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30(イライザ)

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「ああ、ブライン……!お願い、私をおいて逝かないで……っ!」

夫ブラインが危篤に陥りサディアスどころではなくなった。
居場所はわかっているのだから迎えに行くのは何時でもいい。

愛するブラインの余りにも早い衰弱は驚愕と恐怖で私を苛み、地獄の苦しみに縛り付ける。

「ブライン……!」

枕元に跪き泣いてばかりの私に、目を覚ます度ブラインは優しく微笑み髪を撫でてくれる。
私にはブラインしかいなかった。ブラインだけが私を愛してくれた。ブラインのいない人生に価値などない。

「イライザ……」

死を間際にした掠れ声が、あまりにも愛しく、あまりにも哀しい。

「……大丈夫だよ、イライザ……君が苦労しないよう文書を遺した……遺言で君に全て遺すと……そして君を誰も苦しませないように……刑罰を……」
「たとえ奴隷に落とされようと、あなたが生きて傍にいてくれる方がずっと幸せよ……!」
「すまない……君を、最期の最期に泣かせてしまった……」

一生かけて私を守るとブラインは誓った。
その誓い通りの人生をブラインは生き、そして間もなく幕を閉じようとしている。

「お願い……私を一緒に連れていって……」

枯木のような手に縋りついて頬を撫でてもらう。

「ああ、私は……君に幸せにしてもらったというのに……」
「幸せだった?」

私は泣きながら微笑みを返す。ブラインと笑みを交わす最後の機会かもしれないから、彼が笑ってくれるなら、私もそれだけは嬉しい。

ブラインに哀しみや後悔を背負わせたまま送り出せない。
どんなに切望しようとも夫ブラインが先立ってしまう現実は私の理性が理解している。

「ああ、とても幸せだったよ。ありがとう、イライザ……愛してる」
「私も愛してるわ、ブライン……!」
「そうだ」

ブラインがふいに笑みを潜め、死相に占められた顔に閃きを纏う。

「何?なんでも言って、ブライン」
「君の……姪を、養女に……」
「え?」

一度反故にした約束をブラインが更に覆そうとしている。

「ブライン……?」
「やはり、君との約束通り、ジャクリーンを迎え……婿を取らせよう……」

ブラインが最後の力を振り絞って起き上がり、執事を呼び寄せ、震える手で新たな書面を作成した。

「さあ、これで安心だ」

ブラインが輝くような微笑みを私に向ける。

「ブライン……」
「先に逝くが、これで君を……まも……れ……」

無理をしてベッドで枕を背に起き上っていたせいなのか。
もう声さえ出なくなったブラインを私は咄嗟に抱きとめた。

「愛してるわ、ブライン。待ってて。愛してる。愛してるわ……」

私は死にゆく夫へ愛を囁き続けた。
ブラインは私の背中を励ますように二回叩いた直後、息を引き取った。
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