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魔法使いの同居人
16話
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『今すぐ駐車場に来たれり!』
頭を冷やす時間が欲しいと言う涼川さんを置いて教室へ戻る途中、スマホに一件のメッセージが入った。
どうせ一限目の授業は始まってしまっている。今さら出席しても勉強にはならないだろう。
僕はどこの駐車場かを確認すると、指定の場所へと向かった。
目的地の駐車場に着くと、並んでいる車の隙間から膝を抱えて地面を凝視している雨森さんが見えた。僕から伸びる影に気付いた雨森さんが顔を上げる。そして顔色を変えずに左手を突き出してきた。
「写真を返して」
「ありがとう。助かったよ」
僕は胸ポケットから例の写真を取り出し、差し出された掌に乗せる。雨森さんは写真を念入りに確認すると手帳の中に戻した。
「今朝は急ぎってことで理由を聞かずに貸したわけだけど、説明してもらえるんだよね?」
「もちろん」
僕は即答しつつ「どうしたものか」と思考を巡らしていた。涼川さんが人形遣いだったことを話すわけにはいかない。自称ジャーナリストが相手であれば、なおさら言えるわけがない。
言い訳を用意していなかったことを悔やみながら、頭を捻ってもっともらしい嘘を考える。
「最近、中庭で飼っている鶏を狙う猫がいるってクラスの子に相談されてさ。もしかしたら雨森さんの写真に写る三毛猫じゃないかと思って、その子に犯人の猫を教えるために写真を拝借したんだ」
「あんな朝早くに? そんなの放課後でもいいじゃん」
「一刻も早く教えてあげたかったんだよ」
苦しい言い訳だとわかっているので、自然と語尾が小さくなる。
しかし引き返すこともできず、僕はとにかく思いつくまま嘘の説明を繰り広げた。
最初こそ訝し気に僕を睨んでいた雨森さんだったが、本当のことを交えながらの言い訳は意外と真実味があったようで、最終的には納得してくれた。僕としては助かったのだが、新聞部としてそんな簡単に言いくるめられてよいのかと、いらぬ心配をしてしまう。
「なぁんだ、そんなことか。てっきり人形遣いに関連する話かと期待してたのに」
突然出てきた『人形遣い』というワードにドキリと身体が反応する。動揺押し殺し恐る恐る聞いてみる。
「どうして人形遣いが出てくるの?」
「だってこの写真には、人形遣いが写っているんだもん」
「は?」
思わぬセリフに絶句する。こめかみを鈍器で殴られたような衝撃が走る。
写真の中に人形遣い? いったい何のことだ。
「やっぱり見えてないんだね」
混乱する僕を見てニヤリと笑い、雨森さんは言う。
「この写真の中に人形遣いがいるんだよ。なんだけど、不思議なことに私以外の人には見えないみたいなの」
「見えない?」
雨森さんは写真を出して指をさす。彼女にはそこに人形遣いが見えているらしい。
示した先には何もなかった。
「ここに猫に追われている女の人がいるんだけど、誰に聞いても彼女の姿が見えないみたいなの。だから千花くんがこの写真を借りたいって言ったとき、もしかして千花くんはこの女の人について何か知っているのかもしれないって期待したんだけど」
ダメだったみたい、雨森さんは肩をすくめる。
雨森さんの言っている女性とは、紗月さんのことに違いない。誰にも見えないというのは彼女の十八番だし、以前言っていた猫に追われたという話とも合致する。
雨森さんは紗月さんが人形遣いだと思い込んでいるのだろう。
無理もない。見知らぬ女性が校内を闊歩し、さらには周囲の人間が誰も彼女を見えていないというのであれば、その人物を人形遣いだと思ってしまってもしかたない。
それよりもわからないのは、雨森さんに紗月さんが見えているという事実だ。学校内の誰一人として彼女を見えていないのは、ここ数日間で彼女と行動を共にする中で確認済みだ。
