6 / 25
第6話 「妹の抵抗と逆転」
しおりを挟む——怖いなら、兄ちゃんの手を握れよな。
昔、私のお兄ちゃんは誰よりも優しくて強い人に見えていた。
父親に乱暴される時、いつも守ってくれていた。
母親に殺されそうになった時も手を握って、一緒に逃げてくれた。
外の世界は弱肉強食だ。
一人では絶対に生きてはいけない。
二人で一つだと、お兄ちゃんは怖がりな私を包み込んで言い聞かせてくれた。
それなのに、いつからか兄は変わった。
まるで別の何かに取り憑かれたように、父親のように乱暴になり母親のように口調が荒くなっていった。
優しさも温かさも何処かに消えてしまったのだ。
人を殺すことに迷いはなく、自分の利益になるのなら手段を選ばない。
その度に心が痛くなる。
やめて欲しかった。
それでも声を出さずにいた。
もう彼をただの悪者にしたくない。
優しい頃のあのお兄ちゃんに戻ってほしかったのに。
目の前でまた、人が死んだ。
外道のような笑みを浮かべる兄の手によって。
「感謝しろよなビカラ。本来ならコレがてめぇの役割で、運良くあいつが付いて来てくれたおかげで死なずに済んだんだ」
兄は近づき、泣き崩れる私の髪の毛を引っ張り強引に自分の方へと向かせられる。
「だから泣くなって。笑えよ、ホラ」
頬を引っ叩かれた。
兄は加減を知らない。
口の中が切れ、唇から血が流れてしまった。
「もしかしてテメェ……長年苦楽を共にしてきた俺よりも会ったばかりのアイツの身を心配しているじゃねーだろーな?」
「だって……だって……」
「ホラ、はっきり言えよ屑が」
また頬を叩かれる。
さすがの私も堪えきれず、堪忍袋の尾が切れてしまう。
「あんなに私に優しくしてくれた人なんて居なかったから! お兄ちゃんのように乱暴をするような人じゃないしアナタなんかより、あの人の方がよっぽど優しかった!」
初めての反抗に口が滑らかになっていた。
ずっとずっと溜め込んでいた怒りが曝されていく。
その光景には流石の兄でさえ動揺していた。
私がこんな事を言うだなんて微塵も思っていなかったのだろう。
いつでも自分の思い通りになる、ただの道具だと勘違いしていたからだ。
——— 嫌なら嫌と言ってもいいんだぞ。
「私のことなんか、もうほっといてよ!!」
この人ことなんて、もうお兄ちゃんとは呼びたくなかった。
「嫌い、嫌い! 大っ嫌い!」
私はシャドラにやられた分、殴り返す。
屈強な肉体をもつシャドラだから効かないとは分かっていたが、感情のまま殴り続けた。
「消えて! アナタの顔なんか見たくない! 私の前から消えて! 消えてよ!」
喉が枯れるほど訴えた。
森を響くほど叫んだ。
溜まりに溜まった想いの数々が抜けていく。
涙もさらに流れでてきた。
「うっせぇな、耳障りなんだよ」
左脇腹を剣で刺された。
痛みのあまりに絶叫しそうになったが、抜け落ちるぐらい歯を噛みしめて我慢しながらシャドラから離れようとする。
だけど運悪く途中でつまずいてしまう。
地面に倒れ込み、膝を打つ。
「……ひぃっ!」
シャドラは私を殺そうとして追いかけてきた。
ゆっくりと、ゆっくりと距離を詰められる。
まるで、いつでも殺せるから楽しませろと言わんばかりに。
明確すぎる殺意に怯えて、動けなくなってしまう。
シャドラは私の前に立つと、剣を振り上げた。
「今ならまだ許せるぜ? 命乞いしてみろよビカラ」
シャドラの甘い囁きに耳を塞ぐ。
それでも私の答えは曲がらない、ハッキリと告げる。
「嫌だ!」
「なら死ねよ」
剣が振り下ろされる。
これが私の最後の抵抗。
やっと言い返すことが出来たことに満足する。
だけど後悔はあった。
自由になれなかったこと、ただそれだけだ。
「——よく言った、ビカラ」
私とシャドラの間に一筋の閃光が割って入ってきた。
重々しい金属音、眩い火花が間に発生する。
目の前に現れた人物が、私の命を刈り取ろうとしたシャドラの剣を受け止めていた。
「なっ! なんでテメェ……生きてんだ?」
後ろ姿で誰なのかはすぐに分からなかったが、優しく微笑みながら顔をこちらに向けてきてくれた途端に私は安心感を覚えた。
落下したはずの、魔女様の従者が助けてくれたのだ。
————
周囲の人間を陥れなければ自分の立場を確立できない奴ほど、醜い者なんてこの世にはいない。
アビゲイルさんに渡された筒の中には天災の魔素に備えた解毒剤が入っていた。
