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10(ジュリアン)

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「ジュリアン様、愛してる……」

中庭の木の下でティナと甘いキスを交わす。
掌に吸い付くような肌も、全身から香る大人っぽい甘い香水も、貴族のしきたりからズレた言動も、全てが新鮮で俺を虜にする。

「ティナ……お前は、本当に可愛い……」
「私を守って……ジュリアン様……」
「ああ、俺が、誰にも傷つけさせはしない……」

夏季休暇の間、母が暴走して大変だった。
豪商から男爵に成り上がったティナの父親を陥れようと画策し、父と俺を悩ませた。エレノアはもう結婚相手というより家族みたいなものだ。親なら俺の出会いを喜べばいいのに。

「ジュリアン様……」

成り上がりの男爵令嬢であるティナは学園内でも孤立しがちだという。
血筋にしか人間の価値を見出せない石頭どもは、ティナの努力を決して認めはしない。だから、ティナの美貌に敵わないという恐れを虐めという形に変えて抵抗しているのだ。

エレノアがそんな女だとは思わなかった。
裏切られた。信じていたのに。

「ねえ、ジュリアン様」
「ん?」

ぐいと胸元で拳を作るティナの視線が俺から遠くへと逸れていく。

「……」

中庭にエレノアが現れた。
何か書類を抱えて、長い髪を風になびかせ、こちらに向かって歩いてくる。

「あの方……私に御用かしら……」

きゅっと抱きついてくるティナを抱きしめ、俺はエレノアを目で追った。追う必要はなかった。やはり俺たちに用があるようだ。

木の幹から体を起こしティナを背中に隠す。

俺の正面に立つとエレノアは一枚の紙を差し出してくる。

「ジュリアン、秋の美術祭の私たちの仕事」
「……ああ」
「顔だけは本人を見ながら作製したいんですって。日程合わせて、美術史の教授に申し出て」
「わかった」
「私にお遣いさせないで、次からは自分で自分の段取りを組んでね。ベストカップル賞に恥じないようせめて仕事はちゃんとして」
「ああ、ありがと」

俺が言い切る前にエレノアは踵を返した。

「エレノア!」

俺はエレノアを呼び止めた。

「……」

しばらく背中を見せたままだったエレノアがゆっくり振り向いた。
その目は今まで見た事もないほど冷たく、まるで別人のようだった。

「……っ」

俺を責めるその眼差しに胸の奥が軋む。
エレノアが嫌いになって別れたわけじゃない。そんな顔、しないでほしい。

「なに?」

声も素っ気なかった。
俺は言うべき事を告げる。

「次からは俺一人の時に話しかけろよ。わざわざティナのいる前で性格悪いぞ」
「だって、いつもくっついているじゃない」
「中庭と食堂くらいでしか一緒にいられないんだから当たり前だろう」
「そんなに新しい恋を優先したいなら学園の顔は辞退すれば?」
「……」

ああ、こういう女だったのか。
俺にこんな口を利くなんて。

飽きれて笑いが洩れる。

「お前、変わったな」
「じゃあ届けたから」

俺の言葉尻を食うように言ってエレノアは足早に中庭から立ち去った。

「……」

周囲の視線が痛い。
俺は自由に恋もできない。

ベストカップル賞なんて欲しくて貰ったわけじゃない。
エレノアだって、俺が惚れて選んだ婚約者でもない。

窮屈な人生だ。

「ジュリアン様」

背後からティナの甘い声が俺を呼んだ。
それだけで生き返った心地がした。

「大丈夫だよ。俺がちゃんと守ってやるから」

振り向いて抱きしめて、ティナにも見えるよう美術祭の日程表を掲げる。美術祭では在籍している一番絵の上手い人物がその年のベストカップルの肖像画を描く習わしだ。

「顔だけ貸せって、それだけの話」
「あの方と会うの?」

ティナが不安そうに問いかけてくる。俺が微笑みかけるとティナも安堵したように笑みを刻んだ。

本当に美しい少女だ。
血筋ではなく美醜で地位が決まるならティナはこの国の女王になれる。

「形だけ。これもベストカップルの仕事だよ」
「嫌よ……」
「俺も嫌だよ。片時もお前と離れたくないんだ」
「ジュリアン様……」

ティナの唇を人差し指で塞ぐ。

「?」
「様、やめろ」
「……」

ティナの瞳が熱っぽく揺れて、こてんと胸に頭を預けてくる。俺はティナを抱きしめた。

「俺たちは恋人なんだから対等だろ?」
「……ジュリアン……愛してる」
「俺も、愛してるよ」

どんなに後ろ指を指されようと、白い目を向けられようとかまわない。

俺は真実の愛を見つけた。
ティナを幸せにできるのは俺だけだ。

人生は俺のもの。誰にも指図はさせない。
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