学校関係者全員に催眠術を掛けたのだが、雨森さんだけ忘れたということだろうか。意外と抜けている紗月さんならあり得ない話ではない。
そもそも、紗月さんはどうやって校内の人間すべてに催眠術を掛けたのだろう。ひとりひとり相手していては、時間がいくらあっても足りない。学校内には数百人の先生や生徒がいる。何か特別な方法を取ったはずだ。
そう考えたとき、一つの可能性が脳裏をよぎった。紗月さんは校内の人間全員が集まる中で、全員にまとめて催眠術を掛けたのではないだろうか。
僕は雨森さんに訊ねる。
「ここ一か月以内に行われた学校中の人が集まるイベントで、雨森さんが欠席したものはない?」
「急にどうしたの? ……そういえば三週間前の全校集会は出なかったな。職員室で調査したいことがあったんだけど、先生たちがいる時間は怒られちゃうから、みんなが出払う全校集会を抜け出して忍び込んだの」
間違いない。紗月さんはその集会中に全校生徒に催眠術を掛けたのだ。たまたま不参加だった雨森さんだけが、彼女の能力から逃れることができたというわけだ。
一方で疑問点もあった。
僕の前に紗月さんが姿を現したのは、およそ二週間前のことだ。雨森さんが参加しなかった集会は三週間前というだから、紗月さんは人形遣いを追って学校に来る前どころか、僕と出会うよりも前に校内の人間に催眠術を掛けていたことになる。
この時間差が意味することは何だ。
紗月さんには何か別の目的があって、学校に訪れていたというのか。
「当ても外れみたいだし、あたしは行くね。人形遣いの正体は新聞部の名に懸けて、絶対に暴いてみせるよ」
威勢よく親指を立てる雨森さんを前に、本当のことを言うべきかもしれないと考える。
涼川さんを売るつもりは毛頭ないが、真実を隠していたら雨森さんは間違った人物を人形遣いとして追い続けることになる。紗月さんとしても、無意味に周囲を探られるのは面白くないだろう。
しかし僕は去っていく彼女の背中を黙って見ているだけだった。
今日は疲れてしまった。残っている問題を明日まで先延ばしにしても罰は当たらないだろう。
頭を冷やす時間が欲しいと言う涼川さんを置いて教室へ戻る途中、スマホに一件のメッセージが入った。
どうせ一限目の授業は始まってしまっている。今さら出席しても勉強にはならないだろう。
僕はどこの駐車場かを確認すると、指定の場所へと向かった。
目的地の駐車場に着くと、並んでいる車の隙間から膝を抱えて地面を凝視している雨森さんが見えた。僕から伸びる影に気付いた雨森さんが顔を上げる。そして顔色を変えずに左手を突き出してきた。
「写真を返して」
「ありがとう。助かったよ」
僕は胸ポケットから例の写真を取り出し、差し出された掌に乗せる。雨森さんは写真を念入りに確認すると手帳の中に戻した。
「今朝は急ぎってことで理由を聞かずに貸したわけだけど、説明してもらえるんだよね?」
「もちろん」
僕は即答しつつ「どうしたものか」と思考を巡らしていた。涼川さんが人形遣いだったことを話すわけにはいかない。自称ジャーナリストが相手であれば、なおさら言えるわけがない。
言い訳を用意していなかったことを悔やみながら、頭を捻ってもっともらしい嘘を考える。
「最近、中庭で飼っている鶏を狙う猫がいるってクラスの子に相談されてさ。もしかしたら雨森さんの写真に写る三毛猫じゃないかと思って、その子に犯人の猫を教えるために写真を拝借したんだ」
「あんな朝早くに? そんなの放課後でもいいじゃん」
「一刻も早く教えてあげたかったんだよ」
苦しい言い訳だとわかっているので、自然と語尾が小さくなる。
しかし引き返すこともできず、僕はとにかく思いつくまま嘘の説明を繰り広げた。
最初こそ訝し気に僕を睨んでいた雨森さんだったが、本当のことを交えながらの言い訳は意外と真実味があったようで、最終的には納得してくれた。僕としては助かったのだが、新聞部としてそんな簡単に言いくるめられてよいのかと、いらぬ心配をしてしまう。
