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「ヒルダから手紙が届いたのだけど、この話、聞きたい?」
「ああ、どうした」
「間違って破門されたヒルダを随分と苛めた司教がいるそうなの」
「ふむ」
「腐敗した教会で数少ない厳格な司教だったからこその折檻でしょうけどね」
「ヒルダは怒っているだろう?」
「蹴ったそうよ」

レジナルドが食事の手を止める。

「蹴落としたのか?」
「いいえ。気になったから私も再三確認したのだけれど、文字通り、呼びつけて跪かせて肩を蹴り飛ばしたんですって」
「やったな。手紙は何往復した」
「二回半」
「やったな」

レーヴェンガルト辺境伯領で新しい教会を任されたヒルダは多忙であり、そもそも聖職者が逮捕の場に居合わせる必要もないため例の件には同行していなかった。その為、彼女の近況は気楽なのでこちらも気が和むというものだ。

物理的な距離を埋める為、私たちは伝書鳩を検討している。デスティニー妃殿下が調教に乗り気だ。私はデスティニー妃殿下が酔って鳩を食べてしまわないかという懸念が拭えない。

「もっと過激な話もあって。ジャクリーンっていたでしょう?」
「ああ」
「騎士団の一人と出来上がって結局実家に帰らずレーヴェンガルト辺境伯領まで遥々ついて行ったんですって」
「籍は?」
「戻した」
「そうか」
「結婚するそうよ。ヒルダが式を執り行うのを拒否した」
「ヒルダも人間だからな。適当な司祭にさせればいい」
「もし別れたらジャクリーンは自腹で故郷へ帰るのかしら。帰れる?」
「辺境だからな。諦めて定住した方が楽だろう」

暫し会話を休み食事に専念する。
一分後、レジナルドが先に口を開いた。

「では子どもは三人ともレーヴェンガルトに行ったのか」
「そう」
「随分と長旅だろう」
「あなたも人の親になって子どもを気に掛けるようになったのね」
「それで……」

レジナルドがグラスに手を伸ばす。

「やったのか?」
「サディアス?」
「ああ」

国の公式な発表より、親戚の王家からの個人的な手紙の方がより速くより具体的だ。つまり私が、当事者ではない人間の中で最も多く正確な情報を集めている。

「やれなかったの」
「どうして。あれだけの猛者がいて?」
「恐ろしく悪運が強いみたい。妻の名を叫びながら攻撃を避け続けたそうよ。コックを揶揄う鼠のように」

デスティニー妃殿下は続けて『或いは私を揶揄う蛙のように』と書いていたが、私にはどうも理解が及ばない。

「なるほど、そう来たか」
「仕舞いにはアンティオネ殿下が笑いだして、デスティニー妃殿下がアンティオネ殿下を蹴って捻挫、ワイラーは騎士と言うより狂戦士、その姿に騎士団が混乱、結局、グレイス王太子妃殿下が燭台を隠し持っておびき寄せ偽りの愛を囁き油断させて殴打、それで仕留めた」
「詳しいな」
「デスティニー妃殿下の手紙は分厚くて」

笑いが洩れる。

「あの人、面白い」
「血筋か」
「遠回しに私とアンティオネ殿下を揶揄ってるの?」
「事実を言ったまでだ。奴はいつ?」
「私とアンティオネ殿下に性格の類似性は認められないと思うけど、サディアスなら国賊として一番厳しい監獄の独房で期日を知らされず寒さと恐怖に震えて泣き喚いているとのことよ。妃殿下は、絶望する顔見たさに180日後を希望してる」
「どっちの」
「それはグレイス王太子妃殿下よ。決まってるでしょう」
「君は平気か?」

レジナルドに気遣われ、一瞬、考えてみる。

「仮に私があのまま結婚していたとして、それなりに円満な関係を築いていようと新しい国の王になると言われたら親戚の王家にそっと伝えて今回と同じ道を辿ったでしょうね」
「曲がりなりにも王家の末裔か」
「結婚して感じたわ。あなたと結婚してよかった」

私は見た。
目を伏せたまま、レジナルドが微かに頬を染めるのを。

「あなた私を愛してるでしょう」

レジナルドが真顔を向けた。

「何を今更?」
「まあ、そうね」
「口に出したところで白々しく聞こえるだけだ。君も言うな。寒気がする」
「わかるわ。あなたが浮ついた言葉を囁き出したら病気を疑う」

その時、突如としてアイヴィが軽やかな声を上げた。

「お嬢様。お二人は特別仲がよろしくて愛し合っているからこそ言葉の要らない御夫婦なんですよ?でも多くは愛し合っている相手から愛を伝えられるのを嬉しいと感じたり、愛する相手に愛を伝えたいと思ったりするものなんです。どちらも同じ愛ですからね」

口を拭き終わったミスティが真顔でアイヴィに布を渡しながら答えた。

「知ってる」
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