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12(サディアス)
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「そろそろ焼きたてのパンが食べたいなぁ」
やっと我が家を手に入れた。
一息ついたところで僕とリディの生活にも穏やかな変化が必要だ。
「ねえ、リディ。この家の台所はパンが焼けるかな?」
「無理ですね」
出かける度に何かしらの食材を貰ってくるリディは良く動いてくれていると思うが、いつも残り物や乾いて硬くなったパンや傷みかけた野菜ばかりで、それらを家に残されていた鍋で煮るばかり。
お世辞じゃないが旨いとは言えない。
でも一生懸命作ってくれるのが嬉しくて、僕はつい食べ過ぎてしまう。
少し気になるのは、リディの笑顔が随分と減ってしまったこと。
やはり不味い食事が続いては元気が出ないのかもしれない。
「うぅ~ん……パンが食べたいんだよねぇ。外はこんがりパリパリで、中はもっちりふわふわでさ」
「……」
「リディはスープ系が得意だろう?ねぇ、想像してみてよ。こってり濃厚な肉入りのスープに、パンをちぎって浸してさ」
「文句があるなら食べないでくれていいけど?」
「え?」
僕は気付いた。
リディは怒っている。朝からこれじゃあ、一日がつまらないだろう。
有意義に過ごす為にまず心を整える。
いつも温かい心で、歌を忘れず、ほがらかに。そうやって生きていれば小さな幸せに囲まれていると実感できる。
僕の目の前には、怒っている可愛い妻がいる。
「リディ、文句じゃないよ。君もそろそろゆっくりしたいだろう?」
「できればね」
「だから、ちょうどパンも焼けないことだし、パン屋に届けてもらうようにするのはどうかな?」
「……は?」
最近見せるようになった目を剥くような際どい表情でリディが手を止める。
わかっている。
リディはもっと豊かな暮らしを求めていたのだ。
僕の両親に愛があればこんな不便はかけなかった。苦労させてしまっている。いつまでもリディの元メイドとしての能力に甘えてはいられない。
「それで通いのメイドを雇ってさ、家の修理は得意そうな男たちがゴロゴロいただろう?牛がいたからミルクやチーズだって事欠かないはずだ。人材には困らない。体は頑丈、肝も据わっている強者揃い。この村は使用人の宝庫さ。ちょっとの工夫で僕たちはずっと豊かに暮らしていけるよ」
リディが匙を投げる。
「どこにそんなお金があるのよ!」
「わっ」
驚いた。
比喩表現として匙を投げるという言葉があるという認識だった。まさか実行する人物を目の当たりにするなんて少し感激だ。
僕はつい笑ってしまう。
だってリディが可愛いから。
確かに苦労はかけてしまったが、今までは見せてくれなかった負の感情を包み隠さずに見せてくれるのは嬉しい変化のひとつだった。
でも本音を言うと、そろそろ笑顔が恋しい。
「まあまあ、落ち着いて」
「いい加減にして!」
脚の一つを補強した古いテーブルをリディが叩きつけたので、其々の木の器から味のない豆とイモのスープが零れる。
「はぁ」
思わずため息が零れた。
だけどリディを責めたいわけじゃない。
だが、しかし。
「さすがに、零れたスープは飲めないかな」
僕が指で掬おうとも、その大半は木目の中に吸い込まれていく。
残念というか、つまらないというか、どうもこう気分が下がる。
「……」
リディは怒ってばかり。
僕との愛の新生活を喜んでいるようにはとても見えない。
どうしたらわかってくれるだろう。
僕はリディの目が覚めるまで諦めない。これは真実の愛だから。
だがこの直後リディの口から放たれた言葉によって、僕は頭を強打されたようなショックを受け、酷い心の傷を負うこととなる。
それで歯車が狂い始めたんだ。
やっと我が家を手に入れた。
一息ついたところで僕とリディの生活にも穏やかな変化が必要だ。
「ねえ、リディ。この家の台所はパンが焼けるかな?」
「無理ですね」
出かける度に何かしらの食材を貰ってくるリディは良く動いてくれていると思うが、いつも残り物や乾いて硬くなったパンや傷みかけた野菜ばかりで、それらを家に残されていた鍋で煮るばかり。
お世辞じゃないが旨いとは言えない。
でも一生懸命作ってくれるのが嬉しくて、僕はつい食べ過ぎてしまう。
少し気になるのは、リディの笑顔が随分と減ってしまったこと。
やはり不味い食事が続いては元気が出ないのかもしれない。
「うぅ~ん……パンが食べたいんだよねぇ。外はこんがりパリパリで、中はもっちりふわふわでさ」
「……」
「リディはスープ系が得意だろう?ねぇ、想像してみてよ。こってり濃厚な肉入りのスープに、パンをちぎって浸してさ」
「文句があるなら食べないでくれていいけど?」
「え?」
僕は気付いた。
リディは怒っている。朝からこれじゃあ、一日がつまらないだろう。
有意義に過ごす為にまず心を整える。
いつも温かい心で、歌を忘れず、ほがらかに。そうやって生きていれば小さな幸せに囲まれていると実感できる。
僕の目の前には、怒っている可愛い妻がいる。
「リディ、文句じゃないよ。君もそろそろゆっくりしたいだろう?」
「できればね」
「だから、ちょうどパンも焼けないことだし、パン屋に届けてもらうようにするのはどうかな?」
「……は?」
最近見せるようになった目を剥くような際どい表情でリディが手を止める。
わかっている。
リディはもっと豊かな暮らしを求めていたのだ。
僕の両親に愛があればこんな不便はかけなかった。苦労させてしまっている。いつまでもリディの元メイドとしての能力に甘えてはいられない。
「それで通いのメイドを雇ってさ、家の修理は得意そうな男たちがゴロゴロいただろう?牛がいたからミルクやチーズだって事欠かないはずだ。人材には困らない。体は頑丈、肝も据わっている強者揃い。この村は使用人の宝庫さ。ちょっとの工夫で僕たちはずっと豊かに暮らしていけるよ」
リディが匙を投げる。
「どこにそんなお金があるのよ!」
「わっ」
驚いた。
比喩表現として匙を投げるという言葉があるという認識だった。まさか実行する人物を目の当たりにするなんて少し感激だ。
僕はつい笑ってしまう。
だってリディが可愛いから。
確かに苦労はかけてしまったが、今までは見せてくれなかった負の感情を包み隠さずに見せてくれるのは嬉しい変化のひとつだった。
でも本音を言うと、そろそろ笑顔が恋しい。
「まあまあ、落ち着いて」
「いい加減にして!」
脚の一つを補強した古いテーブルをリディが叩きつけたので、其々の木の器から味のない豆とイモのスープが零れる。
「はぁ」
思わずため息が零れた。
だけどリディを責めたいわけじゃない。
だが、しかし。
「さすがに、零れたスープは飲めないかな」
僕が指で掬おうとも、その大半は木目の中に吸い込まれていく。
残念というか、つまらないというか、どうもこう気分が下がる。
「……」
リディは怒ってばかり。
僕との愛の新生活を喜んでいるようにはとても見えない。
どうしたらわかってくれるだろう。
僕はリディの目が覚めるまで諦めない。これは真実の愛だから。
だがこの直後リディの口から放たれた言葉によって、僕は頭を強打されたようなショックを受け、酷い心の傷を負うこととなる。
それで歯車が狂い始めたんだ。
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