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「別荘を建てるんだって?」
オックススプリング侯領の別荘地が旅程に含まれており、私はそこで思わぬ人物と再会した。
妻の里帰りに付き合って余暇を満喫中という第二王子アンティオネ殿下だ。人好きのする屈託ない笑顔を浮かべ狩猟スタイルで迎えられた私は、隣に立つ極めて不愛想な妃殿下にやや驚かされた。
第二王子アンティオネ殿下の妻デスティニー妃殿下は、淡いブラウンの髪を肩で切りそろえた糸目という個性的な外見であり、自身が狐のような雰囲気を纏いながらも狩猟スタイルをきめていた。
そして私に無表情で開口一番に言った。
「時を越えた真実の愛など夢見がちもいいところだ」
「ええ、本当に仰る通りです」
デスティニー妃殿下は話のわかる相手であり、私は好印象を抱いた。
遠い親戚と言える王弟夫妻の別荘に招かれ昼食をとりながら取り留めもない話をしていると、時間は瞬く間に過ぎる。
更には夕方ともなると酒に弱いデスティニー妃殿下が上機嫌になってきて、アンティオネ殿下が嬉しそうに笛を吹き始めた。
ついて行けない。
夫婦の形は其々であり、仲睦まじい夫婦は大変結構。批判するつもりは毛頭ない。
ただ私は酒の入らない二人の方がより一層好ましい。
「フェルネ!可愛いウサギちゃんめ!」
「デスティニー妃殿下、あなたお酒断った方がよろしいのでは?」
「ははは。宮廷は息苦しいからね。季節毎にこうして妻を野に放つんだよ」
「殿下は酔っていらっしゃいませんよね?」
オックススプリング侯領の別荘地に別荘を建てた場合、季節毎に妃殿下を放牧するというのだから王弟夫妻の招待は不可避となる。
私は毎年、春の病を逃れこの喧し──愉快な夫婦に翻弄されるというのか。耐え難い。
「デスティニー妃殿下?真剣に別荘を検討するにあたり、二三確認したいのですが」
「よくぞ私に訊いてくれました!」
「ええ、あの、伺いたいのは……」
「フェルネ!豊かな大地!見てくれ素晴らしい景色を!」
「まあ、別荘地ですから当然ですね」
「ウサギちゃんが春に過ごすお家を欲しいならぁ、プレゼントしちゃおうかなぁ!キャハハハハ!」
私は視線でアンティオネ殿下に助けを求めた。
アンティオネ殿下は愉快そうに笑い転げながら頷くと、立って、中腰になり、動物か幼子を甘やかすように自身の妻へ向かって手を叩いた。
「ティニ。こっち向いて、ティニ。飲み過ぎた。もう寝るよ」
「ああ?」
「はい、ティニ。こっちおいで。寝ますよー」
「……んん。うふ。じゃあ、フェルネ。おやすみ」
デスティニー妃殿下が上機嫌で私を離し、満面の笑顔で手を振ってからアンティオネ殿下に巻き付いた。
「……」
酩酊する体質ではないことに感謝しつつ、気を引き締める。
暫くして単身アンティオネ殿下が戻ってくると、穏やかな笑みを浮かべ私に更なる一杯を勧めてきたのでそこは辞した。
「妻には宮廷が窮屈でね」
「でしょうね」
静かな歓談が始まろうとしている。
とは言え、浮ついた貴婦人のように二人の出会い等を根掘り葉掘り聞くような趣味はない。
そんなことより私には確認しなければならない重要な事柄がある。
「ところで、この地域には季節毎に流行る病みたいなものはありませんか?」
「え?」
「実は──」
私の夫バラクロフ侯爵が私を野に放ち別荘建設地を厳選する理由を簡潔に伝える。するとアンティオネ殿下は強い酒をちろりと舐めて思案顔で目を逸らした。
「……?」
不穏な予感に私の胸がざわめく。
まさか……
「実はこの地には緑涙症という風土病があり、発症すると初夏から秋口までずっとくしゃみや涙が止まらなくなるんだ」
「……」
「特に夏が厳しくて、酷いと呼吸困難に陥る者もいるらしい」
「……」
「但しそういう土地だから研究が進んでいて」
「やはりハーブティーを?」
「それもあるし、軟膏や、薬も効くようだよ」
「薬!?」
欲しい。
「ちょうどいいんじゃないかな?今の時期は平気のようだし、妻も喜ぶ。もし夏に君がマグ・ティアに罹ったとしてもそれを合図に帰ったらいい」
「考えさせてください」
即答してしまった。
さすがに私の人生が翻弄され過ぎとは言えないだろうか?
