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マダム・ルジュヌの館へ再び理解を得る為に訪れている私が以前と違うのは、立派過ぎる肩書以上に頼れる女騎士を伴っていることだといえるだろう。

男爵令嬢となり、更には女騎士の称号を与えられたジェーンが私に付き従ってくれただけで娼婦たちは格段に態度を軟化させた。
男爵位を授かる以前からジェーンの父親は娼婦たちに利益を齎す存在だったのだ。造船所の男たちは客というだけでなく、余計な悪漢や人さらいから娼婦たちを守っていた。

元平民のジェーンを娼婦と同等に見ている者はいなかったが、少なくともライスト男爵の娘としての知名度があり、彼女の口添えは大きな力になった。

「ですから、退職者が出ることで損なわれる利益については私が補填いたします」

自分よりも醜い貴族の小娘がこんなことを言っても、かつてのウィリスがつけてくれた傷のように目に見える〝努力〟がなければ娼婦たちは疑い白けるばかりのはずであった。
ジェーンとマダム・ルジュヌは私の理解者であり、協力者となってくれた。

土地を管理している貴族は私個人が王女追放に関わり女にとって王族に継ぐ最高位であろうクレーフェ聖公爵の後継者となった旨を承知しているので、あとはこの街で働く娼婦たちの理解を得るだけになっていたのだ。

厳しい冬が目前に迫っている。

「ああ、あんたが教会を建てようってお貴族様だね!?」

街を歩いているとこのように絡まれることも少なくはない。
ジェーンが隙の無い態度でそれとなく私を庇う。

「汚れ切った私たちをこの世から抹殺しようって言うのかい?」
「違います」

彼女たちは稼ぎを損なわれれば生きる手段をなくす者が大部分を占めており、私は偽善的で独善的で生意気な箱入り娘として拒絶されることから関係を始めるのが常だ。

「この街に建てるのは教会ではなく救護院です。休憩所と思ってくださって構いません」
「はあ?私たちが病気だって?」

娼婦たちは私に存在を否定されていると感じ、猛反発を見せる。私は一人一人に分け隔てなく対応している。彼女たちは神に愛される一人の人間であり、それを忘れてしまっているだけの敬うべき存在なのだ。

「いいえ。あなた方は逞しく生きて働いておられると承知しています。併し忙しすぎるように思うので、全てを忘れて休める場所が必要だと判断いたしました」
「御立派だこと!貴族のお嬢様が私たちを憐れんでくださっているわけね!間違った生き方を正してやろうってわけ!?」
「私にできないことをあなたがなさっているからといって、私があなたを否定する理由にはなりません」

昂っている娼婦はジェーンがそれとなく理屈を欠いた言葉で宥めてくれる。

「落ち着いて。この方は本当に優しい気持ちを持った善良な御方なんだから。やりたくてやってる娼婦のことも否定しないし、ただ健康に気を付けて、もう少し生きやすいように過ごせるみんなの家を建てようってだけよ」
「だからって……ジェーンさん、私らはこれをやめても生きていけないんだよ?」
「そんなことがないように、ちゃんと教育を受けさせてもらえる」
「……え?」
「私の父は金で爵位を買ったけど、この御方はタダで私を女騎士にしてくれた。自分らしく生きて行けるように勉強させてもらえる」

ジェーンは騎士の紋章を示し短い説得を終える。昂った娼婦はこれで納得してくれることが多い。
併しまた別の場所ではこんなことを言われたりもする。

「うちには騎士のお客なんて来ませんからねぇ」

高級娼婦を輩出している娼館では、私が提供できる以上の教育を既に施している場合があるのだ。

「まあ、頑張って」

軽くあしらわれると私はこれ以上の反感を買わないように気を引き締めるのだが、ジェーンは違う。

「ああそう。こちらのお客様は伯爵?侯爵?宮廷の大臣?それとも聖職者?あのね、この御方は王妃様直々にクレーフェ聖公領の教区長官にまで任命された女伯爵で、ゆくゆくはクレーフェ聖公爵になる神の娘よ!誰に口利いてるかわかってんの!?」