落とされる前に飲み込み、効果が発揮されるまで待つ。
毒が全身に回って仮死状態になるまで耐えるしかなかったが、あまりにも効き目が遅くて本当にあの世に逝く寸前だった。
だが結果的に助かったので良しとしよう。
またアビゲイルさんに借りを作ってしまったが、やはり凄い人だ。
シャドラが先ほど説明した天災の魔素の回収方法を彼女が知っていたからこそ、願われて最初から誰かが犠牲になることを知っていたのだ。
それだけではない。
支度していた時に解毒方を短時間で調べ、アビゲイルさんはすぐに解毒剤を完成させて渡してくれた。
後は「お前次第だ、私の騎士よ」とのことだ。
シャドラの目的以外、見透かしたところで何もかもが解決したわけではない。
奴と剣を交え、勝たなければ終わらないのだ。
「幸運にも助かって、俺の剣をたった一発止めただけで粋がってんのかよ。どうやって助かったかは知らねぇが殺せば問題ねぇな!」
ビカラを抱きかかえ斬撃を回避する。
無傷で済み、一旦シャドラから距離を離して安全な場所へとビカラを置く。
そして再びシャドラの元へと戻ろうとした俺にビカラは慌てた様子で言った。
「気をつけてください。シャドラはああ見えても……れっきとした『聖騎士』ですから油断は禁物です」
『聖騎士』
かつて俺が目指そうとした最高の騎士の称号をシャドラは持っていたのだ。
あり得なさすぎる、それでもビカラが嘘をついているようには見えなかった。
それが事実なら今まで俺のしてきた事とアイツが同格だというのか。
いや、断じて違う。
俺とアイツが同格なわけがない。
いくら聖騎士の称号を得たとしても、その本質から逸脱した行動をする奴には相応しくないことを証明してやる。
次で、決着だ。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
俺は先輩に恋人を寝取られ、心が壊れる寸前。でも……。二人が自分たちの間違いを後で思っても間に合わない。俺は美少女で素敵な同級生と幸せになる。
のんびりとゆっくり
恋愛
俺は島森海定(しまもりうみさだ)。高校一年生。
俺は先輩に恋人を寝取られた。
ラブラブな二人。
小学校六年生から続いた恋が終わり、俺は心が壊れていく。
そして、雪が激しさを増す中、公園のベンチに座り、このまま雪に埋もれてもいいという気持ちになっていると……。
前世の記憶が俺の中に流れ込んできた。
前世でも俺は先輩に恋人を寝取られ、心が壊れる寸前になっていた。
その後、少しずつ立ち直っていき、高校二年生を迎える。
春の始業式の日、俺は素敵な女性に出会った。
俺は彼女のことが好きになる。
しかし、彼女とはつり合わないのでは、という意識が強く、想いを伝えることはできない。
つらくて苦しくて悲しい気持ちが俺の心の中であふれていく。
今世ではこのようなことは繰り返したくない。
今世に意識が戻ってくると、俺は強くそう思った。
既に前世と同じように、恋人を先輩に寝取られてしまっている。
しかし、その後は、前世とは違う人生にしていきたい。
俺はこれからの人生を幸せな人生にするべく、自分磨きを一生懸命行い始めた。
一方で、俺を寝取った先輩と、その相手で俺の恋人だった女性の仲は、少しずつ壊れていく。そして、今世での高校二年生の春の始業式の日、俺は今世でも素敵な女性に出会った。
その女性が好きになった俺は、想いを伝えて恋人どうしになり。結婚して幸せになりたい。
俺の新しい人生が始まろうとしている。
この作品は、「カクヨム」様でも投稿を行っております。
「カクヨム」様では。「俺は先輩に恋人を寝取られて心が壊れる寸前になる。でもその後、素敵な女性と同じクラスになった。間違っていたと、寝取った先輩とその相手が思っても間に合わない。俺は美少女で素敵な同級生と幸せになっていく。」という題名で投稿を行っております。
催眠アプリで恋人を寝取られて「労働奴隷」にされたけど、仕事の才能が開花したことで成り上がり、人生逆転しました
フーラー
ファンタジー
「催眠アプリで女性を寝取り、ハーレムを形成するクソ野郎」が
ざまぁ展開に陥る、異色の異世界ファンタジー。
舞台は異世界。
売れないイラストレーターをやっている獣人の男性「イグニス」はある日、
チートスキル「催眠アプリ」を持つ異世界転移者「リマ」に恋人を寝取られる。
もともとイグニスは収入が少なく、ほぼ恋人に養ってもらっていたヒモ状態だったのだが、