「なぁんだ、そんなことか。てっきり人形遣いに関連する話かと期待してたのに」
突然出てきた『人形遣い』というワードにドキリと身体が反応する。動揺押し殺し恐る恐る聞いてみる。
「どうして人形遣いが出てくるの?」
「だってこの写真には、人形遣いが写っているんだもん」
「は?」
思わぬセリフに絶句する。こめかみを鈍器で殴られたような衝撃が走る。
写真の中に人形遣い? いったい何のことだ。
「やっぱり見えてないんだね」
混乱する僕を見てニヤリと笑い、雨森さんは言う。
「この写真の中に人形遣いがいるんだよ。なんだけど、不思議なことに私以外の人には見えないみたいなの」
「見えない?」
雨森さんは写真を出して指をさす。彼女にはそこに人形遣いが見えているらしい。
示した先には何もなかった。
「ここに猫に追われている女の人がいるんだけど、誰に聞いても彼女の姿が見えないみたいなの。だから千花くんがこの写真を借りたいって言ったとき、もしかして千花くんはこの女の人について何か知っているのかもしれないって期待したんだけど」
ダメだったみたい、雨森さんは肩をすくめる。
雨森さんの言っている女性とは、紗月さんのことに違いない。誰にも見えないというのは彼女の十八番だし、以前言っていた猫に追われたという話とも合致する。
雨森さんは紗月さんが人形遣いだと思い込んでいるのだろう。
無理もない。見知らぬ女性が校内を闊歩し、さらには周囲の人間が誰も彼女を見えていないというのであれば、その人物を人形遣いだと思ってしまってもしかたない。
それよりもわからないのは、雨森さんに紗月さんが見えているという事実だ。学校内の誰一人として彼女を見えていないのは、ここ数日間で彼女と行動を共にする中で確認済みだ。
学校関係者全員に催眠術を掛けたのだが、雨森さんだけ忘れたということだろうか。意外と抜けている紗月さんならあり得ない話ではない。
そもそも、紗月さんはどうやって校内の人間すべてに催眠術を掛けたのだろう。ひとりひとり相手していては、時間がいくらあっても足りない。学校内には数百人の先生や生徒がいる。何か特別な方法を取ったはずだ。
そう考えたとき、一つの可能性が脳裏をよぎった。紗月さんは校内の人間全員が集まる中で、全員にまとめて催眠術を掛けたのではないだろうか。
僕は雨森さんに訊ねる。
「ここ一か月以内に行われた学校中の人が集まるイベントで、雨森さんが欠席したものはない?」
「急にどうしたの? ……そういえば三週間前の全校集会は出なかったな。職員室で調査したいことがあったんだけど、先生たちがいる時間は怒られちゃうから、みんなが出払う全校集会を抜け出して忍び込んだの」
間違いない。紗月さんはその集会中に全校生徒に催眠術を掛けたのだ。たまたま不参加だった雨森さんだけが、彼女の能力から逃れることができたというわけだ。
一方で疑問点もあった。
僕の前に紗月さんが姿を現したのは、およそ二週間前のことだ。雨森さんが参加しなかった集会は三週間前というだから、紗月さんは人形遣いを追って学校に来る前どころか、僕と出会うよりも前に校内の人間に催眠術を掛けていたことになる。
この時間差が意味することは何だ。
紗月さんには何か別の目的があって、学校に訪れていたというのか。
「当ても外れみたいだし、あたしは行くね。人形遣いの正体は新聞部の名に懸けて、絶対に暴いてみせるよ」
威勢よく親指を立てる雨森さんを前に、本当のことを言うべきかもしれないと考える。
涼川さんを売るつもりは毛頭ないが、真実を隠していたら雨森さんは間違った人物を人形遣いとして追い続けることになる。紗月さんとしても、無意味に周囲を探られるのは面白くないだろう。
しかし僕は去っていく彼女の背中を黙って見ているだけだった。
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