最初は驚いた。
併し、ジェーンがこの啖呵を切ると何故か場が収まったので、私はとても安堵した。

「ですがねぇ、。教会なんか建てられると、これからうちの女の子を崇めようって殿方たちの気が削がれてしまって困るんですよ」
「ごめんなさい。ですが、あなた方を飢えさせるのは本望ではありません。愛しあう前でも後でもご一緒に祈ってください。静かな祈りの時間をほんの一時でも持って欲しくて建てる救護院ですから」
「じゃあ、神父様はいらっしゃらないんですか?」
「いいえ、クレーフェ聖公領かビズマーク伯領内の教区から理解を等しくした司祭が派遣されます」
「教会じゃないですか。恐いわぁ」
「あなた方は神に背いているわけではありません」
「祈る資格もないって考える子がほとんどですけどね」
「それは違います。だからどうか私と共に祈ってください」
「はあ」

敵意が消失したり、此方が折れないと諦めたり、態度は様々だ。
併しできる限り一人一人の娼婦と顔を合わせるよう努めているうちに、かつてのマダム・ルジュヌのように私を心配してくれる者たちも現れた。

「修道女を抱ける娼館が建ったと勘違いされたら危ないですよ?」
「そうならないよう細心の注意を払います。また、何れも司祭か助祭の派遣ですから修道女が危険にさらされることはありません」
「司祭が誘惑されたら?」

これは尤もな疑問であり、私とて憂慮しないではない。しかし私の活動に理解を示した聖職者が派遣されて来るので、自身で神の道を踏み外さないよう祈り心得ている者のはずである。信頼から始めるのが筋だろう。
私はそう考えているがジェーンは違った。

「あんた、そんな恐ろしいこと聞いてどうするの?」
「ジェーン、脅さないで」

私の言葉が届かなくてもジェーンの直接的な言葉が相手に響く場面は多い。

「処罰されるんですか?自分から女の海に飛び込んでおいて悪いのは私たちだけ?でしたら自分から買いに来てくださる堕落した神父様の方がよっぽど親切だと思いますけど」
「御心配は尤もです。この辺りは特例区になりますので、裁かれるのは聖職者だけです。安心してください」
「妙な陰謀で司祭を誑かしたら話は別よ!」
「ジェーン、脅さないでったら」

対話の最中に私とジェーンのやり取りを見て、私が本気であることを理解してくれる娼婦も少なからずいたようだ。
また私がクレーフェ聖公領の教区長官であることから、王妃公認の娼婦救済活動と考える貴族たちが現れ、支援者となった。これについては後に王妃から公式な見解が示される。

『神がヒルデガルドに与えた道の為に祈ります』

公認ではなく黙認ということになるだろう。
併しこの漠然とした認識により、ハルトルシア王国では娼婦の失踪や死体が減っていくことになる。

「あの……」

ジェーンと歩いていると声を掛けられた。
理解を得る為に回っていた娼館で見た顔である。私は足を止めた。

美しい娼婦は頼りない瞬きで目を逸らしたが、寒い中で息を弾ませる程に走って追いかけて来た真剣さに私は胸を打たれた。

「……本当に、勉強させてもらえるんですか……?」

異国風の訛りが強く、私は注意深く耳を傾ける。

「ええ、本当よ」
「私……本当は嫌なんです。でもずっとこのままで、老けたら女乞食になるだろうと思っていました……でも食べていかないと……」

私は彼女の手を取り、その美しい目を覗き込んだ。
悲しさと戸惑いの奥に、必死に生きようとする熾火が見える。

「食べ物も教育も充分に用意します」
「でも……元娼婦を雇ってくれる所なんて……」
「では私があなたを雇います。お名前を教えてください」
「え?」
「えっ!?」

私の脇でジェーンも野太い声を上げた。ジェーンが何か言い出す前に伝えなければ。

「私は今、大変忙しくしているのですが、こうしていられるのもライスト男爵令嬢が支えてくれているおかげです。併し彼女も怪人ではなく生身の女性です。休息が必要です。あなたにその気があれば、私の侍女という働き口をあてにしてください」
「……!」

結局、この時、美しい娼婦は怖気づいて逃げてしまった。
ジェーンは目を回して憤慨した。

「なんですか怪人って!」
「ごめんなさい。そんなつもりはなかったの、咄嗟に口から出てしまって……」
「お疲れなんじゃないですか!?お腹も空いたし、とりあえず何か食べましょう。寒いし!」

ちょうど粉雪が舞い始め、ジェーンは怒りながらも私を抱え込むようにして寒さから守る姿勢を見せた。

二年後、この時の娼婦が救護院に現れるまで私たちは彼女をスノウと呼んだ。雪のように白く美しい彼女の名を知るその日まで、私は一度も疑いはしなかった。
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