リマに「これからはボクらを養うための労働奴隷になれ」と催眠をかけられ、
彼らを養うために働くことになる。
しかし、今のイグニスの収入を差し出してもらっても、生活が出来ないと感じたリマは、
イグニスに「仕事が楽しくてたまらなくなる」ように催眠をかける。
これによってイグニスは仕事にまじめに取り組むようになる。
そして努力を重ねたことでイラストレーターとしての才能が開花、
大劇団のパンフレット作製など、大きな仕事が舞い込むようになっていく。
更にリマはほかの男からも催眠で妻や片思いの相手を寝取っていくが、
その「寝取られ男」達も皆、その時にかけられた催眠が良い方に作用する。
これによって彼ら「寝取られ男」達は、
・ゲーム会社を立ち上げる
・シナリオライターになる
・営業で大きな成績を上げる
など次々に大成功を収めていき、その中で精神的にも大きな成長を遂げていく。
リマは、そんな『労働奴隷』達の成長を目の当たりにする一方で、
自身は自堕落に生活し、なにも人間的に成長できていないことに焦りを感じるようになる。
そして、ついにリマは嫉妬と焦りによって、
「ボクをお前の会社の社長にしろ」
と『労働奴隷』に催眠をかけて社長に就任する。
そして「現代のゲームに関する知識」を活かしてゲーム業界での無双を試みるが、
その浅はかな考えが、本格的な破滅の引き金となっていく。
小説家になろう・カクヨムでも掲載しています!
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
妻を寝取ったパーティーメンバーに刺殺された俺はもう死にたくない。〜二度目の俺。最悪から最高の人生へ〜
橋本 悠
ファンタジー
両親の死、いじめ、NTRなどありとあらゆる`最悪`を経験し、終いにはパーティーメンバーに刺殺された俺は、異世界転生に成功した……と思いきや。
もしかして……また俺かよ!!
人生の最悪を賭けた二周目の俺が始まる……ってもうあんな最悪見たくない!!!
さいっっっっこうの人生送ってやるよ!!
──────
こちらの作品はカクヨム様でも連載させていただいております。
先取り更新はカクヨム様でございます。是非こちらもよろしくお願いします!
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す
大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。
その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。
地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。
失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。
「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」
そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。
この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に
これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。
幼馴染達にフラれた俺は、それに耐えられず他の学園へと転校する
あおアンドあお
ファンタジー
俺には二人の幼馴染がいた。
俺の幼馴染達は所謂エリートと呼ばれる人種だが、俺はそんな才能なんて
まるでない、凡愚で普通の人種だった。
そんな幼馴染達に並び立つべく、努力もしたし、特訓もした。
だがどう頑張っても、どうあがいてもエリート達には才能の無いこの俺が
勝てる訳も道理もなく、いつの日か二人を追い駆けるのを諦めた。
自尊心が砕ける前に幼馴染達から離れる事も考えたけど、しかし結局、ぬるま湯の
関係から抜け出せず、別れずくっつかずの関係を続けていたが、そんな俺の下に
衝撃な展開が舞い込んできた。
そう...幼馴染の二人に彼氏ができたらしい。
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる