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3(ガイウス)

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喜びを二倍に。悲しみを半分に。
全てを分かち合うと誓った。

しなやかで逞しい年上の女騎士に武闘会で完膚なきまでに叩きのめされ、私は恋に落ちた。

聞けばソレーヌという名で、独身とのこと。
噂は聞き及んでいた。有名だった。あの女騎士ソレーヌかと、運命の出会いに感動した。

私は熱心に口説いたが、七才も年上のソレーヌにはまったく相手にされないどころか、剣の師範としてなら週二日付き合ってやるとまで憐れまれてしまった。

私は諦めなかった。

一先ず他の師の下で剣の腕を磨き直すことから始めた。
幼い頃に名将の手ほどきを受けていたことが幸いし、素地が整えられていたのか、次の年の武闘会で私は準決勝まで勝ち残った。
ソレーヌはその年、観客席にいた。

「頑張ったわね」
「私が軟弱者ではないと証明できましたか?」
「ええ」

ソレーヌはどこか力なく微笑んだ。
その覇気のなさに、まさか病でも患ったのかと心配して聞いてみると、彼女はその凛とした表情の奥深くに隠し持っていた悲しみを打ち明けてくれた。

私はそこで初めて知った。
ソレーヌは愛する夫を亡くした妻であり、たった一人の息子とも疎遠な哀しい母親だったのだ。

ソレーヌの夫は戦場で奮闘し、砦を守り抜き、気高く散ったという。
幼い頃から教会に預けていた息子の名はアレクシウスというらしく、ほとんど親子の交流もないまま父を亡くし、思春期に差し掛かった今、母を恨んでいるかもしれないとのことだった。

私はアレクシウスのもとを訪ねた。
そして慇懃に追い返された。

アレクシウスはどこからどう見ても母親似で、切れ長の目とすっきりとした鼻梁がまだどこか中性的でもあり、美しい少年だった。
私は母子の間を取り持とうと奮闘したが、それらは全て、裏目に出てしまったと反省している。

熱心に口説いた私と、鍛錬に没頭した私と、そして母子の関係修復に奔走した私を付かず離れずの距離で見ている内に、ソレーヌは私を次第に男として意識するようになったという。

私は舞い上がる気持ちをぐっとこらえ、誠意を込めて求婚した。

「息子がいる未亡人なのよ?」
「わかってる。そのままのあなたが好きです」

そして私たちは結婚した。
女騎士として功績のあったソレーヌには信奉者が多かったが、まさかそれが再婚への反感の火種になるとは思ってもみなかった。

気高い女騎士は娼婦に堕ちたと罵る者や、結婚の誓いを穢した罪人と蔑む者が少なからず現れた。
何より悲しかったのは、その中にソレーヌのたった一人の息子である修道騎士見習いアレクシウスが含まれていたことだ。

私は妻ソレーヌを守った。守り通すと誓った。
表向き火消しは済んだように思われたが、未だにソレーヌを良く思わない者は一定数いるだろう。何とか口を噤ませられはしたが、その心までは変えられない。

元より愛する夫との死別という哀しい過去を背負っていたソレーヌは、次第に塞ぎ込むようになっていった。
それでも本来の芯の強さはしぶとくソレーヌを輝かせ、慣れない伯爵夫人としての務めもこなす姿からは威厳さえ満ち溢れるようになっていた。

だから、今日この三度目の結婚記念パーティーでは何も気負う必要はなかったはずなのだ。
少なくとも私は、未だ思い悩む妻の姿をあたたかく見守るという方針を持ち、その心が一日も早く晴れるよう傍に寄り添い支え続けることを使命ととらえ、日々を送っていた。

そんな状態だったからこそ、恩師の孫娘であり幼少時代の思い出もある、謂わば気心の知れたヴェロニカを身元引受人として迎え入れることは、私にとってこの上ない励ましになったとも言える。

事実、早速ヴェロニカは男の私では気の回らないところまでソレーヌに気を配ってくれて、二人の間には姉妹のような、友人のような、あたたかな関係が築かれようとしていた。

「本当に美味しかったのに、私、悪いことをしたわ」
「ヴェロニカは気にしてない。わかってるさ」
「でも、あなたからも言っておいて。私が本心から喜んで、美味しいって感じたってこと」
「自分で伝えたらいいのに」
「あなたから聞いた方があの子も納得するでしょう」

羨望から一変して冷たい視線を浴びた経験が、気高い女騎士を酷く気弱にしているようだった。

私は夫として、男として、ソレーヌを愛し守ることはできるだろう。
だがソレーヌには女の友人も必要だ。私は、ヴェロニカを迎えるに至った運命は、あの懐かしいヴェロニカの母の死を悼む気持ちがあろうとも、ある種の奇跡、神の導きなのだと感謝せずにはいられなかった。

ソレーヌとヴェロニカがその仲を深めていくのを喜びながら、ヴェロニカの結婚相手でも探そう。

この時の私は本気でそう考えていた。
何かが狂っていくなど想像もしていなかったのだ。

愛していた。
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