魔法使いの同居人

たむら

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この中に魔女がいる

15話

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「いい加減教えてくださいよ。あの女の子は何者なんですか?」
「さあね」

 何度も同様の質問を繰り返す夜子に、こちらも同じ回答を繰り返す。

「何者なんだろうね」
「絶対知ってるくせに!」

 夜子は手すりに顎を乗せながら不満を露にする。そっぽ剥く彼女の髪が潮風でなびく。

 俺たちはようやくやってきた連絡船に乗り、本島へと向かっていた。来たときよりも多くなった空席に、犠牲者の数を実感する。

 死体は館に置いてきた。俺たちと入れ替わる形で島に向かっている警察が、死者を弔ってくれるだろう。

 俺と夜子は二人で甲板にいた。その他の旅行客は船内でぐったりとしている。緊張感から解放され、疲れがどっと押し寄せたみたいだ。

 船尾の方を振り返ると、孤島はすっかり小さくなっていた。島のほとんどが緑で生い茂り、とても惨劇が起きた場所とは思えない。

「でも、よくわかりましたね。灰谷さんが犯人だって」
「ああ」

 俺は船内に視線を向ける。ここからは見えないが、灰谷が手足を拘束されて捕らえられている。

 あれから目を覚ました灰谷は、一度も口を開かなかった。皆からの怒涛の口撃も意に介さず、言い訳も釈明もすることなく大人しく連行されている。

「逆に何でわからなかったの? 被害者は鍵が掛かった部屋で殺されたんだよ。僕たちは誰も鍵を持っていなかった。だったら全客室の鍵が保管されている西館から犯人が来たことなんて明白じゃないか。その中でも西館と東館の間の扉を管理していたのは灰谷だけだったわけで、状況から犯人が誰かなんて考えるまでもなかったよ」
「鍵が掛かっている部屋の中で死体が見つかったら、密室トリックが仕掛けられてると思うじゃないですか。犯人が鍵を持ってましたなんてオチ、誰が納得できますか。本格ミステリーへの冒涜です」
「魔女がいる時点で本格ミステリーではないでしょ」
「では特殊設定ミステリーということで」
「とにかく、そんな推理小説みたいなこと実際には起きないってことさ。もっと現実的に生きようよ」

 人の身体を転々とする魔女を前に「現実的」なんて言葉がどれほど意味があるかはわからないけれど、俺は諭すように言う。

「そんなの面白くない」
「殺人事件が面白くあってたまるか」

 夜子は頬を膨らませて不満をあらわにしていたが、次の瞬間には「まあ、いいか」と明るい表情に変わっていた。この感情の切り替えの早さは、何百年も生きると習得できるのだろうか。初めて彼女を見習いたいと思えた。

「そういえば、まだカツラを返してなかったですね」

 それは灰谷を夜子の部屋におびき寄せたときに、彼女がベッドで寝ていることを装うために俺が貸したカツラだった。髪の長さも色も彼女のものとは異なるが、明かりのない夜の中では役に立った。

「いらない。もう必要なくなった」

「あのー」夜子はらしくもなく口ごもる。何を言おうとしているのかは、おおかた想像がついた。「赤峰さんは、どうして一ノ瀬さんの――」
「ちょっと待った」

 夜子がそれを言う前に言葉を遮る。

「それ以上はやめとこう。こっちにも事情があるんだ。それに、人の身体を奪って生きてきた君に、僕を責める資格はないよ」

 夜子は何か言いたげだったが、一歩も譲るつもりはないという俺の態度に折れたのか、「わかりました」としぶしぶ引いてくれた。

「終わったことをあれこれ言ったって意味がないしさ。せっかく解放されたんだから明るい未来の話でもしようよ」
「明るいみらいとは?」
「例えば、『帰ったら何をするのか』とか」
「あたしは、入れ替わった身体での新生活を開始ですね。と言っても、夜子ちゃんのことも夜子ちゃんの家族のこともよく知っているので、生活にはそれほど困らないでしょう。しばらくはのんびりと学生ライフを謳歌する予定です」
「ポジティブだね。僕なんかは、高校受験をもう一度経験することを考えると、憂鬱になりそうだけど」
「二十五歳までにまた別の人間と入れ替わるんですよ。受験なんて適当にこなすに決まってるじゃないですか」

 確かにそうだ。未来が限られているのだから、やりたくないことに時間をかける必要なんてない。そう考えると社会的な責任を負う年齢にならず、いつまでも子供でいられる彼女の生涯も羨ましいものに思えてくる。もちろん苦労はあるのだろうけど。

「そういうあなたはどうするんですか?」
「僕も新生活を迎えることになるからね。色々とあるとは思うけど、うまくやるよ」
「困ったら先輩としていつでもアドバイスあげますよ」
「頼りにしてるよ」

 夜子は照れくさそうに微笑むと、人差し指で鼻を擦った。
 その仕草を見た瞬間、強烈な違和感を覚えた。

 そうだ。俺は彼女のその仕草を過去に見たことがある。

 それは事件が起きる前、寝付けずに足を運んだテラスで、魔女に身体を奪われる前の夜子と会ったときの場面。彼女と初めて会話したときのことだ。

 記憶の中で俺たちは何かを話している。会話の詳細な内容までは思い出せない。なんでもない他愛のない話をしていたような気がする。

 記憶の中の彼女は何事かを言うと照れくさそうに笑った。そして自然な動作で人差し指で鼻を擦る。まるで少年みたいだなと思ったのを思い出す。

 今、目の前で夜子がした仕草と、あの夜の彼女の仕草が重なった。寸分の違いもなく、まったく同じ動きだった。

 しかし、それはおかしい。記憶の中の彼女と目の前の彼女は姿こそ同一であるが、人格は別だ。テラスで話したときは夜子本人だが、ここにいるのは夜子ではない。彼女の身体を奪った魔女だ。

 たまたま同じように、鼻を擦る癖を持っているのだろうか。特段変わった癖というわけではないから、あり得ないことはない。

 しかし、一度疑いを持ってしまうと、疑念は俺の頭から離れなかった。

 本当に、夜子は魔女に身体を奪われたのか?
 あの夜の彼女と目の前にいる彼女は別人なのか?
 今俺の前にいる彼女は、いったい誰なんだ。

 風でなびく髪を手で抑えてながら俺に話しかけてくる彼女を見て、俺は自分が誰と話しているかわからなくなった。
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