くしゃみに。
オックススプリング侯領の別荘地が旅程に含まれており、私はそこで思わぬ人物と再会した。
妻の里帰りに付き合って余暇を満喫中という第二王子アンティオネ殿下だ。人好きのする屈託ない笑顔を浮かべ狩猟スタイルで迎えられた私は、隣に立つ極めて不愛想な妃殿下にやや驚かされた。
第二王子アンティオネ殿下の妻デスティニー妃殿下は、淡いブラウンの髪を肩で切りそろえた糸目という個性的な外見であり、自身が狐のような雰囲気を纏いながらも狩猟スタイルをきめていた。
そして私に無表情で開口一番に言った。
「時を越えた真実の愛など夢見がちもいいところだ」
「ええ、本当に仰る通りです」
デスティニー妃殿下は話のわかる相手であり、私は好印象を抱いた。
遠い親戚と言える王弟夫妻の別荘に招かれ昼食をとりながら取り留めもない話をしていると、時間は瞬く間に過ぎる。
更には夕方ともなると酒に弱いデスティニー妃殿下が上機嫌になってきて、アンティオネ殿下が嬉しそうに笛を吹き始めた。
ついて行けない。
夫婦の形は其々であり、仲睦まじい夫婦は大変結構。批判するつもりは毛頭ない。
ただ私は酒の入らない二人の方がより一層好ましい。
「フェルネ!可愛いウサギちゃんめ!」
「デスティニー妃殿下、あなたお酒断った方がよろしいのでは?」
「ははは。宮廷は息苦しいからね。季節毎にこうして妻を野に放つんだよ」
「殿下は酔っていらっしゃいませんよね?」
オックススプリング侯領の別荘地に別荘を建てた場合、季節毎に妃殿下を放牧するというのだから王弟夫妻の招待は不可避となる。
私は毎年、春の病を逃れこの喧し──愉快な夫婦に翻弄されるというのか。耐え難い。
「デスティニー妃殿下?真剣に別荘を検討するにあたり、二三確認したいのですが」
「よくぞ私に訊いてくれました!」
「ええ、あの、伺いたいのは……」
「フェルネ!豊かな大地!見てくれ素晴らしい景色を!」
「まあ、別荘地ですから当然ですね」
「ウサギちゃんが春に過ごすお家を欲しいならぁ、プレゼントしちゃおうかなぁ!キャハハハハ!」
私は視線でアンティオネ殿下に助けを求めた。
アンティオネ殿下は愉快そうに笑い転げながら頷くと、立って、中腰になり、動物か幼子を甘やかすように自身の妻へ向かって手を叩いた。
「ティニ。こっち向いて、ティニ。飲み過ぎた。もう寝るよ」
「ああ?」
「はい、ティニ。こっちおいで。寝ますよー」
「……んん。うふ。じゃあ、フェルネ。おやすみ」
デスティニー妃殿下が上機嫌で私を離し、満面の笑顔で手を振ってからアンティオネ殿下に巻き付いた。
「……」
酩酊する体質ではないことに感謝しつつ、気を引き締める。
暫くして単身アンティオネ殿下が戻ってくると、穏やかな笑みを浮かべ私に更なる一杯を勧めてきたのでそこは辞した。
「妻には宮廷が窮屈でね」
「でしょうね」
静かな歓談が始まろうとしている。
とは言え、浮ついた貴婦人のように二人の出会い等を根掘り葉掘り聞くような趣味はない。
そんなことより私には確認しなければならない重要な事柄がある。
「ところで、この地域には季節毎に流行る病みたいなものはありませんか?」
「え?」
「実は──」
私の夫バラクロフ侯爵が私を野に放ち別荘建設地を厳選する理由を簡潔に伝える。するとアンティオネ殿下は強い酒をちろりと舐めて思案顔で目を逸らした。
「……?」
不穏な予感に私の胸がざわめく。
まさか……
「実はこの地には緑涙症という風土病があり、発症すると初夏から秋口までずっとくしゃみや涙が止まらなくなるんだ」
「……」
「特に夏が厳しくて、酷いと呼吸困難に陥る者もいるらしい」
「……」
「但しそういう土地だから研究が進んでいて」
「やはりハーブティーを?」
「それもあるし、軟膏や、薬も効くようだよ」
「薬!?」
欲しい。
「ちょうどいいんじゃないかな?今の時期は平気のようだし、妻も喜ぶ。もし夏に君がマグ・ティアに罹ったとしてもそれを合図に帰ったらいい」
「考えさせてください」
即答してしまった。
さすがに私の人生が翻弄され過ぎとは言えないだろうか?
くしゃみに。
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