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第5話 「一方その頃」

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「お主の料理は美味じゃのぉう!」

 相当お腹を空かせていたのか、テーブルに並べられた数々の料理に女神アリアンロッドは食らいついていた。
 見た目以上に食べる彼女に老人が嬉しそうに笑った。

「ホホホ、若い者はみんな成長期だから沢山食べなければのぉ」

「うむ、御老体もよく分かってるではないか!」
「儂はまだまだ、これでも若いぞ女神様。先百年は生きてやるぞ」

「それは無理な話じゃ。人の子の寿命は短い、たとえ偉大な魔術師であろうと逆えられない定めよ」

「そぉお? 女神様以上ではないのじゃが、これでも長年は生きておる。定めに沿った結果などいままで目に見たことが無い、殺伐とした世界なら尚更じゃ」

「なるほど。それなら寿命が伸びるやもしれんな」

 まるで年配達の退屈なお茶会を見ているかのようだ。

「アルフレッド、台所と食材を勝手に使って悪いな」
「気にせんで良い。美味いもんを食わせてもらったからか」

 作ったシチューと野菜サラダ、麦パンを食べ終えた俺はテーブルから立ち上がる。

「なあ、アリア……」

 覚えにくい名前のせいか口に出せない。

「アリアンロッドじゃ舌を噛んでしまうな。アリアンでいいぞ」

「……アリアン。お前のことはまだ信用した訳では無い。だが戦う手段を教えてくれるのなら話は別だ」

 本をアリアンロッドに見せる。

「ここ数週間で虚無の孔の発生は確認されていない。つまり今かそれか明日か。何処かで突然発生するのかもしれない」

 唇をハンカチで拭い、察しが早いのかアリアンロッドはニヤッと笑いながら立ち上がった。

「つまりお主は、手っ取り早く『天体の魔術』を教えてくれと妾に媚びておるということか?」
「言い方は悪いが…………そうなる」
「ふむ、契約上そういう約束にもなっておるからのぉ。妾が断ることは到底ないのじゃが、手始めにお主に問おう。魔術の経験はあるのか? それともそれも呪いで封印状態になっておるのか?」

 魔術ぐらい経験はある。
 この世界で生きている以上は必要不可欠だからな。
 だが攻撃手段には使わない、というより使えない。

「剣が握られないのなら魔術で補えばいいと思って、使おうとしたがサポートぐらいしか使えない」
「それでは裏庭にてお主の実力を見せてもらおう」

 彼女の言うとおり、裏庭へと出る。
 柵で囲まれた草むらの上でさっそく、俺はアリアンロッドの指示に従った。

 人間に必ず宿る『魔力器』と呼ばれる貯蔵庫、周辺に流れる神秘の物質『魔力』を体内へと取り込んで貯蔵する。

 俺が使える魔術を披露してみせた。


 ———『黒霧《くろぎり》』

 手から黒い球体が放たれ、対象に着弾すると圧縮された黒い煙が周囲に蔓延する魔術。

 ———『敵対心集中』

 名前のとおり敵の集中を自分へと集める魔術。

 ———『ロータスシールド』

 さまざまな形状に変化しながら顕現する蓮のような盾。
 吹き乱れる花弁は防御した者に回復効果を与える。

 魔術はこの三つだけだ。
 モニカ達との連携で有効活用をしていたつもりだったが、悪く捉えれば戦えられない俺の必死の抗いだ。

 戦えないのでは勇者とは呼べない。

「なるほど。かなり便利ではないか。完璧とは言えんが、周囲を支えるのに向いておる魔術じゃな」
「いや、一人では役に立たないんじゃ宝の持ち腐れだろ」

 あまり褒められたことなんて出来ない。
 モニカ達には必要のない支援なんて邪魔も当然だ。

「ふむ。ならばさっそく攻撃に使える天体の魔術をお主に教えるとしよう」

 アリアンロッドは空を見上げた。
 彼女の瞳に反射するのは無数もの星々。

「絶好のタイミングじゃな。ちょうど星が必要じゃったんだ。ネロ、この世界の創始者がどこからやってきたのか知っておるか」

 首を左右に振って、知らない素振りをする。

 百も諸説があるっていうのに、その中で真実を導くなんて無理な話だ。

「星じゃよ。もっと壮大に言えばその果ての果て、遙か彼方の世界から到来してきたんじゃ」
「………天体の魔術に関係しているのか?」
「これからは神の領域じゃ。昔話ぐらいは聞いて欲しいところじゃったが、まあ端折るとしよう」

