もしなかった仕事に、あきれて溜息を吐く。魔物の生息はあまり無いが、人が攫われたり殺されたりする虚無の孔のせいでどこもかしこも厳重警戒だ。
 呑気に森深くで作業していると、その残党に襲われかねない。

「おいアリアン。なにか役に立ちそうな魔術でも使えないのか? 女神なんだろ?」

 仕事にあまり積極的じゃないアリアンロッドは、日の沈みそうな空を見上げていた。

「………可能っちゃ可能なのじゃが。下界の魔力にまだ順応していない身でな。それまでは本来の力は発揮できん」
「俺の力になってくれるんじゃなかったのか?」
「ロクな魔術は使えんが、剣は心得ている。そこらの奴に負けたりはせんよ」

 不安要素しかない。
 不十分で戦うのか、小さいくせに。

「武器を買う金なんて無いぞ。今回の報酬程度じゃ、大切な防具すら買えないんだ」
「妾はなにも買ってこいとは言っておらんぞ? だって、ホレ」

 アリアンロッドが手のひらを開くと、どういう原理か紅い本が現れた。
 何かの詠唱が行われるも聞き取れない。

 だが何かを唱え終えると、本が形状を変形させ始めた。
 アリアンロッドは、ほぼ自分の身長と同じ長さを誇る真紅の太刀を握りしめながら、愛おしそうに刀身を撫でてみせた。

「妾にはコレがある。お主も知っておろう」

 魔王の打倒に使われた『創生録書』だ。
 創生録書を所持する逸材は世界で一握りしかおらず、それを有する者はなにもかもを有すると言われるほど伝説的な本である。

「本に綴られた魔術文字ルーンを解けば効果が発動する。妾の場合はこの刀の召喚じゃ」

 ほれほれと見せつけてくる。
 別に羨ましいとは微塵も思っておりませ…………



「………なあアリアン、話を変えるけどよ」
「むうぅ、妾の自慢に付き合わぬのか?」
「それよりも重要なことだ、単刀直入に聞く」

 どうして、こんな急に頭に浮かんできたのかは分からない。
 アリアンロッドという存在を確かめたかったからなのか、女神であることを納得するためなのか。
 自分でもイマイチ理解が及んでいなかった。

「女神ってことは遙か遠い世界からの来訪者ってことだろ。どうして和の大国なんかにいたんだ? 何かしらを司る神なら、自由に動くことは叶わないはずだ。なのに………」
「答えぬよ」

 質問をいとも容易く拒否された。
 かなり深刻な事情なのか、アリアンは暗い顔をする。

「そうか」

 言いたくない奴に、それ以上は求めない。
 追い込まれるという苦しさは誰よりも理解している。

 たとえ沈黙しようと責めたりはしない。


「烏滸がましいようじゃが、妾も聞いてもよいか?」

 斧をジメジメとした地面に置き、彼女の横に座った。
 耳を傾け、小さく言う。

「ああ、構わない」

 木々の間から漏れる赤い日差しを半目で見つめる。
 もうじき日が落ちそうだ。

「………妾はまだ状況の把握が不確かじゃ。お主がいまどのような境遇を受け、どれぐらい嫌われているかは分からん。周りの者どもが侮蔑の目を向けてくるから、相当な嫌悪じゃ」

 当たり前のことを言われて良い心地はしない。
 周囲から嫌われることなんか望んじゃいない、アイツらのせいなんだ。

「なのに、お主はどうして戦おうとするのじゃ?」
「………それは」

 たとえ戦おうと褒められないかもしれない。
 無能の烙印を刻み付けられた俺を期待しても無駄だ、所詮は役立たずなのだから。

 なのに、アリアンの言う通り。
 どうして俺は虚無の孔という脅威を斥けようとしているんだ、それは人類の為か?

「…………」

 目の前で霧散した幼馴染みの姿が蘇る。
 この旅の目的は彼女のためでしかない、他のことなんて眼中に無いはずだ。
 それを彼女は望むか、否だ。

 俺の心の善はちっぽけでしかない。
 皆の讃えるような正義の味方になんか俺はならない、彼女が望むのならなんだって染まってやる。

「なあネロ殿、気がかりな事なんじゃが」

 不思議そうに空を見上げながらアリアンロッドが聞いてきた。

「………虚無の孔とやらの出現を目の当たりにしたことが一度もないのじゃが」

 ゾクッと、突然の胸騒ぎに襲われる。
 俺たち人類が戦いに明け暮れる理由、その元凶が発生した時に感じる合図。

「アレのこと…………か?」

 アリアンロッドに続いて、俺は空を見上げた。

 巨大な青い空洞。
 その中央は渦巻きのように回っており、ここから感じとれるほどの圧倒的質量に全身が固まってしまう。
 重々しい重圧にのし掛かられた時が、始まりだ。



 ———目の向ける先には『虚無の孔』があった。
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