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第5話 「道化に裏切られ」
しおりを挟むシャドラ達との天災の魔素探索が始まった。
性格上、互いが乗り気とは程遠かったのだが魔女アビゲイルさんの押しに負けた両者は共に同行せざる得なかった。
「———ほら、早く来い」
椅子に座り、なにかの図鑑を膝にのせたアビゲイルさんに手招きされる。
「……ありがとうございます」
小さな筒を渡された。
中はほぼ空っぽのような軽さだが、筒を振ると中の小さな何かが弾んだ。
その正体については今、あえて語りはしない。
しかし、アビゲイルさんの提案で持っていくことを推奨されたので素直に受け取る。
筒を荷物に紛れるようにしてしまい込む。
あとは用意してもらった剣と鞘を腰にかけて準備完了。
魔女邸の外で待っていたシャドラがあからさまに苛ついていた。
———
指定されたのは魔女邸から北東。
山岳地帯付近の森にエルダートレントが生息しているとのことらしい。
まずは川を超え、沼地を超え、魔獣の巣穴を超えてやっとたどり着ける位置にあり、より安全な道を選んでしまうと倍もの遠回りなるとのことだ。
一日も歩き続けて沼地までは突破できたが体力的に全員が限界に近づいてきたので、そろそろ野営に洒落込むことにした。
「おいビカラ! 飯!」
「はい!」
先ほどからビカラの扱いが横暴だ。
二人の間には決して断ち切ることのできない主従関係が確立しているというか、ビカラがまるで奴隷のような扱いをされて見ていて心苦しい。
失敗して皿を割ると、森を響くぐらいシャドラに怒鳴られていた。
ビカラは涙目でこちら側に助けを求めていたのだが、皿を割ったのは彼女の不手際だ。
怒られるのは当然だ、と最初は無関心を貫いていたがシャドラが彼女に手を出そうとした時は、流石の俺も止めに入った。
「皿を割った程度で暴力を行使するほどのことか?」
「うっせーな、コイツは俺の妹なんだから俺が何をしようと勝手だろ。こういう無能には躾をしなきゃ学ばねーんだよ」
まさか二人が兄妹だったとは。
顔つきと性格的に全然似ていないんだが。
尚更、見過ごせない理由ができた。
「兄なら妹を大切にしろ。傷つけることだけが解決策じゃないぞ」
「余計なお説教どうも。何も知らねーくせに知ったように話して格好つけて、気持ち悪っ」
肩を強めに押された。
剣を抜き反撃しようとすると、ビカラに手を握られる。
「だめ! 私が悪いんです! 私がお兄ちゃんを怒らせたから! ごめんなさい!」
家族に対する扱いではないことにまだ納得していないが、せっかくの休息時間に争っていては休めるものも休めない。
剣を握っていた手を緩める。
「片付けておけよ、俺はもう寝るからな」
そう言い残しシャドラは自身専用のテントへと戻っていった。
ビカラと取り残され一瞬の沈黙が流れるが、彼女の指が皿の破片で切れているのに気がつきハンカチを取りだす。
「これで押さえておけ」
「えっ、ええと……その……先ほど庇っていただきありがとうございます」
「乱暴な兄なんだな。嫌なら嫌と言ってもいいんだぞ、出来ないなら逃げればいい」
あんな奴の側にいることの方が危険だ。
何気なく提案してみるがビカラは首を横にふった。
「いえ、あれも私の為にやったことです……それに家族は離ればなれになってはいけない、ずっと一緒じゃなきゃ駄目なんです」
「それは、お前をコキ使うための過保護な口実だ。でなければ心から大切にしているはずだ」
自覚はしているのかビカラは黙りこみ、言い返してくることはなかった。
涙を流しながら辛そうな表情で強引に笑顔を作り、こちらに向き直る。
「それでも、私は幸せですから」
その笑顔を次の日になっても忘れることが出来なかった。
感情が入り混じって何が真実かすら分からなくなっているのだろう。
魔獣の巣穴を超え、ようやくエルダートレントのいる地点に到着する。
高台から森を見下ろすと、そこには異様な色をした魔力を周囲に放つ巨大な木の群れ。
目と口が木の幹に浮かんでおり、人のように上体を保ったまま移動をしていた。
この高台から下に落ちたら、エルダートレントが放つ天災の魔素の毒によって確実に死んでしまうだろう。
「で、回収はどうする?」
聞かされていなかったのでシャドラに聞くと、珍しく不機嫌な様子を見せずに説明してくれた。
「人間ってよ、魔術を使うとき魔力を体内に貯めなきゃならないのが前提だよな。魔力を貯蔵するための器はどこにある?」
この世界で生きているのなら誰でも知っている常識だ。
「心臓部だ」
「そう、人はそれを『魔力器』と呼ぶ」
シャドラがゆっくり近づいてくる。
それを見たビカラが何かを訴えかけようとして口ずさんだ。
説明をされているだけで、すぐ怯えるなこの子は。
「天災の魔素も魔力と同質の概念」
俺のすぐ目の前に止まったシャドラ。
落ち着いていたのが嘘かのように表情が豹変した。
腹部に衝撃が走る。
蹴られたのだとすぐに理解した。
「お前の魔力器で沢山貯めて、安心して逝ってこい」
高台から落とされたのだ。
体勢を整え、壁にしがみつこうとしたが届かない。
上の方を見上げると人を陥れたことに愉悦しているシャドラと、助けようと手を伸ばしてくるビカラの姿が見えた。
重力に逆らえるような魔術はない。
浮遊することができないのだ。
そのまま落下していく。
何もできないまま、なにもかもが遅かった。
やばい、地面が近づく前にもう毒がすでに全身に回り始めていた。
天災の魔素の毒はあまりにも強く、意識が段々と薄れていく。
死を覚悟した。
同時に体が地面に叩きつけられる。
その衝撃で意識がプツンと途切れた。
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