 人差し指を空に向けながら、クルクルと回す。
 彼女はその動作を数回繰り返すと、青い円が彼女の手のひらに出現した。

「あらゆる事象の再現をこれから行う。端的に説明するから、日が明ける前に覚えてもらうぞ」

 苦手分野を治すのは苦手ではない。
 国民に力を知らしめれば、俺はそれでも良かった。

 どれぐらい強力な魔術なのか検討はつかない。
 虚無の孔の化物に対抗できるのなら我儘も言っていられないがな。





 ———






 リグレル王国、王城。
 玉座に君臨する女王フロメイア・ノーベルは、報酬を与えるため『王の間』にてモニカ達やその勇者らを召集していた。

「虚無の孔の発生が沈黙してから数週間が経過していることは、貴方がた勇者であれば存知ていることでしょう。平和であること以上に良いものは御座いませんが、私はそれを何かの予兆であることを予感してなりません」

「女王陛下、それはつまり魔獣の活発化もあり得るという解釈でよろしいでしょうか?」

 朏の勇者モニカが挙手して問う。

「差様。これまで退けてきた虚無の孔は序章に過ぎません。過去、十九年前。魔王との対峙で一度だけ、このような状況が御座いました。攫っていった国民をどのように利用しているのかは分かりませんが、糧にしていることは予測できましょう」

 モニカの左隣に、同じく跪く『刀剣の勇者』が意見を口にする。

「そんじゃ報酬も増やしてくれるって事でいいよな?」

 タメ口に関しては誰も指摘しない。
 刀剣の勇者の失礼な態度には女王も慣れていた。

「当然です。人類の砦でもある勇者に相応以上の待遇を与えないわけにもいきません」

「ひゅう、女王はやっぱ太っ腹だなぁ」

 刀剣の勇者は、主に東端にある和の大国からの輩出者が担う称号だ。
 礼儀正しいのが基本の人々であるか、この男だけは違った。

 礼節を重んじることなく性格は自由奔放だ。

「皆んなもそう思うよな、な?」

 残り四人の勇者が呆れたような目を向けた。
 報酬ばかりに目が眩んでいる奴ほど哀れな者はいない。

「だらし無いですよ。見ているだけで恥ずかしいです」

 爽やかそうな風貌の青年が満面の笑顔で言った。
 なにをそんな楽しそうなのかと周囲が疑問していたが、彼は四六時中この表情だ。

「そんな欲望に塗れた動機では名誉ズタボロですよ。夢見る少年少女が大泣きしないように、もっとお手本になるような威厳ある勇者になってください」

 ちなみに彼は『秩序の勇者』と呼ばれていた。
 規則や安寧を保つ者、兼精霊教団直属の騎士でもあり神聖な彼の剣技は軍を持ってしても抑止不可能と言われている。

「るっせぇな。俺の勝手だろうが」

「……まあまあ、喧嘩は良くないわよ。女王陛下が見ている前では静かにするのがお約束でしょ?」

『慈愛の勇者』が勃発寸前の喧嘩を止めるため、子供をあやすかのように注意をした。
 まるで周囲の者らを自分の弟かのように可愛がり、抱擁する彼女を皆は『お姉さん』『お姉ちゃん』『姉さん』と呼ぶ。

「姐さん、邪魔しないでくれ。コイツは俺の獲物だ」

「メッ、だよ。ちゃんとしないとお姉ちゃん、みんなの前でも怒っちゃうからね!」

「わわ、分かったから勘弁………!」

 流石にそれは恥ずかしいのか、大人しくなる刀剣の勇者に秩序の勇者も関心する。
 女王の前では常に敬意を示さなければならない。

 他の者を気にかけるのは失礼極まりない行為だ。

「では本題に戻るとしましょう」

 女王はそれでも変わらぬ様子で話を戻す。

「さっきも仰った通り、目に見えない敵はきっと更なる力を得て傍若無人に人類の淘汰を図るでしょう。それまでには、我々もできる限りの戦力を用意します。勇者方にも負担が増えることでしょう、それでも協力をしていただけるのならば幸いで御座います」

「それは良いとして………」

 物静かな白髪の青年が、集まった勇者らを見ながら挙手した。

「この場にいるべき者が不在なのですが?」

「おいおい、誰のことだよソレ」

 女王も先程から気掛かりだったのか、その者の世話役であったモニカに聞くのだった。

「貴女にお任せしたネロ様はどうかしたのですか? 貴方にも召集がかかったのならば、彼もここに来るはずですよ」

「ああ、あの無能のことですか。戦力にならない弱者であることを判断して、アイツに教団の制裁を受けさせてもらいましたよ。もちろん、追放も致しました」

 モニカは包み隠さず、この前の出来事を報告する。

 当然のことをしたまで。
 自慢げに話すモニカは喜ばれるのではないかと、女王の様子を伺う。

 だが待っていたのは女王からの一喝だった。

「愚か者!!!」

 王の間で響きわたる声に、モニカは黙った。
 初めて聞いた女王の怒声に勇者たちは全員、一斉に固まるのだった。

「この国の第一責任者たる私の許可を無くして、勇者の追放は認められません! 貴女がどのようにして彼を無能だと蔑み、追い出す判断に至ったのかは知りませんが侮辱は許しません!!」

「し、しかし女王陛下………私はそれが最適かと……」

「勇者に無能などおりません! 彼を導くことを放棄したのであれば力が覚醒しないのは当たり前のことです!」

 女王の言うとおり勇者となる者は、誰しもが最初から真の力に目覚めることなんて無い。
 一年や五年、目覚めないままの勇者だっている。

 関わらずネロの力の覚醒に助力せず、短期間で放棄したモニカに第一の責任が投げかけられるのは当然だ。

 女王は溜息を漏らした。

「罰としてモニカ、貴女に与える報酬を減額致します。本来は取り下げることも可能ですが資金がない貴女では数日での活動は皆無でしょう。せめての慈悲だと知りなさい」

「………慈悲に感謝……しま……す」

 モニカは苦虫を噛んだような苛ついた顔を見せないように、深く頭を下げていた。
 どうしてあんな役立たずを優先して、普段から忠実に仕事をこなしてきている自分を咎めるのか。

 彼女は不思議でならなかった。
 モニカのネロに対しての憎しみが増幅していた。

(もし………次に会うことがあったら、絶対にぶっ殺してやる)

「さぁ、報酬を持って出て行きなさい。もし彼を見つけることがあれば玉座の前に連れてくることですね」

 女王に指示された兵士の一人が布袋をモニカの前に放り投げた。不服そうな目で兵士を睨みつけながら、モニカは布袋を手にとって王の間から出た。

「おいモニカ、どうした深刻そうな顔をして」

「女王様になにか嫌なことを言われたんですか?」

 待っていた仲間に目もくれず、モニカは急いだ。

「ボサッとしないで準備をするの! アイツを探すのよ!」

 突然なにを言いだすかと思えばと、困惑する二人。
 ネロの手掛かりなら簡単に見つかるはずだ。
 無能の勇者の顔なら全域に知れ渡っている。

 見つけること自体簡単なはずだ。


 かつて捨てた男を、モニカは探すのだった。
だがその道のりは、想像を絶するものとなることを彼女はまだ知らなかった。
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