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本格的に忙しくなったのは結婚式のきっかり45日前からだった。

輿入れの荷物とたった一人の護衛を残しイゥツェル神教国の使者たちが帰っていく。
旅程を考慮すると帰りの使者たちと結婚式の参列者は途中ですれ違うはずであり、先に来て観光でもしていたらいいとも思うのだけれど、イゥツェル神教国の宗教観によってそれはできないらしい。

これから婚礼のその日までレミア姫は浄めの儀式をする。

持ち込まれた宝飾品には全て意味があった。
私はその管理を任されており、イゥツェル神教国の暦に則って正確に扱わなくてはならない。本国の前任者によって書かれた手引を預かり、早速、浄めの儀式の準備をする。

レミア姫の姿は厚いベールに隠されており、到着からずっと私の左側にいる。小柄だ。私は標準的な体格だけれど、イゥツェル神教国の基準ではどうなのだろうかと少し気になった。

レミア姫の護衛として残ったイゥツェル神教国の第二王子サヘル殿下は、浄めの儀式を行う一室の扉のすぐ脇に控えていた。
見張りだけなのか、万が一の際には私を手伝ってくれるのかはわからない。

サヘル王子はすらりと背の高い男性だった。
少し日焼けしているように見えるのは旅のせいかもしれないけれど、本人の怜悧な印象をより一層迫力あるものに演出している。

腰に携える剣もレロヴァス王国のものとは形状が違う。
私が決定的な間違いを犯した場合、あれで処分されてしまうのだろうか。まさか、そんなことは……

「……」

私は左側に控える私の女主レミア姫を見つめた。厚いベールに包まれた頭頂部を見下ろしていると、気分が高揚してくる。

失敗を恐れていても仕方ない。
私は物言わぬレミア姫を手引書に則って座らせ、ざっと室内を見回した。

浄めの儀式のために準備したけれど、修正すべき配置がいくつか見つかった。
手引書に書いてある古語を読み間違えては大変なので、一応、辞書も用意してある。日時計に降り注ぐ天窓からの光道を遮らないよう動くのも重要だ。

最終確認を終え、私は浄めの座に座るレミア姫をぐるりと囲むよう色とりどりの宝具を配置した。

イゥツェル神教国の暦に則り、この宝具を含む宝飾品を管理していく。
曜日と時刻を基準に配置する宝具と、曜日と天気と変則的な事象を基準に身につける装飾品、合わせて84個。これらを正確に組み合わせ使用していくのだ。複雑で崇高なパズルである。

保管しておく箱の中の配置にも意味がある。
手引書には手入れの手順も細かく記載されていた。

イゥツェル神教国の女性全てがこのように生活しているのか、聞いてみたいような気もする。

「……」

レミア姫は、イヴォーン王女と私の母のような関係を許してくれるのだろうか。
できれば心の交流を持ちたい。併し、文化が違う。どうなれるかわからない。

「……」

今は余計なことは考えないようにしよう。

私は気持ちを切り替え、再び手引書に集中した。
戸口からサヘル王子が心配そうに覗き込んでいるなんて気づかなかった。
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