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「僕を、縛り付けるつもりですか……?」
「いいえ」
「揶揄ってるんですか?」
「いいえ」
「あなたは、何も……」

私がレオンの身に降りかかった酷すぎる不幸をある程度把握していることは彼も承知しているはずだ。ウィリスと再会しただけでは説得力がなかったかもしれないが、私の体にはウィリスの慟哭が刻まれている。

「あなたが男娼にならなければ歩めたはずの人生に立ち返れるように、王女から、あなたを返してもらうのよ」
「僕が……頼みましたか?」
「いいえ。あなたに頼まれなければ、私は、あなたに関わってはいけないの?」
「僕は男娼ですよ!?」
「望んでそうなったわけではないでしょう。私はもう、それを知ってるわ」
「あなたは僕みたいな生き物に関わっちゃいけないんだ。何度言えばわかるんです!?あなたを助けたらそれでもうお終いのはずだったのに……!」
「だから私から来たのよ。これは私が始めたこと。終わらせるのも私」
「僕たちに、あなたの大切な人生の時間を割くなんて……馬鹿げてる」
「私を助けてくれたから、お返しをするの。それだけよ」
「要りません。わかったでしょう?僕たちは聖人だったわけじゃない。あなたを可哀相だとは思ったけど……!」
「恨んでいたの?」
「そうです」
「どうして戦わなかったのかしら。私でさえできたのに。三人とも立ち向かえなかったのは取引があったからじゃない?私も王女に人生を買われた。歯向かえば命はなかった。父も私を人質に取られれば従うしかなかった。あなたは?」
「……言いません」

レオンも半分は認めた。
いくら押し問答しようと私たちが平等に受けた屈辱は事実としてそこにあるのだ。レオンの瞳は怒りに燃えていた。

「言ったら、あなたは善い人だから僕を助けてしまうんでしょう?だったら教えません」
「心配しないで」
「え?」
「あなたは特別じゃない」
「な、なんですか?」

弄ぶような意図はなかったが、レオンを混乱させてしまったらしい。
私はライスト男爵の造船所近くの娼館を回り、娼婦の為の救護院を建てる計画を半ば強引に進めている件を話した。

「何故です?」

レオンは納得できないというより、意味がわからないという表情で私を凝視する。
私は迷わずに答えるだけだ。

「与えられた人生から逸れてしまっているから」
「だからって、あなたがやらなくても」
「あなたたちを通して彼女たちに関わる人生を与えられたから」
「……」

ついにレオンが折れた。
脱力し天井を仰ぐと、呆れたように目を丸くして私を見遣り、呆れとも落胆とも受け取れるような溜息をついて言った。

「なるほど。あなたは神の娘なんて呼ばれて、自分は無敵だと勘違いしてしまったんだ」
「そういうわけじゃないけれど……」
「誰もあなたを止められないと」
「それはそうね」
「僕の問題ではなくて、あなたの使命だと思っているんですね?」
「ある意味ではそう」
「くそ」
「!?」

急に飛び出た悪態に私は驚きの余りベッドの上で軽く跳ねてしまう。
次の瞬間にはレオンが私の体を挟むように両手をベッドに突いて触れるか触れないかの距離で明確な圧力をかけてきた。

「……っ」
「少し落ち着いてくださいよ」

レオンが低い声で囁いた。
私の心臓は早鐘を打ち、全身が熱くなる。

忘れる暇もない程明確な事実だが、レオンは普通に暮らしていたら関われないであろうと思われる程の美青年だ。怒りを隠さず威嚇するような表情の迫力は凄まじく、これまでの遠慮がちな態度とは正反対の圧が更に威力を底上げしている。

私のような地味な女の私にこうも近距離で顔を寄せられると、根拠のない申し訳なさと恥ずかしさで何故か気が動転してしまう。

一気に形勢は逆転した。
卑しくはないが、レオンは男娼として経験を積んだ大人なのだと思い知らされた。

「ねえ」
「はい……」
「最初に此処に来た時も、少し頭に血が上っていましたよね?」
「そうね……」
「あなたを見守る人が一人は傍に居てもいい頃合いですね」
「……?」
「見る目ないですし」

元は手当てをしてくれていたこともあり正面に跪いていたレオンが下からじっと私の目を覗き込んだ。私は息をするのも忘れて食い入るようにレオンを見つめる。

……違う。
私は、今、明確に魅入られているのだろう。

「ヒルデガルド様。僕と、約束してください」
「……」
「返事は?」
「はい」
「次は、危ない奴からは逃げる。立ち向かわずに逃げるんです」
「……」

それはできない。
私は此処で立ち止まるわけにはいかない。そのような甘い決意ではない。そう返そうとした。

レオンが低く祈るように言った。

「神様は、あなたに、誰かと戦えるような大きくて強い体は与えなかった。その代わり、忠実な番犬を与えたんです」
「……え?」

異様な緊張に包まれていた私でも、レオンの言葉に何かを感じた。私の意図した方向とは違う形で、レオンは私を否定していた。

レオンの真剣な眼差しに射抜かれる。

「次からは僕の後ろに隠れて、誰にも傷つけられないようにしてください。二回目の宮廷裁判、御供します」
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