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見聞録

キュウテオ国編 ~特別な猫の尻尾④~

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 太陽が顔を覗かせて、陽光が辺りを照らし出していく。
 部屋の窓の外からキュウテオ国の首都を見下ろしながら、リアトリスとオスカーは朝日を感じていた。
 標高が高いため、朝も中々に肌寒い。それでも、彼女たちには起きるのに辛いということもない程度だ。
 いつものように早起きし、もう既に身支度もそれなりに済ませてある。
 首都の日中の気温を予想して、リアトリスは長袖のワンピースにした。落ち着いた色合いのペパーミントグリーンのそれは、腰部分にリボンがあり、デコルテと袖は表面がレースで透かし彫りされたかのようにされている。スカートの丈は足首まである長さで、ヒールを履くとちょうどいい。
 薄く化粧もして、残すは髪を整えるのみである。
 
 リアトリスの今の髪の色は、深紅ではない。瞳と同じく、薄葡萄色だった。彼女の本来の髪色は、薄葡萄色なのである。訳あって、彼女は髪色をこの国では誤魔化している次第だ。
 鏡台前の椅子に座り、オスカーに手伝ってもらいながら、リアトリスは髪を結い上げる。
 それが終わると、リアトリスは「道具」から指輪を取り出して、左薬指に嵌めた。嵌めた途端に、彼女の髪は深紅に変色する。これが、髪色のからくりの全てである。
 リアトリスは、鏡に映る己に苦しいほほ笑みを向けた。
 彼女の真の髪色を知る者であれば、どれだけ想像力を膨らませても、今の髪色が似合っていると失礼の当たらない称賛を作り上げるのは困難だろう。それほどまでに、やはり彼女は深紅の髪よりも、真実の薄葡萄色の髪色の方がしっくりくる。
 美の観点からすれば、指輪を外すべきだろう。
 しかし、リアトリスが髪色を変えているのは、おしゃれ目的ではない。変装の意味でそうしているのだ。
 だからこそ、リアトリスは仕方ないと割り切り、諦めの色を浮かべるだけだった。


 * * *


 キュウテオ国滞在二日目の朝食後。
 スフェンは滞在場所で仕事に臨み、リアトリスとオスカーはキュウテオ国の首都を観光する予定だった。
 そこで、予想外の事態が発生する。
 スフェンの予定はそのままで問題ない。問題なのは、リアトリスとオスカーの方である。
 スフェンに見送られて彼女たちが建物から出ようとした際、彼女たちに首都を案内すると、頼まれても頼んでもいないのに、見知らぬ若者が名乗りを上げてきた。

「わざわざ遠いところをお越しのお二方に、是非この国の魅力をお伝えしたいのです」

 その言葉に嘘偽りない本心が混じっているからこそ、リアトリスは困ってしまう。それがなく、良からぬことを企み、その考え一色に染まって近づいてきたなら、無下に追い払った。だが、そうではないからそれができない。
 そう語る青年は、美丈夫である。抜け目なくもあり、愛嬌もあるかのような猫っぽい顔だ。
 右の瞳はペリドットグリーン、左のそれは黄色に近いオレンジ色をしている。
 髪の色は深みのあるグレー。胸元まで伸びたそれを後ろで一つに縛り、右肩から毛先を垂らしている。肩から垂れている灰色の髪は、まるで尾のようだ。
 すらりと長い手足で、ややがっしりした体は長身のせいか、全体的にどことなく細身な印象を与える。
 名前はコンラッドと、先ほど彼に自らリアトリスとオスカーは紹介された。
 コンラッドはスフェンとは面識があり、先ほどから滑らかに歓談している。雰囲気と会話の節々から、おそらくコンラッドはスフェンよりは年齢が下ではないかと、リアトリスは勝手な仮説を組み立てていた。

「それにしても、彼女を案内してくれるのは助かるが、仕事はいいのかい?」

 リアトリスがいの一番に訊ねたかった疑問を、スフェンはごく自然に問いかけて見せた。

「ええ。明後日のために、まとまった休みをいただいていますので、ご心配には及びません」
「そうか。しかし、大切な行事に集中するための休みだったんだろう? それを聞けば、尚更申し訳なく思うな、特に彼女はね」

 ちらりと視線を送ってくれたスフェンの言葉に首肯して、リアトリスはさもコンラッドの手を煩わせたくないと前面に押し出した、すまなそうな顔をする。
 同時に、意図してかは不明であるが、相手の提案を最初から否とした態度ではなく、迂回してやんわりと断るかの流れに持っていったスフェンの手腕に、リアトリスはこっそり舌を巻いた。
 コンラッドは、底抜けに明るいにこにこ顔を崩すことはない。

「私は一向に構いませんよ。『継承試練の儀』で見つけ出す課題に関して、正直なところ煮詰まっておりまして。闇雲にあがいても真実には近づけまいと、ちょうど気分転換しようと思っていたんです。それに、もしかしたら初対面のお二方と交流することで、何か手がかりが掴めるのではという魂胆もあります」
「そうか。コンラッド、君の正直で強かな性格は、私は嫌いではないよ」
「スフェン殿にそう言っていただけると、嬉しい限りです」

 コンラッドは「継承試練の儀」に今年参加を表明していることを、今度こそ彼らの目の前ではっきりと宣言してみせた。そんな風に、茶目っ気たっぷりで本心を語ったかのようなコラッドに、スフェンはやれやれと降参の意思を滲ませるしかない。
 そのことを察して、リアトリスは二人のどちらにも意外で驚くべき点があったが、それらは心の奥底にそっとしまい込む。
 スフェンが、コンラッドとキュウテオ国首都を観光することを認めた。スフェンが反対しないとあらば、リアトリスはそれに従うまで。例え本心はそれを拒否していようと、彼女は黙ってそれを受け入れるしかない。
 しかも、コンラッドが国長の縁者と聞かされては、リアトリスは断れるはずもないのだ。

「スフェン殿の許しは得られました。私がお供してもよろしいですか?」
「勿論です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 大半の女性が見惚れそうな表情を浮かべるコンラッドを、リアトリスは魔法で魅了されたようにうっとりと見入るわけもなく。恐縮ですと言わんばかりに、当たり障りない対応を返す。
 そのやり取りに、スフェンは薄っすらとした微苦笑を禁じ得ない。

「コンラッド。彼女は自分一人の時間も大切に重んじているから、たまにそっとしてあげてくれると助かるよ」
「しかと承りました。猫も、時々そっとしておいてあげることが、肝要ですからね」

 コンラッドのジョークに、男二人は穏やかな雰囲気を生み出す。
 一方、リアトリスは顔面に笑顔の仮面を張り付けていた。それはまるで、「それを理解しているなら、どうか私を放っておいてください」と、コンラッドに訴えているようであった。
 傍に控えていたオスカーは、くわっと大きく口を開けて、あくびを一つ。

 そして、二人と一匹は首都に向けて坂を下りていった。
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